幽←静雄←臨也←幽
「ひたすらにループ」様に提出。
無粋にも程がある。どうして上手く回ってはくれないのか。そんなのわかりきってることであるのにだ。初夏にしては暑すぎる気温にクーラーの底冷えする風が吹いてくる。臨也さんなんかはクーラーに当たり過ぎると風邪を引くんじゃないか、という風に思う。それは勝手な俺の考えで理論でしか無いのだけど。件の臨也さんは冷蔵庫の中を漁って氷を探して、コーヒーをそれに注ぐ。アイスコーヒーを振る舞ってくれるのだろう。ふんふん、と鼻歌を歌いながら準備をする臨也さんに近づいて、抱きしめてみる。呆れた顔をした臨也さんは持っていたシュガーシロップをそのまま弧を描くように落として言った。
「幽くん、良いことを教えてあげようか?」
そう問われたものの彼は返事を聞かないまま、ふっ、と小さく笑い、話し始めた。
「抱きしめる、ってさ体感温度上昇に随分役立つんだ。君ならそうだね…、例えば、寒い日にネコとかを抱きしめると暖かくなった経験とかは無いかい?まぁ、あまりぐだぐだ言っても暑いまんまだからはっきり言うけど、暑苦しいよ。離れた方が俺の為にも君の為にもなると思うんだけど。」
「この部屋は冷房が効き過ぎなんで逆に寒いくらいだと思います。」
「あぁ、そうかもね。でもね、俺が抱きしめられたい相手は君じゃあ無いんだよ。ほら、せっかくアイスコーヒー入れたのにもったいないよ。」
心底呆れた顔を見せた臨也さんをちらりと目に写せば、自分の心がキシリと痛むのがわかる。僕を好きになって欲しい、などという感情は浮かばない。人間として愛しているのはその他大勢と同じ類になるからだ。彼から見れば人間は愛するものであり、それに当てはまらないのは僕の兄さんくらい。それは割と池袋では有名な話で知らない人の方が少ないんじゃないかと思う。
「臨也さん、聞きたいことがあります。」
「離してくれれば素直に答えてあげるよ。」
名残惜しい気持ちを含ませながらも、臨也さんから離れると彼は僕にグラスを渡して来た。カランコロンと中で氷が音を立てる。
「臨也さんは人間が好きですか?」
「好きだよ、大好きさ。人間以上に興味深くて俺を楽しませてくれるものは無いからね。」
「じゃあ、兄さんは人間ですか?」
「シズちゃんが人間?彼は化け物だよ。もし、人間だとしても俺はシズちゃんを俺が愛する人間の中には絶対入れてやりたくないね!」
「じゃあ、別に嫌いとか言わなくて良いじゃないですか。」
は、と口を開いて疑問を示す臨也さんはそれまでかき混ぜながら飲んでいたアイスコーヒーをコトリ、とテーブルの上に置いた。じろりと睨んでくる2つの目が僕の目を見て、そして一度伏せてから意味がわからないと言ったジェスチャーをした。
「臨也さんは人間を愛しているのだから、別に他はどうだって良いじゃないですか。」
「なにそれ、どういうこと?」
「貴方は人間を愛しているのだから、それに入らない兄さんは臨也さんにとってその他大勢の興味を示さないものの筈だ。」
「なにそれ、君は実の兄を化け物扱いするってわけ?」
「俺にとって兄さんは、俺の尊敬する兄さんで人間です。それ以上でもそれ以下でもありません。そうやって、逃げているのは臨也さん、貴方です。嫌いなら関与しなければ良い話です。俺ならそうしますよ、徹底的に無視を決め込んで避けます。でも、臨也さんは違います。貴方の嫌いは特別だ。まるでその言葉がす…、」
「それ以上言うな!」
ヒヤリと首筋付近に感じたそれは、目の前にいる人物が普段から携帯しているもので動いたら間違いなくかすりはするだろう。臨也さんは俺の首筋にナイフを突き付けて、そのまま下を向いたまま怒鳴った。おもむろに顔を上げた彼はあからさまに嫌な顔をしてこちらを見た。
「やっぱりシズちゃんの弟なだけあって気に食わないとこがあるよ、幽くんには。……止めた方がいい、平和島幽。これ以上言ったらしばらく動けないくらいの怪我くらい負わせてやるから覚悟しなよ。」
あからさまに嫌な顔だったそれは、気に食わないと笑顔になり、真面目な顔になった。なんだ、彼は意外と喜怒哀楽がある。自分なんかとは違って。そう思いながら、このままなのもさすがに嫌なので言われるままに両手を上げて降参しようかと思った直後、ドアが飛んできた。一瞬何が起こったのか理解出来ずに飛んできた方向を見ると兄さんが怒った様子でこちらを見ていた。
「し…ずちゃん…?」
臨也さんも困惑している様子を見ると、どうやら彼が何かを仕掛けた訳では無いらしい。そのまま入って来た兄さんは俺の方を向いて、大丈夫か?と聞いて来たから大丈夫、と一言だけ返せば、兄さんは、ほっとしたように俺の頭を撫でて振り返った。
「幽はしばらく離れてろ。俺は人の弟に刃物向けやがったこのノミ虫をくたばらせる。」
「シズちゃん…、なんで君がここにいるのかな?悪いけど、君を俺の家に歓迎することは出来ないよ、むしろどうやってオートロックを開けてここまで来たのかな?」
「そんなことはどうでも良いだろうがよ、それよりもお前は幽にナイフを向けやがった。つまりそれは殺されても文句は言えねえよなぁ?」
じりじりと狭まっていく空気を感じながら、兄さんを止める必要がある、と声をかけようとした。それと臨也さんが一瞬だけ悲しい顔をしたのは、ほぼ同時だった。俺は兄さんにかける筈だった声の代わりに臨也さんのその細い手首を握って、玄関まで走り去った。そのまま走って、走って、マンションの駐車場に車を置いていたことさえ忘れて、新宿の街を走った。手の先に伝わる暖かい体温さえを共に連れて。煩い昼間の喧騒の中で臨也さんの息づかいだけが少しだけ荒く聞こえた。俺はただ、貴方をしあわせにしてやりたいのに。
【しあわせにしてやりたいのに】
(俺はただ力を怖がらず、恐れず、向き合ってくれた幽をしあわせにしてやりたいのに。)(俺は最も嫌いなシズちゃんを最も嫌がる方法でしあわせにしてやりたいのに。)
2010,06,16
幽←静雄←臨也←幽
「ひたすらループ」様に提出します。
3人動かすの難しい…。静雄の出番要素になんか申し訳なくなる。幽視点でなかなか書かないので挑戦しようとしたらこの会話文の長さに自分でも驚きました。
全員がそれぞれの相手をしあわせにしてやりたいのに、貴方は私にしあわせにされたくないんだな、という気持ちを抱いてます。そんなイメージです。
素敵企画の一端を担えて光栄です!
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