vol.13
夏が近付いてきているらしい。視界の端で瞬くのは、きらきら光る夏の姿。5月中旬だというのに、私の視界は星詠みのおかげですっかり夏モードだ。夏だなあ、と呟けば、クラスメイトには同意され、梓と翼にはまだ早いよと小突かれた。
星はまだ若干春だけど、もうすぐ夏に衣替えするはずだ。夏といえば夏の大三角形に天の川、有名な星が見れる。
「早く来ないかなあ、夏」
寮へと続く道を歩いていた足を止める。辺りを見渡してみるとどこもかしこも春と夏の境界線に立っていた。桃色から緑へと衣替えを始めた木々を見ながら、溜め息を吐く。もう一度、早く来ないかなあ、と呟いた。届きそうなのに届かない。春と夏の境界線はそんな感じだと思う。それはまるで、この前見た夢のときみたいな―――、
「―――満ちゃん?」
「ふぉい!?」
突然呼ばれ、変な声をあげて振り返ればそこには私の奇声に驚く月子先輩と東月先輩、爆笑する七海先輩と土萌先輩がいた。
「あはははは!ふぉいってなんだよ!あっははははは!」
「……っくは、本当、変な返事…!あははっ…!」
「こーら、二人とも!日立さんに失礼だろう、笑わない!」
「…っだってよお、錫也…!あっははは…っ!」
「……っふ…はは…!!」
東月先輩がたしなめるも、二人が笑いやむ様子はなかった。月子先輩が慌てて私に謝る。
「ご、ごめんね満ちゃん…!!私が急に声かけたから…」
「やややや、月子先輩のせいじゃないですよう!」
慌てて否定すれば、今まで大爆笑していた土萌先輩が実に真剣な表情で、
「そうだよ月子、君は悪くないよ。悪いのはおかしな返事をしたちっこいの……ぶはっ…!」
自分で言って思い出してしまったようだ。再び抱腹絶倒する土萌先輩。いい加減うざい。 困ったように笑う東月先輩の後ろに隠れながら土萌先輩をにらみつつ罵倒していると、後ろから肩をたたかれた。
「よっ、日立。元気か?」
「七海先輩!」
やっと笑いの渦から抜け出したらしい七海先輩が、気さくに話しかけてきた。七海先輩とは以前、私が体育でぶっ倒れたときにお世話になったのをきっかけによく話すようになった。
東月先輩の背中から離れて、がばりと七海先輩に抱きつく。その間七海先輩は私の頭をわしわしとかき回していた。ボサボサになるけどもうどーでもいーや。慣れた慣れた。相変わらず細い体だなあと思っていると、東月先輩の感心したような言葉が耳に入った。
「珍しいなー、人見知りで照れ屋の哉太が女の子に抱きつかれても照れないなんて」
「…あー、なんかこいつ、女って気ぃしないんだよなー」
「なんだとコノヤロー!」
「がっ!!」
聞き捨てならない台詞だったので制裁を下しました。七海先輩の鳩尾に。
「おま…みぞおちはやめろ…」
「七海先輩に乙女の鉄拳をしっかり受け止めてもらうには鳩尾しかなかったんです」
「…………っ」
結構痛がってるけど気にしないことにした。大丈夫大丈夫七海先輩強い子負けない子。
「すでに君のパンチで負けてるけどね」
「なんですか土萌先輩!茶々をいれないでください茶々を!」
「小さいくせにピーピーうるさいなあ」
「うぎぎぎぎぎぎ!」
…いや、ダメだ、こいつには勝てない。咄嗟にそう判断した私は、今までことの成り行きをにこにこと見守っていた月子先輩の後ろに隠れながら土萌先輩のばか!と言い放った。
「あっ、ちょっと、月子を盾にしないでくれる?」
「へへふん!なんと言おうが月子先輩は私の味方ですよう!ね、月子先輩?」
「ふふっ、そうだね、満ちゃん」
「え〜〜〜、月子ぉ〜〜」
「ははっ、羊ざまあ!」
がっくりとうなだれる土萌先輩を見て、私の攻撃から回復した七海先輩がからかった。それに反応した土萌先輩は、すぐさま反撃をして、それにムカついた短気な七海先輩は土萌先輩に飛びかかって、
「…取っ組み合いを始めてしまいました…」
「全くあいつらは性懲りもなく…」
東月先輩はやれやれと溜め息を吐いた。オカンは大変ですなあ。
「気がすんだか?二人とも」
取っ組み合いを終えた二人に、東月先輩が笑って聞いた。やや満足気に頷く七海先輩と土萌先輩。取っ組み合いで満足するとかこいつら本当に高2か。
「おい日立!今失礼なこと考えただろ!」
「いやだな七海先輩、何を根拠に…」
「顔に書いてあるよ、ちっこいの」
「…書いてませんよ!」
危ない。危うく土萌先輩の口車に乗せられるところだったよ。
「そういえば満ちゃんって…」
「はい、なんですか!月子先輩!」
ふと何かを思い出したように呟く月子先輩。土萌先輩と七海先輩を無視して月子先輩に返事をした。
「錫也達のこと、名字で呼ぶんだね」
私、いつも名前で読んでるから土萌って一瞬わからなかったよ、と言った月子先輩の言葉に、ああそういえばそうですねと4人で顔を見合わせた。
「じゃあ、俺は満ちゃんって呼ばせてもらおうかな?」
「いっすよー、じゃっ錫也先輩ですね」
「し、仕方ないから俺も満って呼んでやるよ!」
「僕も、たまになら君の名前を呼んであげてもいいよ」
「わかりました、哉太先輩とアホ毛先輩ですね」
「殴られたいの?満?」
「嘘ですよ羊先輩!」
笑顔で拳を握った羊先輩。怖い。フランス人ってフェミニストじゃないの!?このハーフ全然私に優しくないんですけど!
でもなんだか先輩方と仲を深めることができたようでよかった。年上って怖いイメージがあったから、先輩方が優しい人達で安心しました。
「もうすぐ夏だね」
月子先輩が、呟いた。春が、終わる。去り行く季節の残り香を感じて、少しだけ寂しくなった。
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