>> 第5章





無所属主上付きになって早三か月。庭院には様々な植物が蕾を綻ばせ、春ですよと主張をはじめていた。その様子にああ今日も平和だなあおやつ何かなあなんて考えていたら後宮筆頭女官の珠翠がやってきた。
珠翠とは以前府庫で会って以来大の仲良しである。そしていの一番に女だってバレた。あまりにも早すぎて「あなた…女性?」と言われたときには自分が何言われてんのかさっぱりわからなかった。三拍置いて、なんですと!?と叫んでしまったときはさすがの私も顔から火が出た。

話を戻そう。

そう、筆頭女官の珠翠が、だ。
つまり主上、並びにお偉いさんからの呼び出しってことになる。…ああ面倒くさい。主上からのお達しだったら別にいいんだけど、絶対霄太師からだと思うんだ…私…。

「零夜様」

「珠翠…」

あれだろ?霄太師なんだろ?と目だけで訴えると、珠翠は「残念ながら」と答えた。残念ながらってなんだよ…。

「行きたくねえなあ…」

「ダメですよ行かなきゃ」

ですよね!
仕方なく霄太師のもとに向かうことにした。どこにいるかわかんないけど。
勘で行けるっしょ!楽勝楽勝!!





本当に勘で着いた。なにこれ私すごくねえ?

「呼んだか狐狸妖怪」

「誰が狐狸妖怪じゃ変態」

「私は変態じゃねえ」

「男のくせに胸などつけおって」

「逆だ馬鹿」

私は元から女だ。

「なんだよもー、早く用件言え」

「おお、そうじゃったそうじゃった。零夜、おぬしの所属が決まったぞ」

「マジで!!」

いよっしゃあああ!これで城内の兵に「お前、所属はどこだ?」って聞かれてしどろもどろ「あ…主上付きです」とか言うの気が引けてたんだよね。不審者だと思って捕まえた相手が自分より身分高いって泣ける。

「で、どこです?」

「御史台じゃ」

「はい?」

「御史台」

二回言わなくとも聞こえているよ、馬鹿。何ですって御史台ですって?

「それってあの葵皇毅がいるとこじゃねーですか?」

「皇毅殿が御史太夫だぞ」

「………」

マジかよ。
葵皇毅といえば私が旺季さん家に下宿しているときにちょくちょく会った覚えがある。ただそのときは女の格好でウロウロしてたからなぁ…。向こうは多分覚えてないだろうな。ていうか覚えていないでほしいな!あまり知れ渡ったら立場危うくなるんだよね。

「そんでその皇毅さんは今日居るんですかね」

「ああ、お前の後ろにな」

「うぎゃあああ!!?」

びっびびびビビったああああ!!な、なんなの。旺季さんといい歴代御史太夫は人の背後にまわるのが趣味なの?変わってんな!

「あ、き、葵皇毅さんですか。はじめまして藤零夜です」

「ああ、よろしく。では早速お前に仕事を言い渡す」

ドサッと目の前に置かれたのは紙の束。
皇毅さんと紙の束を交互に見ると、皇毅さんは無表情を崩さずに言った。

「この書類を、今日中に目を通して置くように。疑問点は府庫で調べて書き置いておけ」

「はあい」

書類整理か…。大したことないな。辞書二冊分の厚さならなんとかなりそうだ。早速府庫に行こう。今日はちょうど絳攸は吏部に出てるし楸瑛も左右羽林軍対抗レースするとかいって不在だし。

「それじゃあ失礼します」

大量の書類を脇に抱えて、霄太師の室から出る。すると外に見慣れない青年が腕を組んで立っていた。青年は私を見るとにっこり笑って挨拶をする。

「こんにちは」

「こんにちはー」

なんか若干うさん臭い笑顔だったけど気にしない。ていうかこの人見た事あるな…。
じっと青年を見つめると、青年は少したじろいだように聞いた。

「な、なんですか?」

………あ、思い出した。私が小さい頃旺季さん家に来てた人だ。皇毅さんと。名前は確か、

「陸清雅」

「!!?」

びくり、と青年――もとい清雅さんの身体が震える。

「あっいやなんでもないです。じゃっ!」

そそくさとその場をあとにする。こっちが知ってるとはいえいきなり名前の呼び捨てはまずかったかな…。









「何だあいつ…」

清雅は慌てたように去っていく、腰に妙な細身の剣をさした男の後ろ姿を訝しげに見つめた。
なんであの男、俺の名前知ってんだ?

「どうだ清雅。零夜は使えそうか」

霄太師の室からのっそりでてきた上官の言葉に、清雅は肩を竦めた。

「わかりませんね。あいつの仕事次第じゃないかと」

「………ふむ」

辞書二冊分の厚さの資料を事も無げに受け取り、けろりと去っていった主上付き監察御史藤零夜。

「使えるかもしれんな」

行くぞ、清雅。そう呟いて、皇毅と清雅は霄太師の室をあとにした。









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