【7】

(31)手伝い

「銀八、これはどこだ?」

「あーそれ重いでしょ、俺も一緒に持つぜ」

三月も終わりに近づき、新しく銀八が住むことにしたアパートに晋助は遊びに行っていた。

そして銀八の荷物整理の手伝いをしていた。

「……っっ重てっ…」

「ありがとさんっと」

段ボールをフローリングに二人で下ろし、

「昼飯食いがてら休憩しよっか」

銀八は晋助の頭を軍手をはずしてから撫で笑った。

「おう」

「じゃあ何食う?」

「何でもいい。あ、ピーマン入れんなよ」

「好き嫌いしちゃいけませんっていつも言ってるでしょーがこの子は!」

「誰だよ」

ベッドに腰かけ、けらけらと笑う晋助をちらりと見てからキッチンへ向かった。

調理器具の少ないそこで、銀八は一人言を呟きながらピーマンを睨む。

「ピーマン刻めば食わねーかな…それともアレか、いっそ食わねーとデザートやらねぇぞ的な…」

結局ピーマンはいらない炒飯と晋助の好きな銀八特製の寒天ゼリーを盆に乗せて部屋に戻った。

「晋助ー、飯だぞー」

返事は返ってこない。

「…晋助……?」

部屋を覗きこむと、銀八のベッドに横たわり小さな寝息をたてていた。

可愛らしい無邪気な寝顔。

「…寝てんのか?」

そういえば塾の春期講習で忙しいって愚痴ってたっけ。
そんな忙しい中来てくれたんだな。

眠る晋助の隣に座り、頬をつついてみたり髪をすいてみたり、晋助が起きない程度に遊んだ。

気がすんだ頃に晋助に声をかける。

「晋助、飯」

「んぅ?…んー…」

気だるげに目を開いて起き上がり、目をこする。

その後は何事もないように食事をした。

「銀八、なんか飯冷めてる」

「気のせい気のせい」

「飯出来てから何かしてたのか?」

「べ、別になんもー?」

((…怪し……))


〜〜〜〜〜


(32)『会いたい』

銀八はついに大学に通い始めた。

知り合いがいない入学式では、いつも通り銀髪と紅い目に周りの人間からいやな視線を浴びせられたが、もう慣れっこだ。

(坂本はバイト先の初恋の相手と同じ大学に通っている)

