矛盾に等しい恋愛関係
やっとこさ学校が終わった。クラスメイトたちが別れを告げていたり、寄り道の予定なんかをたてているのを背景に、オレは今日も図書館に向かおうと急いで帰り支度をして、はたと今日は休館日だと気付いてがっかりと肩を落とした。
「あー…」
参ったな、図書館に行くのが楽しみになっている。朔に会うたびに発生するこの動悸は一体何なんだ。医学書を片っ端からかじってみたけど、そんな病例はないみたいだし…。
「っはー…」
いそいそとしまった教科書類を、ゆっくり取り出して広げた。とりあえず今日の復習でもするかー。
と、ここで顔を上げて気付いた。前の席の椅子に後ろ向きに座って、じっとオレを眺めている弘樹に。
「うわあああ!?びっくりしたあああああ何か言えよお前!!!」
驚いて飛び退くと、弘樹はにししと笑って、
「いやーなんか最近楽しそうだな、と思って」
なんかあったの、と聞いてくる弘樹に、何もねーよ、とぶっきらぼうに返した。
「それより弘樹、お前まだあの子追いかけてんのか?」
あの子とは、弘樹が最近好きになった子である。彼氏居るけど。彼氏持ちのあの子を何故好きになるのかオレには理解できない。
「あー、これだから直獅は身長も中身もお子様なんだよなー」
「んだよ、身長と中身は関係ねーだろ!」
「ま、そうだな」
やれやれ、といった感じで肩を竦める弘樹に少しムッとして、反論する。意外とあっさり受け入れられて少し拍子抜けした。
「んで、あの子は振り向いてくれそうか?」
「いや〜、前途多難ですなあ」
「そんな気楽な感じで前途多難とか言われても…」
全く危機感感じない。いいのかそれで。
「まー、どんどんアタックしてくけどね!」
「……ブロックされてんじゃん」
「そこはすかさずスパイクで決める!直獅、トスは頼んだ」
「おう、任せろ!……ってなんでバレーの話になってんだよ!!違うだろ!!!」
「あ、ごめん直獅…お前小さいからブロックもスパイクもできないよな…」
「やかましいわ!!!」
こ、この野郎。人が気にしていることを易々と口にしやがって。
もういい!バカ弘樹!と怒鳴ったが、弘樹は笑っただけだった。
「それより直獅、」
「あぁ?」
不敵に笑う弘樹を、オレは睨みつける。なんだってんだよ、早く物理やらせてくれよ。イラついていたオレだったが、突然の弘樹の言葉にオレは持っていたシャーペンを取り落とした。
「お前、今恋してるだろ」
「……………………は?」
一瞬の静寂の後、オレは我に返った。そして妙に真剣な表情の弘樹に、朔のときとはまた違う動悸を感じる。
「な、に…言ってんだよ、弘樹」
はは、と口から漏れた笑いは、やけに乾いて聞こえた。
「…………」
「…………」
弘樹は何も言わない。ただじっと、俺の反応を待っている。
「…………」
「…………直獅、」
「…………」
恋?オレが?誰に?……まさか、朔に?
「弘樹、……オレは恋なんかしていない」
それに、知ってるだろ?恋なんかより本を読むほうが断然有意義だって思ってること。
「……そう、だな」
弘樹は何処か腑に落ちない感じだったが、頷いた。
「でもな、直獅」
「なんだよ?」
「後悔だけは、するなよ」
「……ああ、わかったよ」
オレが頷くと、弘樹はよし、と言っていつものように笑った。相変わらず元気に笑いやがる。
「んじゃっ、俺さっそくあの子にアタックしてくるわ!」
「おう」
「直獅、スパイクは任せたぞ!」
「だからなんでバレーなんだよ!!早く行け!!」
にしし、といたずらっぽく笑う親友の背中を見送って、オレはひとつ息を吐いた。おもむろに携帯を開く。受信ボックスに真っ先にある名前は、日暮朔。昨夜、少しだけメールをしたのだ。それが嬉しくて、何度も朔からのメールを眺めては緩む頬。
「………恋、ねえ…」
机上の物理の問題をチラと見て、入道雲まがいの雲が浮かぶ、青い空を眺めた。
「…朔」