聴衆に紛れた殺人鬼
跳ねる。弾く。肉を裂く。
Virgoは思ったより面倒くさいやつだった。…が、それ故面白い。雑魚とは違って俊敏だし狙ってくるトコも確実に急所だし。抜かりない。
「……っぐ!?」
「ふふ、考えながら戦うなんて、感心しませんね」
「ははっ…そうだな…!」
Virgoのナイフが、俺の右腕を深く裂いた。これは強い。今の俺では少々勝てそうにないなあ。そう判断した俺は、どくどくと脈打つ右腕の痛みを誤魔化すように笑って、右手のナイフをくるりと回してしまった。その動作にVirgoは顔をしかめる。
「……どういうつもりです」
「いんや、別に何も?」
「……では遠慮なく殺させて頂きますね」
「まあ待てって、一応一端の貴族様が人を殺すとか言うなよ、な?」
「…!?」
Virgoの目がくっと見開かれた。ビンゴだ。元貴族であることが奴の弱点か。よっし、これをネタにもう少し揺さぶろう。隙を狙ってあいつからの援護を待つ。
Virgoはすっと目を細めて俺を見据える。
「その情報…どこで手に入れたんです」
「まっ、とある筋からかな」
「そう…ですか」
なら仕方ありませんね、と呟いて、
「死になさい」
有無を言わさぬ力でナイフを振り下ろしてきた。ウソ、揺さぶる隙無し!?
やばい殺される。辛うじてナイフを弾き、足払いをかけたりかけられたりして攻撃を凌いでいたが、それもついに限界がきた。
「くっ…!!」
「さようなら、Betelgeuse」
ドッカーン!
「……!!?」
「っしゃ!」
ナイフが俺の心臓を貫く3秒前、俺たちの背後で爆発が起きた。よっし!俺はこれを待ってた!
驚いて動きを止めたVirgoの隙をついて、俺を後ろに跳躍した。できるだけ、遠くに。
時は少し遡って。
ピンクと緑が争いを始めたのを合図に、私は気絶している弥彦くんをぶん殴って起こした。
「コラ起きろRigel」
「す、Spica、そんな、だ、だめだよ俺まだ、」
「どんな夢見てんだこのバカ」
もう一発殴ってやっと起きた。
「いづっ…ハッ、あ、Alcyone!?」
「おはよう」
「おう!おはよう!……じゃねえよ!俺お前に気絶させられたのに!」
「何言ってんのあんたが勝手に気絶したんでしょ」
「違う!お前が俺を撃って…撃って…あり?」
外傷がないことに気付いて、アホみたいな顔で私を見つめる弥彦くん。ジト目で5分くらい見つめ返すと、弥彦くんは無言で自分から土下座した。よろしい。
不意にキィン!と刃が交わる音。私も弥彦くんも弾かれたようにそちらを振り向いて、戦況を確認。
「Rigel、戦況は」
「あちらさんのが格上だな。今のBetelgeuseには勝てない。何者だよ、あいつ?」
「………やや幹部の右腕かな」
「ああ、そりゃ無理だな」
こりゃあいつ負けるわあとあっさり呟く。いいのかそんなで。
「援護は」
「するぜ?」
ジャーン!と言って得意そうにモーゼルM98を取り出す弥彦くん。これ狙撃銃じゃん。あれ、あんた狙撃銃扱えたっけ?
「うんにゃ、無理」
「は?」
じゃあ誰が隆文くんの援護するんだろう、と訝しげに弥彦くんを見ると、彼は何の躊躇いもなく私にモーゼルを手渡した。
「…………は?」
「頑張れ!」
「何で私が。私一応Zodiacなんだよ弥彦くん。Betelgeuseを撃ち殺しちゃうかもしれないよ?」
立場からして当然のことを言うと、弥彦くんはそれこそ先程の私みたいな顔で「は?」と眉をひそめた。
「お前は、裏切るような奴じゃないだろ」
「…………」
はは、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。
「当たり前じゃない」
弥彦くんに手渡されたモーゼルを構える。
「じゃあRigel、煙幕よろしく!」
「りょーかーい!」
弥彦くんは、私が暗視スコープを装着したのを確認すると、双子ちゃんお手製特殊煙幕玉を懐から取り出して思いっきり投げつけた。
ドッカーン!と音だけの爆発音が響き、もわりと煙幕が広がる。
「ごめんよVirgo」
隆文くんを殺しかけている颯斗くんに標準を合わせると、私は躊躇いなく引き金を、引いた。
爆発音に気を取られていると、肩に衝撃がきた。しまった撃たれた。そういえばBetelgeuseにはまだ仲間がいたのだ。…しかしそっちはAlcyoneが相手をしているはずだ。あのAlcyoneが負けるはずがない、のに。まさか、そんな、
「おーい、余所見しながら戦うなんて、感心しねえなあ?」
「っ!?」
Betelgeuseの声のする方向を向くと、ナイフが飛んできた。すかさず撃ち落として、後方に跳躍したBetelgeuseを追おうとしたが、彼は先程の爆発で起きた煙に紛れて、姿を消していた。
「…………チッ」
この僕が逃がすなんて。
思わぬ失態に舌打ちしたが、それより何よりAlcyoneはどうしたのだろうと辺りを見渡すと、
「Virgo!」
薄れてきた煙幕から、Alcyoneが現れた。左の腿からはだらだらと出血しているものの、元気そうだ。
「ごめんVirgo、逃げられた」
悔しそうに顔を歪めるが、そんなことよりも僕は彼女の傷が気になった。思ったより傷は浅そうだが、出血が止まっていない。
「Alcyone、大丈夫ですか?痛みます?」
ポケットに入っていたハンカチでAlcyoneの傷口を固定して出血を抑えると、弱々しそうに微笑む。
「私は大丈夫。それよりVirgoは肩、撃たれたの!?大丈夫?」
「ああ、僕のは大丈夫で…」
す、と言おうとして、くらりと目眩がした。一気に眠気が襲ってきて、まともに意識を保てなくなる。もしかしてさっき撃たれた弾に睡眠薬が入れられていたのかもしれない。
「Virgo?」
Alcyoneの問いかけに、なんとか顔を上げて大丈夫だと言おうとしたが、限界だった。
「すみませ…、咲月さ、ん……少し……眠ります…」
「Virgo」
そうして僕は、Alcyoneに体を預けるようにして、眠りに落ちた。
その睡眠薬を僕に撃ち込んだのはAlcyoneで、敵と争ったことを証明するために自らの腿を抉ったのも彼女で、更には敵を逃したのも彼女自身だという事実を知らぬままに。
聴衆に紛れた殺人鬼