まだ手のひらの温もりは知らない





待っていて、よかった。
かれこれ2時間ぐらい待ってた気がする。まあ退屈しのぎに物理学の応用を解いていたからあっという間だったけれど。……でももし現れなかったらどうすればよかったんだろう。…………考えてなかった。まあ結果的には来てくれたから、いいか。

「…………」

「…………」

とりあえずオレたちは、近くにあったうまい堂という甘味屋に入って、パフェを2つ頼んだ。

「…………」

「…………」

沈黙が重い。何か言おうと口を開きかけたとき、

「鷹兄ッ!どうして俺の生クリーム食べるんだ!」

「うるせえなー、じゃあ俺の生クリームあげるっつーの!」

「そういう問題ではない!」

「しつこいぞ龍之介!」

「鷹兄のせいだろ!」

なんかめっちゃ店内で喧嘩してる幼い兄弟がいた。その様子を見て、彼女がのんびりと口を開く。

「賑やかだねえ」

「えっ…あっ、そ、そうだな!」

よ、よし!これで会話を続けられる!グッジョブ、見知らぬ兄弟!ありがとう!

「あ、そ、その、オレは陽日直獅。君は?」

「私は日暮朔、よろしくね」

にっこりと笑う日暮さんに、オレは心臓がキュッとなった。うわあ、なんだこれ。
心を渦巻く知らない感情に戸惑っていると、日暮さんがねえねえ陽日くん、と話しかけてきた。

「えっ、あ、な、なに?」

「陽日くんって頭いいのね!中学生なのにもう高校の物理やってるなんて!」

…………………………………………え?

「いや、オレ中学生じゃな…」

「あれ、でもその制服って進学校で有名な高校だよね?……あれ、」

もしかしてお兄ちゃんの着てるとか?と、とんちんかんな憶測を繰り広げる日暮さんに、オレは「あ、あの…」と気まずそうに声をかけた。

「ん?」

「オレ…………高校1年生なんだけど…」

「えっ」

あのときの日暮さんの顔を、オレは今でも忘れない。













あのあとフリーズした空気が和らいだのは、注文したパフェが届いてからだった。そして日暮さんに数えきれないくらい謝られた。

「本当にごめんね…」

「いや、よくあることだから…」

ははは、と笑って見せたが自分でもびっくりするくらい乾いた笑いだった。切ない。伸びろオレの身長。

パフェを食べ終えて外に出ると、空はすっかり暗くなっていた。もう暖かいとはいえすっかり油断していた。

「うわ、暗っ」

「あ、ベガ」

「え、あっホントだ!」

日暮さんの指差す先を見上げると、きらりと輝く白鳥座が夜空にぽつんと浮かんでいた。

「もうすぐ夏が来るんだね」

「だなー」

「アルターイルッ!」と叫びながら夏の大三角を指でなぞり始める日暮さん。……面白いなあ、この人。

「な、なあ、日暮さん」

「なんだい?陽日くん」

「あ、あの、また話しかけてもい、いい…かな?」

しどろもどろなオレの態度に、日暮さんはきょとんとしたあと「もちろんだよ!」と笑った。

「あ、あのさ、直獅って呼んでもいいかな?」

「お、おお、いいぞ!じゃあオレも朔って呼ぶな!」

「うん、では改めて」

そう言うと朔は右手を差し出した。当然、握り返す。

「よろしくね、直獅」

「おう!よろしく、朔」

オレの手に包み込まれるほど小さい朔の手を握って、高鳴る心臓を必死に押さえつけた。




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