vol.16



土曜日も生徒会があるなんて、俺は聞いてない!大体、夏休み前なんだから仕事減らしてくれたっていいじゃないかあ!
と、心のままに叫んだ。しかしそんな抗議も虚しく、食堂で呆気なく捕まった俺は、ぬいぬいの暴挙によってずりずりと引っ張られていた。

「ぬいぬい〜書記はあ?」

「月子は部活だ。夏休みに大きな大会があるからしばらくは部活に専念するよう言ってある」

「ぬぬぬ…」

「月子さんの分もしっかり働きましょうね、翼くん?」

「ぬは…」

そらそらのこわ〜い笑顔にたじろいで、俺はがっくりと肩を落とした。こりゃ今日の脱走は無理っぽいな。

「ん?」

ぬいぬいが何か発見したように顔を上げた。それに気付いた俺とそらそらも同時に視線を追う。

「あ!」

「おや」

ぬいぬいの視線の先には、弓道部のメンツが食堂に揃っていた。昼飯だろうか。

「書記!」

「あっ、こら、翼!」

ぬいぬいの拘束から無理矢理抜け出して、ダダッと書記たちのところに走る。書記のもとにたどり着くと、のっぽ先輩や武士たちに挨拶。そのあと書記に笑顔で「食堂では走っちゃダメだよ、翼くん」と注意されちゃった。ぬわ、ごめんちゃい。

「すみません先輩、翼は子供なもんで…」

「あ〜ず〜さ〜!」

「翼っ!」

「あ痛っ」

梓に食って掛かろうとしたら後ろからチョップを食らった。頭をおさえて恨みがましく後ろを向くと、俺より背の低いぬいぬいがチョップの構えを解かないまま俺を見ていた。

「食堂では走らない!」

「今書記にも言われたあ〜」

「なら、尚更ですね」

「ぬぬ…」

ぬいぬいもそらそらも書記も厳しいなあ、とチョップされた頭を擦っていると、何やらドダダダダ、と物音がした。何かが近付いてくるような、そんな感じ。

そしてそれは次第に大きくなってきて、突如バッと何かが食堂に入ってきた。

「俺がいっちばーん!」

「なーんーでー!崇嗣卑怯だよお!」

騒がしく入ってきたのは、俺の知らない同学年の男子と、俺のよく知る女子生徒だった。

ぬいぬいが、騒がしく入ってきた人物の正体を知って「ったく、あいつらは…」と溜め息を吐き、2人に近付いていった。
ぬいぬいから再び例の2人に視線を移すと、

「ははっ!勝ち負けに卑怯もくそもあるか!」

「う、うぎぎぎぎ…」

男子が、満の頭をわしゃわしゃとかき回す。………それ、俺の役目なんだけど。満の頭をわしゃわしゃするのは、俺だけだったのに。

「やめんかばかつぐ!」

「なんだとアホ満!」

「コラおまえらっ!食堂では静かにしろ!」

2人の喧嘩がヒートアップしそうになったとき、その間に割って入ったぬいぬいが2人を叱責した。ぬぬぬ…さすがぬいぬい。

「だって不知火会長!このバカが!」

「なっ、てめえ満!会長の前で俺をバカとか言うな!誤解されるだろ!」

「事実じゃん!」

「はいはいなんでもいいから静かにしろ。満、お腹空いてんだから余計な体力使うな」

「不知火会長なぜ私が空腹状態だと…!?」

「なんのために食堂来たんだお前」

ほらほら、はよ買ってこい。そんで食ってこい、というぬいぬいの言葉に、はーいと素直に頷いて食券売り場に並ぶ満と男子。

ぬいぬいはそれを見送ると、気疲れしたように帰ってきた。

「満ちゃん、元気ですね」

書記がクスクスと笑って、ぬいぬいが「元気すぎるんだよあいつは…」と肩を落とした。

「今の日立さんだっけ」

「確か、星詠み科だったな」

のっぽ先輩と武士はまだ満と面識がないらしい。興味を示したように、満を目で追っている。そらそらがクスクスと笑いながら、

「会長はお子さんがたくさん居て大変ですね」

「全くだよ…」

「すると、一樹はバツ4?」

「やめてくれ誉」

「部長、4人というのは…?」

武士がのっぽ先輩に聞いた。俺も気になったんだけど、4人て誰と誰と誰と誰?

のっぽ先輩は静かに笑ってまず俺を見た。

「まず、天羽くん」

「ぬぬ…」

「次に夜久さんでー、」

「わ、私もですか!?」

「日立さん」

「ああ…」

すぐ納得できた。
そして最後に、のっぽ先輩はそらそらを見て、笑った。

「青空君」

「…え、ぼ、僕ですか!?」

そらそらは予想外だったのか、自身を指差して驚いていた。ぬいぬいは予想の範疇だったようで、正解だと言わんばかりに朗らかに笑った。

「蟹座定食でしょ、やっぱり」

「いーや、乙女座定食だな!」

と、賑やかな声が近付いてきた。満たちだ。
満は俺たちに気付くと、ぱっと笑顔になってぱたぱたと駆け寄ってきた。

「あらあらまあまあ皆さんお揃いで!なんですかなんですか集団でお食事ですか多いほうが楽しいですもんねわかります!」

「満テンションおかしい」

「ぶっちゃけウザい」

「うるっさいですよ会長と翼」

「いって!」

満が俺にガツンと蹴りをいれた。ちょ、なんで俺だけ。

「…満…お前友達多いな…」

満の後ろで男子が呻いた。満がああそういえばと思い出したように男子を俺たちに紹介する。

「紹介します、私の幼馴染みの和泉ばかつぐです」

「違うっつーの!1年神話科、和泉崇嗣です」

和泉が乙女座定食のトレーを持ったまま、器用に頭を下げた。
皆もそれに対して軽く挨拶をしようとしたとき、ぎゅるりと満の腹が鳴った。

「あー…挨拶はいいからお前ら早く食ってこい」

「すみません会長…」

ぎゅるりぎゅるりとうるさい腹の虫を鳴かせた満と、込み上げてくる笑いを押し殺そうと頑張ってる和泉が、ぬいぬいの言葉に促されるようにして、席を探しに去っていく。

「嵐のような女子だな…」

その背を見守るように見ていた俺たちだったが、しばらくして武士がぽつりと呟いた言葉に、その場にいた梓以外の全員が吹き出した。

「…梓君?」

今までずっと黙りこくって、無表情な梓に気が付いたのか書記が梓に声をかける。しかし、梓は無反応。

「…………」

「梓?」

どうした?と俺も声を掛けると、梓は突然ガタンと席を立って、

「すみません、僕、これで失礼しますね」

と、無理に笑って去っていった。

「なんだ?あいつ…」

訝しげに呟いた武士の言葉は、皆の首を傾げさせただけで、その疑問に答えられる者は誰一人居なかった。




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