【6】

(26)決心

また冬になり、銀八は大学受験の時期になった。

晋助も塾のテストが増えてきて一緒に勉強した。


見事銀八は合格。


そして銀八は決心した。

「晋助」

突然晋助を銀八の家に呼んで、銀八は晋助に言った。

「大切な話、っつーかまぁ…話したいことがあるんだ」

親にも友達にも塾や学校の教師にも話し、決定したこと。

だが一番近くにいて大切な幼なじみにはなかなか言えず、やっと切り出す決心ができた。

「うん?」

銀八の珍しく真面目すぎる固い表情に、晋助は不安な気持ちで満たされる。


「俺、この家出るんだ。」

「……えっ……」

晋助はかたまった。

「家出、か?おばさんと喧嘩でも…
「違うから。」


銀八は一つ息をついてから、詳しく話をする。

「俺が受かった大学、ここから結構遠くて時間かかるんだ。それと大学生にもなればやっぱり独り立ちするべきだって話になって」

晋助にとって大事なのは、つまり。

「もう一緒にいられないのか…?」

「っっ…!」

銀八にすぐに会えない。

隣の家に行っても居ない。

糸電話で話ができない。

いざというとき、そばにいることがいてもらうことができない。

そう思うだけで、

「っ、うっ……」

「…晋助泣きそ…ごめんな」

嫌だ。

嫌だ。

行かないで。

「銀八っ……」

でもわがままは言えないと、本音をぐっと飲み込む。

「っごめ、銀八……」

「晋助っ…」

晋助はくるりと銀八に背を向けて、その場を離れた。

家に帰ればきっと銀八が来てしまう。

そう考えた晋助はそのまま公園に足を進めた。

雨の中、傘もささずに。

「晋助おめェどこにっ…」

慌てて銀八はその後を追いかける。

雨に濡れて追いかけっこする白髪の男子高校生と黒髪の男子小学生。

近所の人々の彼らへの目線は雨以上に冷やかだったが、二人はそんなことに構ってられなかった。


〜〜〜〜〜


(27)雨の中

晋助は冷たい雨の中を走る。

二月の終わりはまだ寒く、冷たい空気が鼻にツンとする。

冷たい雫に混じった、生ぬるい涙を拭ってひた走って。

が、途中であえなく銀八につかまってしまった。

「捕まえたぁ…!」

「!!」

雨の日の公園は人通りはほとんどなく、びしょ濡れになった銀八が同じくびしょ濡れの晋助を抱え込む姿だけがそこにあった。

「やっ、銀八、はなせっ…」

「だーめ、離さない」

離さない、と言うのなら。

「…じゃあ、離れるなっ……」

「……え…?」

「離れるなっ!!どこにも行くな、遠くに…い、……」


行かないで。


そう言うのはだめだと思っていたのに。

途中で気づいた晋助はハッと息をのみ口元をふさいだ。

「…晋助……」

そう言われるだろうとは思っていた銀八。

だが、やめるつもりは毛頭なかった。


晋助はこれから中学生になり、色んなことを知るだろう。

たくさん友達ができて、先輩や後輩を持って、そして恋をする。

そうすれば銀八はきっと晋助の相談役になる。

それに、耐えることができるだろうか?