カフェのバイトと大学の授業と、サークルの見学とを同時進行するのをそれなりに楽しんでいた。

無論、晋助と会う時間はほとんどないに等しい。

小6になった晋助は、中学受験の年だと塾で活を入れられ、それなりに頑張っている。

たまに銀八が晋助の家に足を運ぶが、それ以外は電話かメールでのやり取り。

二人とも会いたいことは確か。

『銀八』

「ん?」

『また会いたいな』

「……そーだな」

『また遊びに来いよ』

「おう」

『絶対だぞ!』

「勿論」

遠恋の恋人のような、そんなやり取りは日常茶飯事になっていた。


〜〜〜〜〜


(33)鈴

ふと、寂しくなったとき。

落ち込むことがあったとき。

嬉しいことがあったとき。

晋助は、いつも銀八の家に足を運ぶか糸電話を手に取っていた。

糸を揺らせば、隣の家の銀髪の大切なその人のもとで鈴が鳴る。

するとその人は晋助に優しい声色で『どうしたの』と問いかけてくれた。


晋助の家の家庭事情は複雑で、父親は別の場所に住んでおり、一緒に住んでいる母親はろくに晋助の面倒をみなかった。

ほとんどほったらかしで、晋助がここまでまともに育ってきたのは使用人達と銀八の母親と銀八の影響が大きい。

勿論、そんな晋助の母は晋助の授業参観になんて行きやしない。

行かないどころが、晋助とめったに顔をあわせないのでその連絡さえ行き届かない。

代わりにいくのはいつも使用人か銀八。

そして、また晋助の元には『授業参観のお知らせ』というわら半紙の手紙が届いてしまった。

せっかく小学校最後だし、と思って晋助は母親の帰る時間を見計らい、母親に言ったのだ。

「お母さん、お帰りなさい」

「晋助?何か用?」

「はい、えっと…その…」

「今日も疲れてるの。用事なら手短に」

冷たい母に急かされ、晋助は慌て口ごもる。

「はい。……じ、…」

「……?」

「…授業参観、が、あるんです…」

言った。

初めてそんなことを言えた、と晋助は心の中で喜び、自分を励ます。

「……ふぅん…それで?」

あとは来てほしいと誘えばいい。

「その、小学校最後だし…せっかくだから…お時間があれば───
「晋助」

晋助は名前を呼ばれ、言葉を遮られる。

「……はい」

ずっと伏せていた顔をあげると、自分と同じ緑色の切れ長の瞳が冷たく冷たく晋助を見下ろしていた。

「用はそれだけ?」

「…そう、です…。」

はぁ、とため息をつくと肩に纏っていた華やかなショールを少し整え、

「そんな下らないことで時間を取らせないで頂戴。」

晋助にそう言い放った。

「…すいません」

「そんなことを言ってる間に勉強の一つでもなさい。この間の塾の試験、3位なんてとって私に恥をかかせるつもり?」

「…ごめんなさい」

「わかったら部屋にお戻りなさい」

「はい」

晋助の母親は、高いヒールをかつかつ鳴らし部屋に戻っていってしまう。

彼女の身の回りの世話をしているメイド達は、申し訳なさそうな視線を晋助に送ってからその後を歩いていく。

晋助は泣きそうになった。

結果なんて見えていたが、だからといってもあんなのない。

成績の話なんて何で持ち出してくるんだ。


「…銀八ぃ……」

銀八は、3位であんなに誉めてくれたのに。

『3位ィ!?マジかよ、うはぁ……すげーな、さすが晋助だな…頭いい奴等ばっかの中でんな高い順位なんて俺には絶対無理だ…頑張ったなぁ』

「銀八」

二つのうち一つの紙コップを手に取ったが、一つの鈴の音が部屋に響くだけ。

もう一つの鈴は、銀八に晋助が銀八にあげて今は銀八の部屋の鍵についている。

「銀八……」


遠い。


こんなとき、一番近くで泣いてる俺の話を聞いてくれたのは、慰めてくれたのは。

「銀八なのに」


自分がどれだけ彼に甘えていたのか、初めて気づいてしまった。


部屋の隅で、晋助は泣き崩れた。

嗚咽と共に握りしめた鈴が震え、チリン、と悲しい音をこぼしていた。


〜〜〜〜〜


(34)そろばん

「晋助さ、これいる?」

久々に来た銀八の家で、晋助はベッドに横たわり漫画を読んでいた。

この間あった悲しい事は、自分で堪えることにしてみた。

晋助はもう甘えられない年なんだ、と自覚したから。



その晋助の枕になっていたのは銀八の膝だったのだが、銀八はどこからか茶色い革製の細長いケースを取り出した。

「…どっから取り出したんだ、それ?」

「ふっ、銀さんには四次元ポケッ
「中身は?何だ?」

「…晋ちゃん冷たい子になっちゃって…」

悲しそうに呟く銀八を無視して起き上がり、そのケースを受けとる。

そして晋助はそれを開いた。

「…そろばん…?」

ケースには、少し古びた算盤が入っていた。

「この間片付けしたときに見っけたからよ。でも最近の子は算盤とか使わねーかなぁ…」

「もらう」

「え」

晋助は算盤をケースごと自分のバッグに入れる。

「銀八から物貰うのなんて滅多にないしな」

くるりと振り向いて少し嬉しそうに笑う。

「いやぁ…物貰うっつっても算盤だし。俺の中古だし…」

「いーんだよ」

機嫌良くまた漫画に手を伸ばし、銀八の膝に頭を預けて続きを読み始めた。

((あんなでいいのか…?でもま、喜んでくれてるしいっか…つか今の笑い顔可愛かったなぁ、写真とりゃ良かった))

((松陽先生がそろばん塾やりたいって言ってたし、そんときのためにな))


〜〜〜〜〜


(35)カフェにて


某高校の近くのとある喫茶店。

いつも通り、銀八は授業がない時にシフトを入れて働いていた。

カラン、と店のドアが開く音が耳に入り、銀八は振り向いた。

「いらっしゃ─…」

その先にいたのは。

「あっはっはぁ、久しいのう銀八ぃ〜」

「銀八っ!」

あり得ない組み合わせ。
坂本と晋助が立っていた。

わけもなくあっはっはと笑う坂本に比べ、晋助は慣れない店内におどおどしている。

「…ちょ、たつま…っつか、えっ…しん……辰馬てめぇ」

「ほれ何をしちゅう、わしらは客じゃ、早く─」

みしり、と坂本の頭をわしづかみ力を込める銀八に、坂本は言葉を遮られる。

「なーんでここにいるんだァ?お客様?えぇ?」

「つれんのう…せっかく親友が遊びに来てやったんじゃ、それも」

「うっせーよ誘拐犯!誘拐したんだろ、晋助見てみろ!目バタフライしてんぞ!」

目を游がせていた晋助を指差し銀八はキレ気味に言う。

「あのなー、こいつお坊っちゃまなの。お家がそういうの細かいの、わかる?」

「わしじゃってボンボンじゃったが、誘拐されても迷子になってもげんこつ一つですんだきに」

「自分でボンボンとか認めんじゃねェェ!おめーみてェのとは違ェんだよ、病弱で繊細なの!」

「銀八、怒りすぎだ」

「だって晋助このバカに強制連行されてきたんだろ!?」

「え、ちげーよ?」

「そげなことしちょらんぜよ」

「…えっ」

坂本に拉致されたと思い込んでいた銀八。

「この店探しちょったこの子にばったり会ったきに、優しいわしゃあ連れてきてやったがよ」

「晋助が?ここに?」

坂本の影に隠れたままの晋助はこくりと頷く。

「ふーん…ちゃんと家に言ってから来たか?」

「いや、塾の帰りに寄り道…」

「ちゃんと連絡しなきゃだめだろーが!」

そう言いため息をついて頭を抱えるが、銀八はさほど悪い気はしなかった。

むしろ向こうから来てくれたことに嬉しいと感じたほど。

「まぁ、ほら、その…来ちゃったもんはしょーがねーし?家には俺が連絡しとくからよ」

「おう」

「あっはっはおまんは晋にゃあ甘いのー」

「誰がこいつを晋と呼んでいいっつった」

「男の嫉妬は醜いぜよー」

「……なんかもう疲れたわ…電話してくる」

嬉しさを隠すように銀髪をかく銀八を見て、
席に座った晋助は思わず頬をゆるめた。

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