彼は他人という括りに祝われるのに慣れていない。少なくとも家族には出生を祝われて、成長したことを祝われて、これからもよろしくと思われる。それでも、彼にそんな言葉を向けるのは家族、親しい友人何名かというくらいだ。多くの人に知られていながら彼の誕生日を祝っているのはその中の極わずかしかいない。それを幸せだと思う彼に納得がいかない。別に俺は彼が誕生日をより祝われて欲しいなんていう世界が爆発しても有り得ない意見に賛成などではない。むしろ、逆の立場なのだ。誰が祝ってやっても特に気にしない。俺だけは彼を祝ってやらない。そういう思いだ。嫌がらせのごとく書いた色紙のメッセージを見て、彼はどう思うのだろう。イラつくけれど、他のみんなのメッセージがあるから無碍に出来ないとかそういう葛藤に苛まれているのなら嬉しいね。今にもキレそうになってて、でもその色紙をどんな風に扱うべきかバカみたいに悶々と考えてる彼を想像すると笑いが込み上げてくる。今回は俺の勝ちかな。そう思った瞬間に廃ビルの屋上のドアが開く。開くと言ってもそれはもうひしゃげて二度と閉まらない形になっていた。長い足を思いっきりドアにぶつけたのか蹴りだした足がそのままだった。無表情でスタスタと屋上に侵入してきた彼はポケットを探るとタバコを取り出して、ライターで火を点けて吸った。


「臨也。」

「なに。」


唐突に名前を呼ばれて、直ぐに返事を返す。彼はどんどんこちらに近づいて来ていて、だからこっちも下がろうとした時に止まった。まるで、その間隔がこれ以上近づいていけない領域のように微動だにしない。別に俺が何かを言う筋合いは無い。ここにいるとわかられたのは何故だかわからないが、彼のこういった謎の直感は今に始まったことじゃない。気分でいる場所を当てられるのはたまったものじゃない。いつまで待たせればいいのか。それでも待つあたり俺は優しいのかもしれない。何か言いにくいという顔をしている訳でもないのに彼は何も言わない。5分経っただろうか、彼はため息をはいて座った。


「お前の口から祝いの言葉を聞いていない。」


はっきりとそれが当たり前だと言うように彼は告げた。早くしろよ、今日が終わるまでお前に付きまとうぞ、なんて呆れた顔になって続けた。どうしてそういう結論に至ったのか詳しく聞きたい。


「祝って貰いたいの?」

「ああ。」


どうして、と聞くと臨也だからだ、と返ってくる。要するに嫌い、嫌われている人間から祝われて自己満足を得たいということなのか? それとも他に何か特別な理由でもあるのか? 思いつく限りの理由ではないような気がしてきた。そもそも彼は人に祝われるのに慣れていない。家族、新羅、ドタチン、田中さん、後輩さん、俺の妹達、茜ちゃん、帝人くんに正臣くんに杏里ちゃん。その全員に祝いの言葉を言われたのに全てぎこちなく、照れながらお礼の言葉を紡いだ。なのに、俺にはわざわざ早く祝えと言う。元から彼の言うこと、考えること、為すこと全て理解なんて出来なかったけれど今回はその中でもかなり理解が出来ない方に入る。


「俺が君を祝う筈無いじゃない。」

「なんでだよ。」

「なんでって…、言わなくてもわかるでしょ。君は俺が嫌い。俺は君が嫌い。そういう間柄の人は普通は祝ったりしないの。」

「お前が俺を普通じゃないって言った癖にか?」


揚げ足を取る様な彼の口調に少し苛つきながらもここで彼を普通と認めるのだけは出来なかった。彼を普通と認めたら俺が愛する人間の中に入らない普通の人間という枠組みに彼がなってしまうからだ。確かに、一個人としての平和島静雄が嫌いなのだから例えどんなに彼が普通の感覚の人間だとしても愛せないことはわかっている。それでも嫌なのだ。そういう風に彼を普通だと認めるのが嫌なのだ。彼は普通じゃないなら別に嫌われている相手に祝いの言葉は求めてもいいよな、と淡々と話した。物好きにしか聞こえない発言だ。座ってタバコを吸っている彼に近づいてナイフを首筋に当てた、があまり意味はない。先程から感じる苛つく感情に任せてそのまま押し倒して彼の上に跨る。それでも微動だにしない彼は手を口元に移動させてタバコを取って、息を吐いた。煙が目の前に広がって、そのまま目を閉じる。なにすんだ、と言おうとして口を開けるとそのまま真っ直ぐに口に白い、先端から煙を出しているものが突っ込まれた。それがタバコだと気づいて、口の中に煙が広がり、それに嫌悪感を示して口から落とした。慣れないものに咳き込んでいると彼は薄ら笑いをした。


「間接キス。」


感情に任されて近づいて来たお前がさも負けた様な言い方をした。そうかもしれないと思うあたりが悔しい。ニヤニヤと笑っている彼は酷く苛立ちを増長させた。かといって、これ以上何も出来ない様にと動きを封じられた。ああ、ちくしょう。


「早く言えよ。言うまで離せねえから。」


目が本気だ。誕生日くらいは彼に軍配が上がるということか腹立たしい。それでも言わなきゃ、ずっとこのままの状況なのだろう。大したことじゃないのに屈辱だ。彼くらいだろう、ここまで感情をセーブ出来ない相手は。ここで人にバラされると困る弱みを掴まれるなんて最悪だ。でも、もうどうにでもなれ。


「誕生日おめでとう、シズちゃん。」


ぼそぼそと恥ずかしげに小さな声で言ったら、シズちゃんは勝ち誇った顔をした。しかも、嬉しそうに。それに対抗して俺の下にいるシズちゃんの口を塞いでやった。





【貴方から聞きたい】




20110129

臨静。

いざしずのつもり。静雄誕生日おめでとうございます!!
遅刻して申し訳ないです……。








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