【5】
(20)バイト
「それでのう、失敗すると毎度毎度鳩尾に拳ば食らわされるんじゃが─…」
銀八は教室で、楽しそうに話をする坂本と昼食をとっていた。
つい最近銀八と坂本が行った服屋に、坂本の知り合いの女がいたのが始まり。
その知り合いとは、坂本と同じ高知の出身でこちらに越してきたばかりの元坂本の同級生。
小学校が一緒のその女子に坂本は恋心を抱いていたらしく、『運命じゃあ!』と叫びすぐにそこでバイトを始めた。
実際のところ坂本は実家が金持ちなのでバイトなどする必要もないのだが。
「おめーいつもその“運命の女”に結局ぼこぼこにされてんじゃねーか」
「いやぁ陸奥はツンデレじゃ!愛情の裏返─
「辰馬ァそのクリームパンよこせ」
「なんじゃあ妬ましいんかや?」
「別にィ、俺Mじゃねーし。お前のノロケは聞き飽きたんだっての」
坂本のクリームパンにかじりつきながら銀八は不機嫌そうに言う。
「そう言うおまんはバイトしないんかや?」
「俺?」
今は特に金に困っているわけでもない。
「でもまぁ、社会勉強くらいにはなるか。」
銀魂高校のすぐ近くに小さな喫茶店がある。
甘い者好きの銀八はすっかりそこの常連で、顔や名前どころが性格や食べ物の好みまで知られていた。
銀八の方もその店の店員等について詳しく知っていたし、時には新作スイーツにアドバイスしたりしていた。
そこに早速頼んでみると、あっさり許可を得ることができ、時間も時給も仕事量も程よい仕事が見つかったと銀八は喜んだ。
「俺バイト始めたんだ」
「ふーん…菓子屋さんとか喫茶店とかか?」
「ぶっっ!?な、何でわかったの」
当然のように聞き返した晋助に、銀八は飲んでいたイチゴ牛乳をふいた。
「だって銀八のことだし…なぁ?」
自慢げに笑う晋助を見て、
((こいつに隠し事するのはキツそうだな))
なんて考える銀八であった。
〜〜〜〜〜
(21)剣道
銀八は、小学生の時は松陽先生の個人指導で、中学の始めから高3まではずっと剣道部で剣道を続けていた。
その強さは異例で、廃れた銀魂高校の剣道部を関東大会まで引っ張ったのは銀八の存在だと言っても過言はない。
その銀八が。
「俺さー、剣道部やめるわ。」
引退試合を目前に、後輩達に言った。
「何でですか!?」
「もうすぐに引退試合じゃないですかっ!」
「ここで諦めるなんて男じゃないです!」
「諦めないで下さい坂田先輩!」
「先輩!」
「天パ!」
「天パっつったのどいつだ前出ろオラァ!」
後輩に色々言われたが、バイトが忙しくて晋助に会う時間が減ってしまっていたのでそう決めたのだ。
「俺がいなくてももう平気だ。お前らならやれると信じてる!ゆーきゃんどぅいっつ、じゃすとどぅーいっつ!っつーことでバイト行ってくるわ」
最後に後輩にそう残し、銀八は見事(?)退部した。
一方その頃、銀八の剣道に憧れた晋助は剣道教室に通っていた。
もとよりの才能と銀八の観察、そして松陽先生の指導を桂と二人頼み込み練習を続けていた晋助は、この時点ですでに地区大会の小学生の部で準優勝していた。
その成長っぷりは銀八のそれに近いものがあり、周りの人間から『坂田銀八二世』と呼ばれることもある。
「まー晋助の方が頑張って練習してるよね」
「坂田くん独り言いってないで早く六番テーブル行って!」
「……すんませ〜ん…」
〜〜〜〜〜
(22)泊まり
「明日はヅラん家に泊まりに行くんだ」
ぴたり。
晋助の言葉に、銀八の動きが止まった。
もう夏休みで、銀八は大学の受験勉強と塾におわれていた。
一方晋助も塾の夏期講習と夏休みの宿題で結構忙しかったりするのだが、二人でどちらかの家(基本的に晋助の家)で一緒に勉強していたのでそこそこにはかどっていた。
疲れて二人で休みがてらアイスを食べていると、ふと晋助が思い出したようにそう言ったのだ。
「泊まり…?」
「おう。だから明日と明後日は会えない」
銀八は胸の奥にまたわいた感情をおさえる。
「そ、か…楽しんでこいよ」
「ん!」
楽しそうな晋助をそっと撫で、ぎゅっと奥歯を噛み締めた。
また嫉妬、なんて。
((晋助からすれば俺はただの隣のお兄ちゃん、なのにな…))
何事もないようにカップアイスにスプーンを突き立てながら、微かに銀八は自嘲気味に笑った。
晋助がその笑みを見たことにも気づかずに。
〜〜〜〜〜
(23)バレバレ
くるくるとシャーペンを回しながら参考書とにらめっこしている銀八の視界の隅に、キャリーケースを引きずりながら家を出る晋助が見えた。
銀八は二階にある自室の窓からぼんやりと小さな背中を眺めていると、それに気づいた晋助が銀八を振り返り楽しそうに手を振ってくる。
何とも言えない表情のまま、銀八も手を振り返した。
なんとか悟られまいとする銀八だが、晋助は今となってはもう気づいていた。
晋助が友達や外の人の自慢話をする度、銀八の笑顔が悲しそうに歪むのを。
それが、銀八が自分を好いている結果だと言うのも。
ただその『好き』は恋愛感情であることには気づいていないが。
「銀八は馬鹿だなぁ」
晋助はそれを嬉しいとさえ感じているのに、必死に隠そうとして。
「バレバレなのに」
晋助は暑い日の下を歩きながら、ぽつりぽつりと呟いた。
