道化師は密かに笑う
ボスに呼び出された。一体全体何だと言うのだろう。私何かしたっけ。心当たりを探してみるも、特に思い当たるものはなかった。ボスの部屋の前まで来て、少し息を吐く。そして周りに不審人物がいないか慎重に確認して、私はドアを3回ノック、少し間を開けて再びノックした。これは、我がチームがボスの部屋に入るときのしきたりだ。
「ボス、咲月です」
「ああ、入りなさい」
「失礼しまーす」
無駄に豪華絢爛なドアを押し開けて入ると、部屋の中央に置かれたふかふかのソファーに寝転ぶボスがいた。相変わらず幹部の前では威厳を持たないトップである。
「何か用ですか」
「ああ、お前に聞きたいことがあるんだ」
ボスはポケットを探り出すと、ぐしゃぐしゃの書状を私に放った。
「なんですか、これ」
「果たし状だ」
「は?果たし状?」
「お前、先月北東でシマ荒らしたやつ、絞めただろ?」
「絞めただろ、ってボスがやれっていったんですよ」
「…………。で、その残党がどうやら襲撃した俺達を敵と見なして一週間後、仕掛けてくるらしい」
「はァ?」
……何だそれ。向こうが悪いってのに私らが攻撃されるなんて。これだから精神的ガキは嫌いなんだ。
「……全く以てバカな奴らですね。襲撃なんて予告してするもんじゃないのに」
「ああ、そうだな」
汚い字で怨み辛みのつまっている書状に目を通す。なるほど、なるほど。彼らはそうとう怒ってることしかわからん。
「そこでだ、プリマヴェーラとエスターテ、どっちに行かせたらいいかお前に選択権を譲渡しようと思ってだな」
「えっ、いや、デーアでいきますよ。たかが残党でしょう」
書状をビリビリと破きながら言うと、ボスは首を横に振った。
「いや、いい。今回デーアの出番はない」
「なんだ、じゃあ私は行かなくていいんですね」
やったね!束の間の休憩だ!明日は何して過ごそうかな。
「で、お前はどっちがいいと思う?」
「そうですね…」
プリマヴェーラとエスターテか…。プリマヴェーラもエスターテも結束力の固さではどちらも同じくらいだけど、経験値でいうとプリマヴェーラのほうがまだ幼いだろうな。
と、いうわけで。
「プリマヴェーラですかね」
「……なるほどな」
よし、わかったとカポーネは呟くと、どこかに電話し始めた。恐らくプリマヴェーラの幹部、錫也に明日にでも襲撃するよう言っているのだろう。
まあそんなことはさておき久しぶりのオフ!何して過ごそうかな、読みたい本がいっぱい溜まってるんだよね!
「咲月」
「はい!」
ルンルン気分で振り向くと、ボスは携帯をしまいながら私に言った。
「じゃあ明日、お前とプリマヴェーラで北東の残党処理、頼んだぞ」
「はい!…………はい?」
え?なんつった?
「私と?」
「プリマヴェーラの東月、七海、土萌と4人で」
「いや私はいいって言ったじゃないですか」
「お前じゃなくてデーアはいい、って言ったんだ」
プリマヴェーラのあいつらが何かやらかしたらお前がなんとかしてくれ。それじゃあ、頼んだぞ。そう言ってボスはすよすよと寝始めた。え、じゃあ私のオフは?
「延期」
「……………」
おいおい、なんてこった。
「相手は銃もまともに扱えないド素人だ」
「でも銃持ってるよ、錫也」
羊が指差す先には、周りを警戒しながら銃を構える残党共。あんな持ち方では腕を悪くすること間違いない。まあ私には関係ないけど。
「『持っている』から『使える』わけじゃないだろ?」
そういって錫也はニヤリと笑うと一気に引き金を引いた。相変わらず性格に似合わず荒っぽい撃ち方だなあ。
「おい、なんだ!?」
「てっ、敵襲だあああ!!!」
「よし、行くか」
哉太の声を合図に、私達は突撃した。
ボスに連絡いれてくる、といって少し離れた位置で電話する錫也に頷いて、私達はぼんやりと残党のアジトを物色した。めぼしいものはなさそうだ。つまらない。
羊もどこか不服そうに溜め息を吐く。
「なーんか、意外とあっさりだね」
ぐきゅるるるる、と腹の虫を盛大に鳴かせながら言うから若干何言ってるかわからなかった。
「羊、腹うるさいよ」
「僕じゃないよ」
「いやお前だよ」
ぎゃあぎゃあと取っ組み合いを始める2人を眺めながら、確かに呆気ないな、と考える。そりゃ残党だし、人も少ないのは確かだけれど、以前調べたときはもっと人が居たはずだ。…今日の敵襲の情報が流布…されたわけでもないし…。一体全体どういうこと?
「羊、哉太、私まだ敵がいないか確認してくるね」
「おう!気を付けろよ」
「敵がいても股間は蹴っちゃダメだよ、咲月」
「場合によっては蹴る」
ていうか誰も付いてきてくれないのかよ。まあいいけどさ。
歩く度に床に散らばったガラスの破片がパキリと音をたてる。どこ行っても何かしら割れてるなあと思いながらアジトの裏庭を覗きこんで、私は息を呑んだ。
「……………………え?」
無数の屍が積み重なっていた。慌てて近付いて死体の様子を調べると、まだ新しい。推定で昨夜あたりに殺されたものか。凶器は……糸?
「糸……って……」
私は鋼糸を武器にする人を1人しか知らない。
「………錫也……」
また、無理をしたのか。
ボスから連絡を受けて、1人である程度片してしまったのか。
背後でパキリ、と割れたガラスを踏む音が聞こえた。私は後ろを振り向かないで、言った。
「このままじゃ、プリマヴェーラは育たない」
「………わかってるよ」
彼の声は、どこか寂しそうで、嬉しそうだった。
道化師は密かに笑う
◎錫也の固定武器は鋼糸にするのが私の夢でした