【8】

(36)一日前

『メールアドレスと携帯番号変更しました。登録お願いします』

いやに他人行儀なメールが一斉送信で銀八の携帯に届いたのは、とある暑い夏の日。

クーラーの電気代削減のために近くのコンビニでジャンプの立ち読みをしていた銀八は、
ポケットのブザーに気づいて携帯を取り出す。


そのメールには名前が入っておらず、しかも一斉送信の先に知っているアドレスも見当たらない。

学校の友達からなら少なくとも一人くらいは同級生がいるはずだが…

……おそらく。

ジャンプを買ってから店を出て、メールにのっていた電話番号に電話をかける。

『トゥルルル…』

『トゥルルル…』

『トゥルルル…』

『ピ』

『只今、電話に出ることができません。ピーという』

『あ、間違えた』

『もしもし?銀八?』

間違って押された留守電用の女の機械音が切れた後、聞き慣れた子供の声が聞こえる。

「晋助…アド変のメールならちゃんと名前いれねーと駄目だろーが…」

『……あ』

「あ、ってお前なぁ…」

電話越しの晋助に呆れたように笑う銀八。

『あ、なぁ、聞いてくれよ銀八!』

「はいはいどーしたの」

『俺が今電話してんの、スマホなんだぜ!』

「……マジ…?」

((スマホってあれだよな、流行にのりまくってるチャラ男やらギャルやら若者が画面に爪無茶苦茶伸ばした指を叩きつけ弄ぶ高そうなチャラい道具だよな?))

そんなことを考えていた一応若者の銀八は、晋助の言葉で現実に引き戻される。

『誕生日プレゼントに買ってもらったんだ』

「ふーん…」

小学生の息子の誕生日にスマホとは、さすが高杉家。

「……あれ、誕生日…?」

慌てて買ったジャンプの裏表紙で日付を確認する。

ここのところ休みが続いていたので日付感覚がなくなっていたのだ。

8月9日。

「あれ、明日であってるよな?」

『ん、おう。』

「遊びに行っていい?」

『っ、来てくれんのか!?』

「夏休みだし、サークルもないからな。」

『じゃあ明日来いよ!絶対だかんな!』

嬉しそうな声が聞こえると、電話がきれた。

「さてと、家に帰って銀さん特製ケーキでも作りますか。」

ちろりと下唇を舐め、材料を買いそろえるためにコンビニを後にした。


〜〜〜〜〜


(37)スマホ

「晋助様、銀八様がいらっしゃいましたよ」

「来たか!すぐに行くっ」

使用人の声を聞き、晋助は急いで部屋から出た。

「銀八!」

「よー、晋助。誕生日おめでと」

相変わらず銀八になついている晋助は、銀八のそばに駆け寄った。

「ん、晋助ちょっと大きくなったんじゃね?」

「そうか?」

晋助の頭を撫でてから、晋助に手を引かれて彼の部屋に入る。

「今年も晋助の母ちゃんいねーのか?」

「うん。何処で何してんのかも知らね…そんなことよりさ!」

晋助は落ち着かないようにスマホを取り出して銀八に見せつけてくる。

「おー、ほんとだ」

「でなでな、これを」

「うんうん」

久しぶりに銀八に会えたからかそれともスマホにはしゃいでいるのか、とにかくテンションが高い晋助は話す。

「それで、こっちが…」

「うん」

スマホについて語られること、一時間。

最初はそれなりに楽しんで聞いていたのだが、途中から飽きてきた。

こんな子供からよくこんな機械の自慢がそんなにできるな、と銀八は変に感心していた。

「賢いだろスマホ!」

「そうだね」

((たった1日でそこまで使いこなすお前が賢いわ。))

銀八はふと思う。

((これ、語れる相手なら俺じゃなくても良かったんじゃねーの…?))

そう思った瞬間、凄く嫌な感じが胸に広がった。

話が一段落ついたのか、ふぅと息を吐いてベッドに晋助は横たわった。

「満足か?」

そう訊ねる銀八に目をやった瞬間、晋助は悪寒がした。

銀八の口元は笑っているが、目が笑ってない笑顔。

銀八が不機嫌の証拠だ。

「……銀八…?」

「なに?晋ちゃん」

「………っ」

怒ってる。

そう思った晋助は起き上がり、銀八に近寄る。

「ごめん…」

晋助が謝るのを聞き、銀八は自分が不機嫌なのを隠しきれていなかったと気づく。

慌てて笑顔を取り繕い、

「何で、晋助は悪くないだろ」

弁解するが晋助の目には涙がたまっている。

「泣き虫だなぁ」

「銀八…怒ってる?」

「怒ってないよ。おいで」

腕を広げる銀八の首に甘えるように腕を回した。

普通の晋助なら他人にこんなことはしないが、銀八は別。

「銀八」

「何?」

「ごめんなさい」

優しく笑っているのに、晋助はぎゅうと銀八に更に強くしがみつく。

「だからぁ怒ってないから」

「銀八がいると安心して、俺の話ばっかしちゃうんだ」

そう申し訳なさそうな晋助の背中を撫でて銀八は思う。

((そうだよな、晋助はまだ子供なんだから…俺の方が変なんだな…なのにコイツは何でこんなに察しがいいんだコノヤロー))

