【4】

(15)右手、左手

「じゃ、行こっか。」

タピオカ入りのジュースを飲み干した晋助に銀八は優しく右手をさしのべる。

人混みの中で晋助とはぐれては困るからだ。

「…っ…」

一方晋助は微妙な気分だった。
いつもなら喜んで、というか何も考えず当然のように手を握るだろう。

((銀八が彼女と、繋いだ手…))

そう思うとどこか妬けてどこか寂しくて、どこか罪悪感があった。
あの女と繋いだあの女の手なんだ、と思って。

晋助はその手を無視して教室の外に飛び出した。

「えっ、晋助?」

「んなことしなくてもへーき。迷わないから」

「でも…」

「それよりおれ焼きそば食いたい」

「…うん」

強がった晋助の笑顔と無理やりな話題のそらし方を見て、銀八は違和感を覚える。
子供っぽいから嫌、というわけではなさそうだと考え聞いてみた。

「晋助、俺晋助と手繋ぎたいんだけど」

「おれは大丈夫だって」

「じゃなくて、繋ぎたいの。俺が。」

「それ、言う相手おかしいんじゃねーの?」

「………は?」


晋助はなぜか頭にきて、そう言ってしまった。

きょとんとする銀八に追い討ちをかけるように続ける。

「彼女、いるんだろ?そっちにいえよ。」

「…晋助」

「ばっかじゃねーの?だからモテないんだよ銀八」

「…晋助っ」

「おれの手はお前だけのもんだよ、とか彼女にいわないとすぐふられ………」

「晋助っ!!!」

銀八は声をあらげて晋助の話を切る。

「…拗ねてんの?」

表情の見えない赤い瞳が、晋助を覗きこんだ。

「んなっ…おれはそんなガキじゃない!」

「いや、俺にすれば晋助はまだ子供」

目を伏せてそう言う銀八に、晋助は悔しそうに顔を歪めた。
いつだって晋助は銀八に追いつきたくて背伸びしているのだから。

「でもほら晋助よく見て」

銀八は晋助の前に再び手を差し出し訊ねる。

「どーっちだ?」

その問いかに、晋助は首を傾ける。

「は?」

「俺から見て、これはどっちだ?」

腕時計はなく、中指にはペンだこが見える。

「…右手…」

「じやあ、並んで歩くときには晋助のどっちの手と繋がる?」

晋助は実際に銀八に自分の手を伸ばしてみる。

「……左手…?」

「正解」

右手でそのままくしゃりと晋助の髪を撫で回す。

「これでも、晋助の利き手じゃない方が動きやすいだろうなって俺なりの配慮。」

まだ子供の晋助は、意味がわからないという顔をする。

「俺がアイツと繋いでたのは左手。アイツ右利きだけど」

なんとなく言いたいことが掴めてきたが、銀八は続ける。

そういえば銀八はいつも自分の左手をひいてくれていたと思い当たった。

「俺がそんな配慮すんのお前だけだから。この右手は、お前だけのもんだよ晋助」

そう言われた晋助は顔を真っ赤にした。

「女の子みたい」

銀八が思わずもらした一言を聞き、晋助はうつむいて銀八の腹を軽くぽかりと叩く。

「いてっ…、で、ほら繋いでくれねーの?」

「……お前がどうしても、って言うなら…」

晋助は恥ずかしがりながら左手を伸ばす。

「ありがと、晋助」

銀八の右手をあわせてぎゅっと手を繋いだ。

余談だが、銀八の彼女は別のクラスだったから晋助は会わずにすんだ。



〜〜〜〜〜


(16)虹

日曜日の朝。

いや、もう昼に近い時間に晋助は銀八の部屋にやって来た。

高校生にもなれば、特に用事がない限り休日前夜に夜更かしして、休日は昼頃まで寝ている者もそう少なくないだろう。

銀八もその一人、用事がない日曜日と油断して寝ていた。

「銀八っ!!起きろ!!!」

ベッドで爆睡している銀八を字の通り叩き起こす晋助。

べしべしと天然パーマの銀色の頭を叩かれ、銀八は何事かと思い目を覚ました。

「っ、痛い痛い晋助!」

「銀八っ銀八!」

「何?どっ、どーした?」

息切れしている晋助を見て、銀八は逆に慌てる。

晋助は勝手に部屋のカーテンを開けて、外を指差した。

「見ろ!」

「…へっ…?」

指差す先には、眠気眼には痛いほど眩しい青空が。

銀八は色素の薄い紅い瞳を細めて空を見る。

「………あ、」

そこにはうっすらと、雲と雲を繋ぐように七色の橋がかかっていた。

「にじ!」

「虹だ…」

口を開けたまま空を見上げる銀八。

それをさらに見上げる晋助は言った。

「銀八に見せてやりたくて」

そう笑う晋助に、銀八は

((だからこんなに焦っていたのか))