「一回くらい引き留めていいのに」
((おれはもし銀八が引き留めるなら、行かないであげるのに。))
もう一度振り返ると、うつむきながらむしゃくしゃしたように銀髪を掻きむしる幼なじみの姿が窓越しに見えた。
〜〜〜〜〜
(24)抱擁
蕎麦とマ○オカート三昧だった二日間を経て帰ってきた晋助は、銀八の抱擁によって出迎えられた。
「…暑ぃ…」
「晋助おかえりっ!」
「…ただいま」
「銀さん寂しかったよ」
「…へー…」
「晋ちゃんアイス食う?うちにガリガリ君あるよ」
「食べる!」
やる気がなかった返事がアイスにだけちゃんと反応する。
晋助のキャリーケースだけは使用人に預け、銀八は晋助を抱きしめた状態でそのまま持ち上げ抱っこした。
「んなっ!?え、ちょっ銀八!?」
「コラコラ晋助暴れない」
慌てて抜けようと晋助はもがくが、満更でもないことを銀八は知っている。
晋助にとって、銀八の腕と包容力はいつだって落ち着くものなのだ。
「楽しかった?」
「お、う///」
家に入っても恥ずかしそうな晋助を、エアコンで冷えたフローリングの床にそっと降ろしてやる。
すると晋助は物足りなげな顔をしながら銀八にもらったアイスのビニール袋を弄ぶ。
友達の家に遊びに行って晋助は楽しかっただろうが、銀八はまた不機嫌になってしまうだろうと思いそれ以上は何も語らなかった。
「アイスってなんで冷たいんだろうな?」
「!?どーしたの晋助?頭熱にやられたか?」
「歯にしみるだけだ」
「…アイスだからじゃね?」
またいつも通りくだらない会話をした。
〜〜〜〜〜
(25)怖い夢
夜の2時、草木も眠る丑三つ時。
銀八はベッドで深い眠りについていた。
ふと銀八はどこかから鈴の音がするのを聞いた。
チリンチリン、と眠い銀八には耳障り。
1分もするとその音が止んだが、銀八は目が覚めてしまった。
眠いながらもぼんやり呟く。
「…ったく、なんだよこんな時間に誰が…」
そこまで言いかけて、ハッとした。
((なんでこんな時間に鈴の音がすんの…?))
銀八は男のくせに極度の怖がりで、お化けや幽霊といった類いが大の苦手だ。
原因不明の鈴の音に、銀八はすっかり起きてしまった。
頭を抱えて、とりあえず電気をつけようか、でもそれで何かがはっきり見えたら嫌だしなぁと一人で悩んでいると。
『ヴー ヴー ヴー』
「うぉぉぉおぉぉお!」
銀八は、自分の携帯のマナーモードに過剰反応した。
が、音の正体がわかると息をつき手にとる。
『高杉晋助』
表示された字を見て呟いた。
「晋助、が…?」
使用人に隠れてこっそり家の固定電話を使っているのだろう。
こんな時間に?
違和感を覚えながら通話ボタンを押した。
「もしもし…?」
『…銀八…?』
「晋助、どうしたの?」
『糸電話、出なかったから携帯に……』
さっきの鈴の音は晋助が糸電話を鳴らした音だったのか。
安堵する銀八をよそに、晋助は震えた声で続ける。
『寝てたよな?ごめん……』
「それはいいけどよ、本当にどうした?」
『…………』
かすかな間の後、晋助はぽつりと言った。
『怖い夢見た』
「……え…」
その後も震えた晋助の声は語る。
『俺はなぜか銀八と同い年で大人で、俺と銀八は何でかわかんないけど着物着てて、火があがってるビルの屋上にいるんだ』
「……うん…?」
『俺も銀八も刀を持っててな、俺達は………』
「うん」
銀八も過去に見たことのある怖い夢を思い出していた。
晋助がちょうど越してきた頃だろうか。
火の海と化したビルの屋上で、着物に身をつつみ、包帯で左目を隠した大人の晋助と、
『殺しあったんだ』
殺しあった夢。
「…………晋助っ」
『すげーリアルで、怖かったんだ…銀八ぃっ…っう、っ…』
電話口で嗚咽が聞こえる。
「晋助、ベランダの窓開けて」
『ほぇ……?』
晋助の家のベランダの一つは晋助の部屋に設置されていて、銀八の部屋の窓の真正面になる。
ベランダと銀八の家の壁の距離はほんのわずかで、移動は可能。
晋助が電話を切って窓を開くと、銀八も窓を開けた。
「晋助、こっちおいで」
銀八はそう言いながらパジャマ姿に涙目の晋助の脇に手を滑り込ませて、銀八の部屋に引き込んだ。
「うわっ」
と、そのままぎゅうと苦しいほどに抱きしめる。
「晋助、大丈夫だから。」
「銀八………」
「俺は、絶対晋助に刀なんか向けない。殺したりしない。離れたりしない。」
「っひぐ、うぇぇっ…」
あやすようにトントンと晋助の背中を叩いてやる。
すると晋助は安心したように声をあげて泣き出した。
少し泣き止んできた頃、銀八は晋助の頭を撫でながら
「晋助、一緒に寝よ。」
そう囁く。
晋助はかすかに動揺の色を見せながら、でも嬉しそうに頷いた。
一緒に布団に入り、ぎゅっと抱きしめる。
「…銀八、…は……で」
「え?」
「な、何でもない」
((離れないで。))
その思いは簡単に覆されるとは知らず、晋助は二度目を言わなかった。
その後屋敷の使用人が晋助が誘拐されたと大騒ぎし、銀八は土下座という最終奥義を酷使して額が黒くなったとかならなかったとか。
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