呼吸を忘れて君を見た





「あら朔ちゃん、随分機嫌いいのね」

「琥春さーん!!!」

軽い足取りで生徒会室を訪れると、会長の机に腰かけて優美な笑みを浮かべる琥春さんが居た。傍らには迷惑そうに顔をしかめる琥太先輩。

「姉さん、早く帰ってくれないか」

「あら、なあに?OGが母校に遊びに来てはいけないと言うの?」

「いや、そういうわけじゃ…」

「じゃあ、いいわよね」

そう言ってまたストンと机に腰かける琥春さん。琥太先輩はやれやれとため息を吐いて、重要書類の整理をはじめた。

「はあ…というか姉さん、机に座るのはやめてくれないか」

仕事ができん、と嘆く琥太先輩に、琥春さんはクスクスと楽しそうに笑って、

「集中力がない証拠よ!私のことなんか気にしない!」

はい早くやりなさい、と実に横暴な態度に琥太先輩は再び溜め息を吐いて、書類に目を通しはじめた。本当に、仲がいいなあこの姉弟は。

「というわけで、朔ちゃん」

「はい?」

「あとの仕事は琥太郎がやって置くから、帰っていいわよ」

「えっ」

「姉さん!!」

いや、帰っていいわよってそんな…。

「………いいんですか?」

「いいわよーう」

「やったあ!ありがとうございます琥春さん大好き!」

「おいコラ待て、朔!!」

琥太先輩の「せめて校内美化企画の書類だけでも…!!」という声を背中で聞いて、私はカバンを背負って生徒会室を飛び出した。
やった、今日はいつもより長く直獅と居られ…じゃなくていつもより長く図書館に居られる!

















「姉さん…なんてことを…」

ガラリとした生徒会室で、琥太郎は溜め息を吐いた。

「バカねえ、琥太郎。ちょっとは朔ちゃんに気を利かせなさいよ」

「気?どうして」

わけがわからない、と目を伏せる弟に、琥春はダメな男ねえ、と嘆いた。

「朔ちゃんの顔を見なかったの?あれは恋する乙女の表情だったわ」

いいわねえ、青春青春、と笑う姉に、琥太郎は思わず目を丸くさせた。

「朔が恋?」

「フラれたわね、琥太郎」

「うるさいな」
















チャリを飛ばして図書館に到着。季節も夏に入りかけているため、チャリを全速力で走らせただけで肌にブラウスが貼りつくレベルだ。そろそろエイトフォーを持ち歩くべきかもしれない。

「あ、朔」

「やっほー」

図書館に入ると、いつもの場所に直獅が居た。早歩きで近付いて、私もいつもの場所である直獅の向かいに腰掛ける。

「今日は早いな」

「うん!生徒会、なかったから」

へえ、と頷く直獅をふと見ると、手元に何か持っていた。

「直獅、何それ」

「これ?大学とか載ってる本」

「大学!!?私たちまだ高1だよ!?」

気が早いよ、と顔をしかめると、直獅は笑ってちがうちがう、とひらひら手を振った。

「俺んとこさ、今の時期は進路調査表書かされるんだよ。別に行きたい大学なんて今んとこ決まってないけど、書かないと怒られるから」

「ふえー…進学校は大変だねえ」

「まぁなー」

どこにするかなー、と悩む直獅。大変だなあ、もう進学先を悩まなければならないなんて。まだ高1、だと思っていたけれど、もう高1なのかと実感させられた。

「直獅、どこの学部行きたいの?」

「あー…そーだなあ…」

天文学学びたいし、やっぱり理学部かな?あ、いやでも教師もやりたいし教育学部?と1人百面相する直獅。見てて面白い。

「……なんだよ」

じっと見ていたが、それに気付いた直獅が恥ずかしそうに大学案内の分厚い本に隠れた。なんか可愛いな。

「なんでもないよー」

ふふ、と笑って手元の本に目線を落とした。今日は天文学の成り立ちについて書かれている本を読むんだ!先週から借りているのだが、これが意外と面白い。

「ん?」

ふと視線を感じて顔をあげると、直獅がぼんやりとこちらを見ている。

「直獅?どしたー」

机に身を乗り出して彼の前でひらりと手を振ると、直獅はハッと我に返って、

「うわわわわああああ!!?」

私との距離が近かったことに驚いたのか、直獅は思いっきり体を仰け反らせた。そのせいで椅子の背もたれに重心がかかり、ガッターン!!と大きな音をたてて直獅は椅子ごと後ろに倒れていった。

「な、直獅!?」

図書館の人の視線が一気に集まる。私はすみません、と多方面に謝りつつ、テーブルを回り込んだ。

「いってえ…」

「大丈夫?」

頭を押さえる直獅を引っ張り起こして、椅子を正す。

「ごめん朔、ありがとな」

「いいえー」

それより大丈夫?と聞くと直獅はふにゃりと笑って大丈夫だと答えた。……でも、

「なんか顔真っ赤だよ?どっか打ったんじゃないの?」

「……ッ、や、ほ、ほんとっ、だいじょぶ、だからっ!」

「…………」

本当かしら。まあ本人が大丈夫だって言ってるし、大丈夫か。

「っあー、びっくりしたー…」

「ホントだよ。もうやめてよね、恥ずかしい」

「いやお前のせいだっつーの…」

「え?」

「なんでもねー!!」

なんだよ。変な直獅。
再び集まる視線に、今度は直獅がペコペコ謝って、疲れたように椅子に座った。それにしても、あんなにびっくりしなくてもいいと思うんだけどな。私、もしかして汗くさかったのかな。
若干そんなことを考えて、私は帰りにエイトフォーを買って帰ることを決めた。






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