vol.18
「集中できてないな」
宮地先輩の声に、僕は構えを解いて弓と矢を持っている手を下ろした。
「…なんですか?宮地先輩」
「………木ノ瀬、お前、何か悩んでいるのか?」
「…別に悩んでなんかいませんよ」
「………そうか。なら、いい」
宮地先輩はそう言って練習に戻っていった。
「………」
悩んでない、だなんて嘘。 弓を構えれば、カタカタと少しだけ震える自分の手。震えるな、僕。そう念じながらそのまま射れば、サクリと的外に矢は刺さった。
「………………」
なんだ、これ。コントロールがブレる。どうしちゃったのかな、僕。精神を落ち着かせようと瞼を閉じると、そこに浮かぶのはあいつの笑顔。
「……っ!」
途端に苛立つ感情に任せて、僕は弓を引いた。さくり。矢は陳腐な弧を描いて的の少し手前の芝に刺さった。うわっ、なんてこった。僕にとってあるまじき事態だ。
「…………」
はあ、と溜め息を吐きながら下がると、部長が「調子悪いならもう上がっていいよ」と声をかけてくれた。…そうだな、今日はお言葉に甘えて早退させてもらおう。
「じゃあ…お先に失礼します」
面倒だから着替えないでそのまま寮に帰ろう。そう思って、弓道着のままカバンを持って弓道場をあとにしようとしたとき、
「待って、梓君」
「…先輩?」
なぜか夜久先輩が僕のあとを追ってきた。どうしたんだろう、僕に何か用かな?
「…なんですか、夜久先輩?」
無理矢理笑って向き直ると、先輩は少し躊躇い、うつむいてから、決心したように顔を上げた。
「あのね、…満ちゃんを泣かせちゃだめだよ…?」
「!?」
「じゃあ、お疲れ様」
そう言うと夜久先輩はにっこりと微笑んで部活に戻っていった。…参ったな。夜久先輩、自分のことには超がつくほど鈍感なくせに…。
「先輩も、泣かない内に早く気付くといいですね」
あの人の、想いに。ぽつりと呟くと、僕は靴を履いて寮に帰ることにした。
崇嗣に協力を要請してから早3日が経ちました。崇嗣の情報によるとストーカー…じゃなくて私に告白してきた男子は山羊座らしい。つまり山羊座寮。というわけで私たちは山羊座寮から一番離れている射手座寮の前で作戦会議を催すことにした。
「さて崇嗣さん」
「なんだよ?」
「何か変化はありましたかな」
「別に特になかったぜ?あ、でも名前は聞かれたかな」
「まじか!なんて答えたの?和泉ばかつぐです、って?」
「誰が言うか!!」
「なんだよつまらないな。人間ファーストインプレッションが大事よ?」
「なんで普通に第一印象って言わないんだよ」
「うっさい!」
「ぐはっ!」
崇嗣に鉄拳を食らわせて、私は再び考えた。3日で未だに名前聞いただけか。うーん、彼は結構奥手らしい。私に告白して断られても尚その恋路を協力すると申し出たくらいだからガンガン攻めてくるのかと思ってたけど割とそんなでもないみたいだ。
「参ったな、ガンガン来てくれないと困るんだよ」
そうじゃないとずっと崇嗣に乙女座定食奢り続けなきゃいけなくなるんだよ。勘弁してくれ、金がない。
「しかし…崇嗣って毎日乙女座定食食べてるけど…好きなの?」
「あったりまえだろ!大好きだよ!」
いやそんな声張り上げなくていいから、と返そうとしたときに、背後で息を呑むような声が聞こえた。
「…………え?」
振り向くと、そこには弓道着姿の梓が妙な顔で立ちすくんでいた。 それは、この前星詠みでみた、傷ついたような顔だった。…どうして?どうしてそんな顔してるの?
「梓?」
「………っ!!」
梓はハッと我に返ると、歯を食いしばって泣きそうな顔で私たちに背中を向けて去っていった。なんでよ…なんで梓がそんな…!
「ねえ崇嗣…」
「…………」
梓の去っていった方向を黙って見ていた崇嗣は、おもむろに口を開いた。
「追え、満」
「なん…で…」
「俺もよくわかんねーけど、今、お前は木ノ瀬を追うべきだと思う」
「…………」
私はしばらく躊躇したが、やがて崇嗣に背中を押されるようにして、私は梓の後を追いかけた。
満が去っていく。木ノ瀬を追って。 小さくなっていく背中に、俺は「ガンバレよ」と小さく呟いた。さてと、あいつらの帰りをのんびり待つことにしますか。
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