と納得すると同時に晋助をいとおしく思った。

「ありがとう」

「ん」

礼を言うと、晋助は恥ずかしそうにうつむいた。

「お礼に後でクッキー焼いてやるよ」

「マジで!?」

「おう、今日暇だからさ」

「おれも手伝っていい?」

「勿論、つか手伝え」

虹が消えた頃、銀八と晋助はクッキーの材料を買いに行った。


苺や杏、ブルーベリー等の七色のジャムを使ったクッキーは余ってしまい、彼らは季節外れなクリスマスのように友達に配ってまわった。


〜〜〜〜〜


(17)不機嫌

晋助は5年生に、銀八は高校3年生になった。

晋助は再び松陽先生が担任になり大喜びした。

また、1、2、3年が同じクラスの桂ともまた同じクラスになった。

桂とは仲が良い(本人達は腐れ縁と言い張るが)晋助は、学校の話をするとき松陽先生と桂の話で持ちきりだった。

「でな、ヅラの落書きを松陽先生が見て…」

銀八はそれにいい気分がしなかった。

「ごめん晋助、俺そろそろ勉強しねーとならねェから続きは今度な?」

「あっ…うん…」

苛立ちを隠すために突然立ち上がった銀八に晋助は動揺する。

時々そんなことがあるのは晋助も気づいていた。

不機嫌な銀八はどこか遠くて。
口だけは笑うが目は笑っておらず、こっちを見ようともしないのだ。

「…銀八、」

「何?」

「…先生のこと、嫌いか?」

先生の話をするときばかりそうだ、と思った晋助。

「……」

「だって銀八、いつも」

「そんなことねェよ、晋助?」

にこりといつも通りの笑顔を見せる銀八に、晋助は何を言うべきか迷ってしまう。

「じゃ、また明日な」

ぽんと頭を軽く撫でる銀八の背中をそのまま見送った。

((晋助に見透かされてる…))

そう気づいた銀八は、一人自室で小さくため息をこぼした。

銀八も自分で自分がおかしくて、正直悩んでいたところだった。

嫉妬している、と気づいた時にはもう遅い。

「馬鹿なんだよなぁ俺…」

七歳も年下の幼馴染みの、よりによって男なのに。

友達とか兄弟だとかそういう感情を越えて別の感情が沸き上がっているのに、銀八はとっくに気づいていた。

「同性愛で子供相手なんて俺、気持ち悪…」

無論、抑えられるわけもない。

晋助に自分を好きになってほしいと言えば、それはもちろんそうだ。

だが自分のような同性愛者にはなってほしくない、という思いもある。

「ほんっと気持ち悪ィ…おのれは乙女か!っての…」

この揺れる思いは、いつになったら届くのやら。

晋助の方も微かに銀八への思いが変わってきているのだが、それに全く気づかない銀八であった。


〜〜〜〜〜


(18)妬ける年頃

銀八は、高校の定期試験最終日でいつもより早く帰ってきた。

学校の友達と昼を取って軽く買い物をしてからだから午後三時くらい。

ちょうど晋助が帰ってくるのと同じくらいだ。

玄関に着いた頃、ランドセルを背負った晋助も玄関を開ける姿が見えた。

「あ、銀八!」

「よ、晋ちゃん。」

「晋ちゃんって言うな」

怒ったように顔をしかめるが、すぐに笑い顔になる。

「今日でテスト終わりか?」

「おう。これで一先ず休める」

「そっか。」

「あ、晋助これやるよ」

銀八は晋助に買ってきた本を見せる。

「え、これっ…」

「本屋行ったら新刊出てた。晋助これ好きだろ?」

嬉しそうにそわそわとする晋助を見て、銀八はからかいたくなった。

晋助が手を伸ばしてきたところでひょい、と本を持ち上げる。

「……?」

晋助が手を降ろしかけたらまた本を降ろす。

それを二、三回繰り返すと晋助は怒りをむき出して睨み付けてきた。

「銀八ぃっ…てめぇ…」

「はいはい、冗談。」

晋助の手をつかみ、そこに本を握らせる。

「銀八のばーかあーほドジ天パっ!!」

「えっそこマヌケじゃねぇの!?」

怒った晋助は本を抱えて家に入っていってしまった。
が、すぐに出てくる。

使用人にランドセルと本を預け、代わりに斜めがけのバックをかけて銀八の横を通りすぎる。

「どっか行くの?」

「ふんっ!」

怒ってしまった晋助は銀八の問いかけにも答えず走り去った。

「………」

置き去りにされた銀八は、外にいた使用人の一人に声をかける。

「あいつどこ行ったの?」

「学校のお友達と遊びに行かれましたよ」

その答えを聞いた銀八は、また嫌な気分になってしまった。

せっかく早く帰ってきたんだから晋助と遊ぼうかと思っていたのに。

「……なんだよ…」

そんなことを呟く自分にも嫌気がさした。


「高校生にもなって……あーあ…」


なぜこんなにも自分が嫉妬するのかもわからなかった。


〜〜〜〜〜


(19)糸電話

残された(?)銀八は特にする事もなく、窓の外を眺めながら彼女と電話していた。

6時頃、晋助が隣の屋敷に入っていくのが見えて、
その直後糸電話の鈴が鳴る。

「ごめん、続きはまたな」

あわてて彼女との電話を切り、晋助の糸電話を取った。

『遅い』

「ごめん…で、どしたの?」

『………その…』

「うん」

『…えと…』

「?」

『ご、めん…』

「え?」

『だからその、き、今日…怒って…』

晋助をからかったときに、ろくに言葉も返さずに出ていってしまったことを思い出す銀八。

「ああ。わざわざ言いに糸電話使ってくれたの?」

『…銀八、怒ってないのか?』

おずおずと不安げな晋助に銀八は笑って答える。

「あれくらいで怒るわけないでしょー、それに怒らせたの俺だし」

すると、安堵した晋助の声が紙コップから聞こえる。

『!よかったぁ……』

「大げさだなぁ」

『だって銀八、怒ってるから糸電話なかなか出てくれないのかと思って…』

「それはこっちで俺も携帯で電話してたから」

『あっ…ごめん、変なタイミングで電話しちった…』

「大丈夫だっつーの。」


さっきまで携帯で電話していた銀八は思う。

晋助が発案して二つの家を繋いでいるこの糸電話は、携帯とは一味違う。


遠い距離を繋ぐ携帯は確かに便利だが、機械を通した遠い声。

紙コップから聞こえる声は、相手の声そのもので、近くだからこそ出来ることなんだよなぁ、と。


この距離をずっと守っていきたいと、そう思い静かに笑った。

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