07



ナースステーションで折原臨也の名前を出したら看護師のお姉さんはずいぶん驚いていた。不思議に思って何となく目線を出せば、折原さんにお見舞いに来てくれる人が久しぶりだったから驚いたのだと言う。それに臨也は何となく伏せ目がちになった。気にするな、と言う方が酷だと思いひたすらに右手を握り締めてやった。一瞬ハッとしてこっちを向いた臨也に笑顔を見せれば、恥ずかしそうに顔を赤らめる。可愛い…すごく…。
そんなことを思いながらも教えて貰った病棟の1番端の個室にずいぶん古くなった表札で折原臨也と書いてあった。


「入るぞ。」


そう言えば、臨也がこくんと首を縦に振った。ガラガラと開けたドアの先には真っ白な部屋が続いていて、その真っ白な世界の片々に折原臨也がいた。俺のひっつき虫状態だった臨也は俺より先にその場まで駆け寄り、呆然と…だが、真剣な目で折原臨也を見ていた。


「俺…、超かっこいいじゃん…。」

自分自身に何言ってやがる。
とりあえず、そう返すつもりだった。なのに、ふにゃりとした顔をしていたからそんなことも言えず、ただ臨也の後ろ姿を見ていた。


「シズちゃん、来てよ。」


言われたように近づいて行けば、急に右手を掴まれた。その後に右手貸してね、の一言。そして寝ている、折原臨也の胸の上に手を置かせられた。ドクンと脈打つそれがリアルに伝わってきた。


「ね、俺、生きてるでしょ。今、凄いなぁって思ったんだ。…あのね、シズちゃん、本当は本体に戻らなくてもシズちゃんに見えるなら別にいいや、とかちょっと思ってた。…けどね、俺に足りないもの見つけちゃった。」


今度は自分の方に持っていき、自分の胸の上に俺の右手を置く。そこは暖かくは有るはずなのに何の音も反応もしない。そうして、くすりと苦笑しながら話す。


「俺にはこれ、無いんだよね。だからやっぱり目で見たら欲しくなっちゃった。俺も人間なんだよなぁ、ずるいよね、本当に。」

「ずるくなんかねぇよ。どう考えても当たり前の話だ。人間、まだ生きられるなら精一杯生きることに貪欲になった方がいいに決まってんだろ。」

「どうしよ…、シズちゃん、貪欲なんて言葉知ってたんだね。俺の中でシズちゃんの偏差値が上がっちゃったよ。」

「そういう口叩けるんなら、大丈夫だな。」


普段なら妙にイラつく発言にカウントされるそれは何故か俺の沸点に加算するような真似はせずに、ただするりと通過した。先程まで頼りなさげだった臨也の目の色が変わり、こちらをはっきり見据えていった。


「俺、もう一回生きたい。」

「俺もお前にもう一度生きて欲しい。」


間髪入れずにそう返した後の臨也はやけに嬉しそうな笑顔で笑った。


「これだから俺はシズちゃんが大好きさ!」

「あぁ、俺もお前を愛してる。」


返されると思ってなかったのか急に赤くなった臨也が今度はバカバカバカと罵倒してきた。そんな赤くなった可愛い顔で言われても正直、逆効果だってことに気づくのだろうか。

一度、間を保った後臨也は本体に手を伸ばした。これで終わるのかと思った時だった。臨也が大声で叫んだ。


「シズちゃん!俺を引っ張って!」

「は!?」
「いいから!早く!」


訳がわからなかったが、臨也が必死そうに叫ぶから俺は臨也を引っ張って抱き止めた。はぁはぁと息を荒くする臨也を見て、どうかしたか、と尋ねる。


「忘れちゃう…。」

「何をだ。」

「シズちゃんが俺のこと忘れちゃう!」


今、何つったこいつ。どうやったら俺が臨也のこと忘れちまうんだよ、と言いかけて止まる。俺は確かに今、2年前の折原臨也を忘れているんじゃないか、ということに気づく。


「まて…、つーことは、まさか2年前ってのは、」

「今と似たようなことになってた…。工程作業は逆で本体から幽霊みたいになったんみたいだけど…、触れたら記憶が流れ込んで来た…、多分、俺が持っていなかった本体の方の記憶だと思う。俺が保護されたのを知ってたのは自分がじゃなくて、されてたのを上から幽霊として見てたってことだったんだ。なんだろ…、俺の知らないシズちゃんがいっぱい流れてきた。はは…、なんだ…、俺、本体だった2年前もシズちゃんのこと好きだったみたい…。それで、シズちゃんに会いたくてまた自分から幽霊になるとかバカみたいな話だけど…ね。」


自虐気味に笑うそれに耐えきれなくなり、抱きしめる。なんか俺がこいつを抱きしめるの多いな、とか思ったけど、抱きしめたくなる雰囲気を醸し出すこいつが悪い。こうやって、2年前も俺は臨也を抱きしめていたのなら既視感を抱いても可笑しくは無い。忘れてしまっている自分に苛立つ。何よりも自分が情けない。


「……どうすることも出来ねえのか。」

「シズちゃん…、…でもさ、やっぱり俺、生きたい。シズちゃんに忘れられるのは嫌だけど、生身の俺を今、こうしてるみたいに抱き締めて欲しいんだ。」

「臨也…。」

「絶対に忘れないって無謀な約束はしないよ。ただ、忘れてもシズちゃんをもう一回好きにさせるから、覚悟しなよ。」

ガキだ、ガキだと言ってた癖にこんなときばかり無駄に大人らしいことを言う。本人がそういうのに俺が否定出来る訳無い。


「お前も…一応、ちゃんとした大人なんだな…。」

「そりゃ、同い年ですから。」


一拍置いた臨也はもぞもぞと動き、小さく身じろぎして俺を下から見つめた。


「お願いがあるんだけど。」

「何でも聞いてやるよ。」


俺に出来ることなら本体に戻る前に何でもやってやると意気込む。薄い唇から躊躇いもなく放たれた言葉は想像以上のものだった。


「抱いて欲しいんだ、めちゃくちゃに。シズちゃんがその感覚を忘れないように。」


その願いに驚いたものの、断るつもりは無かった。了承すると臨也は、ありがとう、と小さな声で呟いた。







2010,05,10

7話。
今回でいろんな伏線が回収出来たかと思います。やっとここまでこれた…!
言わずもがな、次はR指定です。
あと3話で終わる予定です…。













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