09


「シズちゃん、昨日は…ありがと…ね。」

「別にそんなつもりじゃ…、」


ああ違う、違うと否定をされたあとに申し訳無さそうに笑う臨也がいた。その…さ…、と臨也は言いにくそうにする。


「忘れてたまるかよ。」

「お前、起きて、」

「最初に一緒に布団に入った時に言ったけど、幽霊は寝れないからね。一瞬バチンって電源が落ちたみたいになったけど、割とすぐに元に戻って、最初はすぐに起きようしたんだけど、シズちゃんが…シズちゃんがね…あんな声で言うから言い出しにくくてそのまま一晩中待ってた。」

「んな、申し訳そうに言うな。」


なんとなくその表情が嫌だったから、出来るだけ優しく頬を撫でてやった。それにびくりと反応しながらも少しずつ赤くなる臨也を見て、ああ、やっぱりこっちの…笑ってる顔のが好きだ…と心の中で思った。


「行こうよ、覚悟決まってんならいつまでもグダグダしてるのもったいないよ。シズちゃんに限って決意が鈍るなんてこと無いと思うけど、俺はそういうのすぐなんとかしたいんだ。今の短い期間の仲より、今からの長い期間の仲を想像したい。だって、溢れて仕方ないんだ。今までもこれからも。」

意図的なのか無意識なのか、俺からは定かでは無いけれど、臨也は切羽詰まったような表情を一瞬した。ああ、もう、こういう時こそ頼ってくれたっていいだろ。


「なんで俺が忘れること前提の話になってんだよ。」


ほんの少し呆れを含ませて言うと、さらに悲しい顔をする。ああ、ちげえ、そんな訳じゃないのに、と。撫でていた頬をそのまま引き寄せて唇をくっつけた。酷く生ぬるい体温だったけど、それは確かに暖かく、存在そのものを証明していた。ぴちゃぴちゃとかそういう卑猥なのじゃなくて、まるで中学生がするようなただくっつけ合うその行為。相手の息だけが間近に聞こえて、少し経つ。ゆっくりと臨也の方から離れて行き、その勢いのまま抱きつかれた。


「ごめん、本当は忘れないで欲しいよ…、本当に、本当に、もう離れるは嫌だから…。でもね…、俺の強がりも聞いて欲しいなぁ…。ねぇ、シズちゃんでもそれくらいはわかるでしょ?だから、これは今だけ。最後。」


わかった、と口に出すのはなんとなく薄っぺらい気がして使う気になれなかった。生来、口下手らしい俺は何かを言うことよりも行動で示すタイプだ。そのおかげで何回こいつを腕の中に抱きしめたのだろう。冷静に数えるなんてこと出来ないと思う。それでも、それでも、やはり俺はこういう時、抱きしめることを選ぶのだ。


「じゃ…、今度こそ行こうよ。俺が待ってるよ?」

「あぁ、」


昨日と同じ場所、同じ部屋、同じ人物。全部同じ空間にやはり同じように佇む俺達。ふと、気がつく。今日で臨也に会って何日目だ?記憶が正しければ、3日になる。路地でいきなり話しかけられて、そのままの流れで新羅に会いに行く。それで次の日に学校行って、臨也を迎えに行って、ここに来た。そして、今日。やっぱり3日。なんだ、それも同じじゃねえか。臨也が言ってたことによれば2年前の俺達の出来事もわずか3日の出来事だったらしい。ここまで同じが重なるなんてな。


「臨也、今日でお前会って何日目かわかるか?」

「えっと…、3日…?」

「当たりだ、嘘みてえにいろんな事があった癖にまだそれしか経ってないんだぜ?」

「そうだね…、なんだか、不思議。」


挑発的な笑みを向ければ、同じように挑発的な笑みをこちらに返してくる。幾ばくか経ったあとに臨也は徐に未だに寝入ったままの臨也本体に近づいて、手のひらを胸の上に置く。そのまま目を閉じる。心臓の音を手で感じていて、リズム良く動くそれに安堵した表情をした。


「今から、戻るから。あ、そうだ忘れるかもしれないけど、俺が起きたらナースコール押してよね。その辺は普通に考えて常識だからね。2年振りに患者が目を覚ますんだからね。……っ!あとさ……、」


言いにくそうに目を右往左往する臨也を見て、はっきり言って欲しくて臨也を見つめ続けた。目をまだ逸らしながらだが、小さく呟いた声はこの大して広くないスペースには充分過ぎる大きさだった。


「もし、シズちゃんが覚えていたら思いっきり…ぎゅーっと抱きしめて…。」


言うだけ言って、顔を赤くした臨也は言った事が恥ずかしいのか顔を逸らしたままだった。言っておくが、俺だってそんなこと言われると充分、赤くなんだよ…!お互いに赤くなるという何とも言えない空気が落ち着いて来た。


「じゃあ、またね、シズちゃん。」

「ああ、またな、臨也。」


少しずつ吸い込まれていく臨也を見て、自分の記憶がいつどうなるのか緊張した面もちでいた。全て臨也が見えなくなり、本体に戻ったのだと思う。まだ、俺の臨也に対する記憶は、思いは存在している。ふと、臨也に動きが見られた。一瞬だけ目を開けた臨也は眩しすぎたのか軽く呻いた後に再び目を閉じた。それでも数秒後にはゆっくりと目を開けてこちらを見る臨也がいた。俺はまだ覚えている。


「臨也…?」

「………!」


起きたばかりで上手く声が出せないのか、喉を押さえている。ペットボトルの水を差し出すとおずおずとしながらもコクリと飲んだ。あ、とか声を出した臨也は落ち着いたようにこちらを見た。俺はまだ覚えている。


「ごめん…、君さ、誰…?」


その言葉を聞いた俺は凄く、それはもう今までに無いくらい冷静だったと思う。覚悟していたから?と問われれば、はっきりそうであるとは言い切れないけれど。ちなみにどれくらい冷静かと言うと、何故そうなってしまったかの理由を考えるくらいには。直感的に思いついた理由はこいつの行動が2年前と逆だと言うこと。混乱した頭に唯一、解れていく1本の根拠。2年前は自分で再び本体から幽霊のような存在になった。今回は自分で幽霊のような存在から本体に戻った。そう考えれば逆になるのも可笑しくは無い。可笑しくは無いんだ、と頭の中で結論を導き出す。ならば…、


「俺は平和島静雄だ、よろしくな。」

「へいわじましずお…ね、俺は折原臨也…ってここにいるなら知ってるのかな…。」

「ああ、知ってる。それと、失礼だとは思っているが約束なんだ。守らせてくれ…。」


頭に沢山の疑問符を浮かんだ臨也を、多分まだほとんど何も今の状況を理解していないであろう臨也を、とにかく、とにかく、抱きしめた。だって、それは俺と臨也の約束だったから。俺は忘れなかったから。








2010,07,16

9話。

次で終わります。
意図的に今回はノーコメントです。










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