きっと独占欲の強い銀八はいつか限界が来て晋助を何らかの形で束縛して壊してしまう。

そうならないようにするための対処法など一つ。

晋助と距離を置くこと
、以外にない。

振り返らないようにもうアパートも借りて、大学でもそう申請した。

「っ晋助、ごめん晋助……」

「やだっ、銀八ぃ…銀八いっ…!」

晋助は銀八にすがるように泣く。

5年生になっても、まだまだ泣き虫な大切な幼なじみ。

「もう、決めたことなんだ…」

「ぅっ、う…ぁあぁぁあああ…」

晋助の肩をぎゅっと抱く。
すると晋助は堪えきれないと言わんばかりに声をあげて泣き出した。

「ごめんね、ごめん…」

でも、これは。

晋助を大事にしたい俺の心からの決断なんだ。

その言葉は隠して、ただひたすらに晋助を抱きしめた。

「晋助、そろそろ帰ろう…」

そっと晋助を抱き上げて、銀八は囁く。

「離れてたって大切なのはかわんねぇよ、晋助」

それは泣きじゃくる晋助の耳に届いたのか、届かなかったのか。


〜〜〜〜〜


(28)風邪

大雨に濡れた晋助と銀八は見事に二人そろって風邪をひいた。

銀八は鼻風邪程度ですんだが、晋助は生憎持病の喘息も出て重症。

家で絶え間なく咳き込んでいた。

銀八は風邪が二日もしないで治ったのでバイトがない日は晋助の見舞いばかり行っていた。

それは、あと少しの間しか一緒にいられない愛しい幼なじみへのせめてもの愛情でもあったのだが。

「ごほっ、ごほげほっ、うっ…ぅえっ……」

「晋助大丈夫か?ほら、薬」

晋助は銀八に差し出された薬をまとめて口に放り込み、食道へそれらと水を流し込む。

「何か食えそうか?……ムリか」

「いら、ない」

「だよなぁ」

ふかふかの高そうなベッドにぐったりと身を預ける晋助。

その額に手を当てると嫌な熱が掌に伝わってくる。

「…ごほっ、ぎん…ぱ、ち…」

「どした?」

晋助の額に当てた右手が弱々しくも晋助につかまれた。

「…いつ、なんだ…?」

「はっ?」

「銀八が、独り立ちするの…」

「……え、」

心なしか銀八の姿をとらえた虚ろな緑色の瞳が潤んでいるように見えた。

「えと、三月の終わりまでには…」

晋助の部屋には二月のカレンダーがかかっている。
ちょうど1ヶ月ほど。

「…そっか…げほごほっ」

「うん……」

「大変だな…」

「おう」

「掃除できんのか…?」

「必要最低限掃除はする」

「不安だなぁ…こほっ、掃除は俺が手伝いに行ってやるよ」

「ありがとよ」

「銀八、」

「もう喋んないでいいぜ?咳辛ぇだろ」

晋助は小さくへいき、と呟いて言葉を続ける。

「洗濯もちゃんとするんだぞ」

「わかってるって」

「ほっとくと時々三日くらい同じ服着るからな銀八は」

「ちょっ、何で知ってっ」
「あの水色のぐるぐるした柄のパーカーなんか奇跡の二週間だし」

「お、おおんなじのをな何枚も持ってるんですぅ〜」

おどけたような銀八に晋助は面白そうに笑う。

が、すぐに寂しげな顔をした。

「…ほんとに行っちゃうんだな…」

顔をくしゃりと歪めて、今にも泣き出しそうだ。

「……ああ」

晋助の頭をいたわるようにそっと撫でてから、銀八はその頬に触れた。
熱に火照らされた頬。

「ぎんぱち」

甘えるように呟き、頬を撫でる銀八の指をつかんだ。

そのままとろとろと眠りに落ちる晋助。

その頬に一筋涙が伝ったのを、銀八は見て見ぬふりをした。


〜〜〜〜〜


(29)卒業の日

晋助の風邪が治り、銀八は卒業式を迎えた。

打ち上げに同級生達とカラオケへ行く道中。

「辰馬今日バイトじゃなかったのかよ?」

「わしゃあ今日は卒業祝いっちゅうことでサボらせてもらうきに!」

「おめーちゃんと出ろよ…」

「あっはっはっは、そげに小さきことばかり気にしちょったら大きいことは成せんぜよ!」

「逆だろ。」

坂本とそんな話をしていると、晋助を見かけた。

「!晋助っ!」

今日は小学校も卒業式だったようで、在校生は半日しか学校に出なかった。

「銀八!」

「おっ、この子が噂の晋助くんかや?」

自分を知っているような口振りの坂本を見上げ、晋助は首をかしげた。

「そ。晋助、このもじゃもじゃは俺の友達の坂本辰馬。ほら、よく話すだろ?」

「ああ!ボンボンでバカでKYで女のケツばっか追っかけてるもじゃもじゃ毛玉の。」

「あっはっはっは、泣いていい?」

坂本の悪口をさんざん吹き込んでいた銀八は目をそらし口笛を吹く。

晋助は何かを隠すように手を後ろにまわしている。

「晋助?どーかしたか?」

「えっ、いや…」

「高杉ぃ!見つけたぞ、何を寄り道しておるのだ!」

晋助がそわそわとしていると、その晋助を呼ぶ時代がかった喋り方の子供の声。

晋助と一緒に帰っていたのだろう、長い黒髪を女子のように一つに結わいた桂が現れた。

「「ヅラ…」」

銀八と晋助の声が重なる。

銀八は何度か晋助を経由して桂とあったことがあるのだ。

「ヅラじゃない桂だ!」

「相変わらずなげー髪だな、切れよ。」

「長くて困ることもあるまい、これで良いのだ。それに侍は髷を結うからな、多少長くなければ」

「晋助、こいつ侍なの?こいつが髷ゆってんの見たことあんの?」

「ない」

「そっちの子は晋助のお友達かや!」

「そーだ、俺の友達のヅラ。」

「ヅラくんか。若いんにヅラとは大変じゃのう、よろしく。」

「ヅラじゃない地毛だ!…いやヅラじゃない桂…」

その4人は初めて路上で出くわした。

そしてこの後いやと言うほどこの4人で顔を合わせることになるとは、誰一人知らなかった。

「坂田ー坂本ー何してんだー?早くしねーと置いてくぞー!」

前を歩く友達に、銀八と坂本は声をかけられる。

「おう、すぐ行くぜよ!」

「後でな、晋助。」

「あっ……う、うん…。」

「では俺達もゆくぞ。」

その場は解散した。

ふと銀八は最後に思う。

((そういや晋助、何隠し持ってたんだ…?))


〜〜〜〜〜


(30)桜

新しい住まいにいくらか荷物が移動されて、だいぶ広くなってしまった銀八の部屋。

残るものはベッドと机、制服や学生鞄と衣類の詰まった段ボールくらいのものだ。

そのベッドに横たわり雑誌を読んでいた銀八。

「銀八ー、晋ちゃん来たわよー」

「えっ、あぁ…わかったー」

一階から聞こえた母親の声に返事をし、雑誌を枕元に置いた。

「銀八」

部屋に入ってきた晋助は、部屋の寂しさに驚いたような顔をする。

「よ、遊びに来たの?」

「……」

晋助は物言いたげに銀八に歩み寄り、背中に隠し持っていた物をつきつけるように差し出した。

「え」

晋助の手に握られていたのは、淡い色の花がついた桜の枝。

「桜……?」

「小学校の桜の枝…」

銀八がその花に見とれていると、晋助ははにかんで言った。

「銀八、卒業おめでと」


これで離れ離れ。

祝いであり、その餞別でもあった。

「…ありがとう、晋助」

「うん」

「ありがとうな」

お礼のかわりに晋助をぎゅうと抱きしめた。

「頑張れよ」

「んな一生の別れじゃねーんだからさ……」

そしてそっと髪を掬う。

晋助の紫色の糸のように細い髪に、銀八は気づかれないように唇を落とした。

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