泊めて、と一言言われる、それはよくあることである。この人はここらに家が無いのか、23時頃に決まって玄関を鳴らす。その間隔はまばらで1週間毎日のように来るときもあれば、1ヶ月1日も来ない時さえある。ちなみに今日は約2ヶ月振りの登場になる。虹色の髪の毛がやけに悪目立ちして顔を見なくても一瞬で誰だかわかる。人の家の玄関に体育座りをするように座り込み、こっちに気づくと愛想のいい笑みを浮かべてくる。


「正臣くん、今晩泊めてください。」

「…いいっスよ、久しぶりっスね。」


制服のポケットから鍵を取り出して、ドアを開ける。お邪魔しまーす、なんて伸びきった語調の割に棒読みな声が響く。パチンと電気を付けて、居間のソファーの上のものを綺麗にはたき、ここに寝てくださいとまでに指を指す。それに応じたのか虹色の髪の男は、盛大に感謝の意を示す。


「ありがと!まじ感謝してる!正臣くんなら泊めてくれると思ったし、尚且つ、床で寝ろ!なんて言わないと思ってたさ!」


それをなんとなく聞きながら、キッチンにある今日の夕飯だったカレーライスのルウの蓋を開ける。


「戌井さん、あんたご飯は?」


食べてない、と一言返す。ソファー越しでいまいち状態がわからないが、皿に適量をよそう。それを持ってソファーを見ると既に寝てしまっている戌井さんがいた。


「この短時間で寝るか、普通。」


確かに戌井さんが来たのは2ヶ月振りでそれでいてぱっと見じゃわからないけれど、結構、傷とかついている。こういう人だとは知っているけれど、もっとどうにか出来ないのだろうかとよそってしまったカレーライスにラップをかけた。自分の部屋から毛布を持ってきて、かける。さすがに上着くらい脱いだ方がいいだろうと手をかけると案外細い体躯に気づく。この人もこういい世界で生きているのにな、とよくわからない思いが頭を巡る。むかむかする。もだもだする。心配しているんだろうな、とわかりきった結論を出す。す、と何の気なしにに頬に手を当てれば、なんとなく熱い気がしてならない。微熱くらいあるんじゃないかと体温計を探して寝ている戌井さんを起こす。


「……泊めてくれてありがとう!」

「まだ朝じゃないですよ、それより戌井さん、熱あるんじゃないですか?」

「そうかもしれない。いやー、かっこわるいね!あー、やらかした!」


ペチンと額を叩くのは戌井さんが何かやらかしたときにする癖のようなものだ。体温計を渡すと大人しく脇に挟む。


「前から思ってたんスけど、戌井さんは家無いんスか?」

「無いな、この辺には。島まで行けば当時住んでたとこはまだあると思うけど、まぁ…根無し草なのは確か。」


ソファーで寝ていた戌井さんは同じソファーに座り込み始めた。体温計を落とさないように手を胴体にくっつけている。そこでにやりと笑って話し始めた。


「体温計さ、これ手くっつけておかなきゃなんないのカッコ悪いよな…こんなときに誰かに襲われたらどうするよ。腕くっつけてながら銃構えるとか格好悪すぎて論外だしな。せっかく銃身を地面から平行に構えたって体温計が落ちて来ちまえば一瞬でカッコ悪いに変わる。なぁ、どうすればいい?」

「普通に逆の手で構えればいいと思います。」

「なに…スイッチガンマンってことか?ああ…それもいいな。どっかで見たな…そういう設定の主人公…確かに左手でも出来たらかなりかっけえな。そういえば、教えたっけか?狗木ちゃんが二丁拳銃使ってたんだよな…悔しいけど、ありゃあ、かなりかっけえ…俺も練習したんだけど、反動やら銃身がズレるやらで上手く出来なくてなぁ…。」


無機質な音が響く。まだ話したかったような戌井さんだったが、それにつられるように体温計を取り出して見る。ははっ…と小さく笑った後、俺の方に体温計を渡してきた。微熱を示す値がそこにあった。小さくため息をつけば、戌井さんはまた小さく笑った。病人をソファーで寝させるってのにもさすがに気が引ける。ベッドで寝てもらおうかと手を差し伸べれば、戌井さんはなんだか悔しそうに呻き始めた。


「ちょっと待てよ、なんか今の、正臣くんがヒーローみたいじゃね?」

「俺は世の中のレディー達のヒーローですよ。」


さらりと返して、戌井さんを引っ張るとゆっくりながらも立ち上がる。階段くらい上れるよな、と手を繋ぎながら歩いてみる。


「正臣くん、手離して貰っても平気なんだけど…。」

「ふらふらされると危なっかしくてたまんないんで大人しくしててくださいよ。」


トントンといつもより大変に遅いスピードで階段を上る。それでも不思議と繋がれた手に力が込められる。部屋まで連れてくるとベッドにもそもそ横たわって布団にくるまった。


「大人しく寝ていてくださいね、冷えピタ持ってきてあげます。それと、…これおまじないです。普段は世の中の女の子達にしかしないんですけど、まぁ、特別です。」


額を押さえる戌井さん。また何かをやらかしてしまったんですかね。


「あー、正臣くん、やらかしたね。」

「何のことだか。」


戌井さんの言葉にしらばっくれたのはこの部屋に漂う空気が甘すぎたから。それはまるで、





【酸欠になるくらいに】





2010,08,02

正戌。
せかいぬっ!企画様に提出します。

甘ったるい話ですね、私の中では半端ないくらい甘い話です。砂糖吐きますね。









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