いつかの終焉

満ちた月が、全てを見守る静かな夜のことだった。

銀時は布団の中で事後特有の甘くぬるい空気を感じながら、隣で座りながら着流しを羽織り紫煙を燻らせる男を眺めていた。

今したがたつけたばかりの赤い印が散る白い首筋から、煙管をくわえる唇までのラインを辿るように視線をずらすと、その上には遥か遥か先を見据えたような翡翠の瞳。

抱いている最中から、今日はいつになく高杉が物思いに耽っているように見てとれた。

「…てめェになら、殺されてもいいかもしれねェなァ…」

煙と共にその唇からこぼれた言葉に、銀時は「あぁ?」と小さく聞き返した。

「……なに言い出してんの、ねぇ」

気のせいと見間違うほど一瞬だが、高杉の言葉を聞いた瞬間確かに不穏な、嫌な予感が頭をよぎったのだ。

「ククッ…」

「笑ってねぇで…え、何、どういうこと」

その正体を探るように高杉の言葉の真意を問いただすが、当の本人は笑って受け流すばかり。
それが逆に銀時の苛立ちと焦燥感を倍増させていく。
胸の辺りに穴を開け熱を奪うような不安に、胸元を埋めるものが欲しくなって、銀時は静かに上半身を布団から起こして高杉に腕を伸ばした。

「なー高杉ィ」

少し冷えた身体を抱き寄せ、着物が今にも滑り落ちそうな白い肩に額をのせる。まるでさみしがりの子供がすがり付くような姿だった。



万事屋を訪れる数時間前、高杉は春雨に元春雨、異星の商人から一橋まで様々なつてを頼りに調べものをしていたのだ。

ナノマシンウイルスがどこか遠い星で繁殖しその星一つ滅ぼしたと何かの噂で聞いてから、高杉はふいに、昔戦場に進出してきた包帯まみれの敵の事を思い出した。

その集団は確か星崩しと言った。

星崩し何て大層な名がありながら、銀時に呆気なくにやられてやがる、と当時は軽く考えていたものだが、今思い出すとどうにも胸騒ぎがする。
気のせいだと己に言い聞かせようとしたが、調べてみても損はしねぇだろうとも思えた。



「銀時ィ、」

煙管を置いて、子供のような恋人の頬にそっと触れた。
顔をあげさせれば不機嫌そうに歪められた眉根が可愛らしくすら見え、思わずくすりと口角を緩めてしまう。

こいつが、いつかは。

「きっとてめぇはいつか壊れちまう」

「……どういう意味だよ」

「だから、その最期の時にゃ俺がその首切り落としてやるから」




―きっと、壊れるのも殺されるのも俺の方だ。

高杉の感じた嫌な予感は大的中だった。

銀時が倒した星崩しの長、厭魅というのがとんでもなく厄介なもので、厭魅を倒した者の身体には世界を破滅させるほどの繁殖力と殺傷力を持つウイルスの元が根付き、約10年から15年で、その者の体から世界にばらまかれるという。

銀時のこの生活とこの世界の安寧のタイムリミットは、足音をたてずすぐそこまで迫っていた。

きっとその破滅に巻き込まれて、こいつを殺してやる暇もなく俺も消え行く命だろう。



「だから意味わかんねぇっつーの」

「……ん、」

一瞬考え事をした隙に、少し乱暴に引き寄せられ重ねられたのは銀時の唇。
過多な糖分摂取を繰り返すその唇はいつだってどこか甘かった。

「っふ、ぁ、」

酸素を欲して無意識に開いた唇をにすかさずわって入ってきた乱暴な舌先が高杉の咥内をかき乱していく。
銀時の苛立ちが顕著に現れたキスを、高杉はなだめるように舌を絡ませて受け入れた。

そっと唇を離した銀時の首に高杉は腕を巻き付ける。
柔らかな銀色に指を絡ませるように頭を撫で、その耳に優しい声で言葉を紡いだ。


「例え…例えばの話だ、いつかてめぇのその手で俺があの世に送られても…俺は、俺だけはてめぇを愛し続けてやらァ」

寂しさが滲んだ声は、情けなく微かに震えた。



こいつが世界を滅ぼす極悪非道の大魔王と呼ばれる前に、この世界壊してやりてぇさ。

だがお互いに時間はないらしい。



「馬鹿言ってんじゃねぇチビ助」

「クククッ、悪かったなァ馬鹿で」

「ほんっと馬鹿な、俺だったらてめぇみたいな歯切れの悪ィ馬鹿大将についていったりしねぇよ?つか隊の中に混じってても気づかねぇよちっちゃすぎて」

怒れ、怒れ、と高杉がいつもならこちらの胸ぐらを掴んでくるような言葉を並べていく銀時。
十年以上一緒にいたのだから怒るツボなど熟知している。

言葉を隠そうとする高杉がもどかしくて、何でもいいから何か真意を聞かせてほしくなって、

「…好きにぬかせ、阿呆」

だが高杉はいとおしそうに笑って聞き流すばかりだった。

「銀時ィ、もう一寝入りしようぜ」



いつかこの熱に触れられなくなる、その時を考えるより今のうちにこの熱に触れていよう。
死んだそのあとも思い出せるように、




布団に再び身を沈めた高杉の隣に、銀時もしぶしぶ横たわる。

その銀時の胸元に猫のように擦りよって身を縮こませた。



いつか、いつか。









「……馬鹿野郎、」

細くなった肢体、真っ白な肌、映える紅と、
艶やかな黒髪の影も残さぬ真っ白な髪色。

「……首落としてくれるんじゃなかったのかよ」

真っ白に染まった恋人を抱き締めて、鬼は囁いた。


―てめぇのその手で俺があの世に送られても―


「何が、例えばの話だ、だよ」

「てめぇは全部知ってたんだな」



―俺だけはてめぇを愛し続けてやらァ―


「……俺も、だ」



満ちた月が、全てを見守る静かな夜のこと。




end

銀高死ネタを書かせていただきました…!!
でも話の大筋は緋桜様に作っていただいてたのでそれにちょこっと調理を付け足しただけにすぎません……←オイコラ

相互ありがとうございます、よろしくお願いいたします!
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