vol.20



梓の一件も解決して、私は普通の日常に戻った。結局梓がなんであんなことを聞いてきたのか、どうして泣きそうな顔をしたのかさっぱりわからなかったけれど、まあ気にしないようにしておこう。余談だけど、梓と屋上庭園を出たあとに崇嗣を思い出して急いで射手座寮の前に行ったのだが、奴は花壇に座り込んで器用に寝こけていた。蹴り飛ばして起こしてやったのは当然の話である。

そしてそうこうしているうちに試験が近付いていた。勉強が大嫌いな私は今日も今日とて図書館で教科書とにらめっこ。ちなみに梓は弓道部、翼は生徒会、崇嗣は買い出しで街に行ってしまった。皆なんでそんな余裕なの!試験勉強しなくていいの!?

…………まあ、いい。人は人、自分は自分。ともかく今、私はこの問題を解くべきだよね!そう意気込んで、

「古典なんか嫌いだ」

挫折していた。どうも文系は苦手だ。数学なら上位なんだけど。うーん、困ったものだ。
椅子に寄りかかって仰向けになる。ガラス張りの高い天井からは綺麗な青空が見えた。今日もいい天気だねー。夏休みが楽しみだよ。

「あれ、何してるの?満」

ガラス越しの青空を映していた視界が、突如人の顔に変化した。
ふわふわの髪に大きな瞳。あれっ、

「伸也?」

「うわあ、なんか久しぶりだね」

伸也はにっこり笑うと私の隣に腰かけた。伸也こと小熊伸也は、入学式のときあたふたとしていた私をサポートしてくれた優しい男子である。彼がいなかったら私は入学式に遅刻していた。うん、間違いない。そんな私の恩人であり、友達1号である伸也だが、生憎天文科と星詠み科の教室が割と離れているため、ばったり会える回数が少なかった。

「満、勉強?偉いね」

「そうなの…私バカだからさあ…」

「そっそんなことないよ…」

目に見えて落ち込んだ私の頭をよしよしと撫でて慰めてくれる伸也。相変わらずいい人だ。

「伸也、古典好き?」

「えっ、いや、嫌いじゃないけど…」

なんでもいいから教えてくださああい!と机に突っ伏すと、伸也は困ったように笑って、僕がわかるところでいいなら…と言って私の傍らにあった古典の問題集を手に取った。

















「…というわけで、ここはラ行変格活用になる。…わかった?満」

「………うん!」

なんだ伸也…!すごいわかりやすいぞ…!これでこの分野は半分は取れるね!

「もっと頑張ろうよ…」

「無理っす…」

古典と英語と国語は苦手なんだって。多分逆立ちしてもできないね。確信できる。

「ところで伸也、今日弓道部じゃないの?」

「今日?ううん、今日は部活ないよ。試験前だから」

「…………」

梓あの野郎。あいつ今日弓道部あるとか言ってたんですけど。

「木ノ瀬君は自主練じゃないかな?」

「自主練?試験前に?」

「きっと木ノ瀬君のことだから、試験もそつなくこなしちゃうんじゃないかな」

「…………あー…」

そういえばそうだった。あいつは無駄に天才肌だった。思えば中間で数学の点数3点負けたんだった。ちくしょう。ちなみに翼は満点だった。

「じゃあ、僕は行くね」

「あっ、うん、ありがとう伸也、助かったよ」

「ふふっ、どういたしまして。じゃあ、またね」

「うん、ばいばーい」

図書館を出ていく伸也の背を見送ってから、私は机上の問題集を一瞥すると「よしっ」と気合いを入れて取りかかった。














「木ノ瀬君」

「小熊?どうしたの、君も練習?」

満と別れた帰り、僕はその足で弓道場へと向かった。
失礼しますと一礼して足を踏み入れると、そこにはやっぱりというかなんというか、木ノ瀬君が1人で弓を引いていた。
木ノ瀬君は僕に気が付くと、手を休めて僕に振り向いた。

「あっ、ご、ごめん、邪魔したかな?」

「いや、集中力切れてたし。忘れ物?」

「あ、あの、木ノ瀬君に少し言いたいことがあって…」

「僕に?何?」

木ノ瀬君は驚いたように目を丸くした。そりゃそうか。あまり親しくない部活仲間に言いたいことがあると言われれば誰だって驚くよね。

「あ、あのぅ…」

「うん」

少し躊躇ったが、僕は決心して口を開いた。

「が、頑張ってね!木ノ瀬君!」

「…………何を?」

「えっ、満……」


ガタッ


「うわあああ、大丈夫木ノ瀬君!!?」

「だっ…大丈夫…」

珍しく木ノ瀬君が動揺して、弓を取り落としていた。心配して駆け寄ると、木ノ瀬君は「本当、大丈夫だから…あ、片付けは僕1人でやるからいいよ」と言って、僕は半ば追い出されるようにして弓道場をあとにした。
……あれ、もしかして言っちゃいけないことだったの…かな?
そうだとしたら、ごめん木ノ瀬君…。











「…なんでバレてんの」

小熊、侮りがたし。僕は未だ引かぬ冷や汗を感じて、しばらくその場に突っ立ったままだった。


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