「うん、大丈夫だから」

「ごめ………」

「怒ってないよ、晋助」

晋助をはがしてその涙を拭いてやる。

「誕生日なのに泣かしてごめんな」

「ううん」

「ケーキ食おうぜ?」

「うん……」

銀八の甘い物好きの影響を受けて、甘い物は結構得意な晋助。


お手製のチョコケーキに、買っておいた蝋燭を立てて火をつけた。

「そんな…ガキじゃないんだし…」

照れる晋助を見て、思わず銀八は笑う。

「まぁまぁいいじゃないの。」

恥ずかしがりながらも息を吐いて火を消す晋助に、銀八は呟いた。

「12歳、おめでと晋助

生まれてきてくれてありがと」


〜〜〜〜〜


(38)お年玉

季節はめぐり、冬。

ある日の昼、晋助は隣の銀八の家にお邪魔して、炬燵で本を読んでいた。

銀八も一昨日からこちらに帰ってきていて、まだ寝ている。

「んぁ……?あ、晋助おはよー」

「おはよ、銀八」

「明けましておめでとう」

そして今日は1月1日。

「おめでとう。年明けから寝坊助だな」

「るせぇぞ、銀さん疲れてんだよ」

そういいながら晋助に近寄り、半纏のポケットから小さな紙袋を取り出す。

「?」

「お年玉」

晋助は目を丸くした。

「え、銀八が…俺に?」

「悪ィか」

銀八はそのリアクションに不服そうな表情を浮かべて、晋助の頬をつねる。

「いててて」

「これでもほら、大学生になったし?ある意味社会人っぽくね?とか思ったから渡してみたんだけどいらねーならいいや」

「まっへ、もらうはらへはらへ!(待て、貰うから手離せ!)」

照れ臭そうな銀八が手を離すと、晋助は頬を数度さすり、逆の手で紙袋を受け取った。

「あ、りがと…///」

見るからに嬉しそうだ。

「うん//」

そんな晋助に思わず銀八もかわいいな、と思ってしまう。

「あとお年玉渡すのは普通は成人越えてからだぞ」

「うっせーわ!ちょっといいお兄さんぶってみたかったんだよ!」

クスクス笑いながらそれを大事そうにポケットにしまう晋助を眺め、銀八はふと訊いた。

「晋助はいつもいくらくらい貰うんだ?」

「ん?お母さんから二万、お父さんから三万、あとお祖父様達から五万があってあとは……合わせて二十万くらいかな…?」

「………………」

((あん中三千円しか入ってないんだけど…怒られないかな……))

銀八はげんなりした。


〜〜〜〜〜


(39)一ヶ月

「まだ帰ってきて4日しかたってないんだぞ?もう行くのか?」

2日、門松が飾ってある坂田家の玄関先に立つ銀八。

の裾にすがりついてひき止める晋助。

「そんなに必死になっちゃってー、なぁに晋ちゃん寂しいの?」

そんな晋助を、銀八はあしらう。

「べ、別に寂しくなんかねーし!」

((ツンデレ…?))

「ただ、もうちょっとゆっくりしてった方が銀八的に楽だろうと思って、その…とにかく俺は寂しくなんかねぇから!」

((ツ、ツンデレだ!うわぁ可愛いな、いつの間にこんなスキルを…!))

もじもじする晋助を見下ろして銀八はとんでもないことを考えていたが、
心が読めるわけでない晋助はそんなのお構いなしだ。

「銀八?」

「あ、俺もそうしたいんだけどね?…ちょっとこれから大学の用事があるんだよ」

「用事?」

銀八は言いにくそうに口ごもってから、小さな声で答えた。

「1ヶ月、海外に出ねーといけねぇんだ」


晋助は1ヶ月という単語にぴくりと反応した。

中学受験は一月中旬から二月上旬がメインだ。

「うん、晋助の受験の時期とかぶっちまう」

「…そっか…」

「……ごめんな…」

晋助は少しうつ向きかけていたが、ぱっと顔を上げて笑った。

「俺は大丈夫だ、絶対合格してやる!」

「おう、その意気でな」

頑張れ、と言うように銀八はとんとんと晋助の背中を叩いた。

「いってらっしゃい、気をつけてな!」

家から出る銀八の背中を見送って、晋助ははぁと白い息をはいた。

この後、晋助の身に悲劇が続いて降り注ぐことなど、銀八にはわかるはずなかった。

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