【1】

(1)馴れ初め

黒いランドセルを背負った銀髪の少年が、走って学校を出る。
行く先は確かに彼の家の方面だが、少年が入ったのは彼の家の一つ隣の屋敷。

屋敷といってもそこまで装飾が華美なわけではないが、使用人もいるし何より広いその屋敷。
大企業の高杉家のものだ。

「晋助ー、遊びに来たよ!」

「ぎんぱちにーちゃんっ!」

銀髪の少年─坂田銀八は、自分よりずっと幼い子供に声をかける。

声をかけられたのは、この家の一人息子である高杉晋助。

紫色の髪の毛をゆらして嬉しそうに笑い、腕に抱いていた大きな黒猫のぬいぐるみをさらに強く抱く。

三ヶ月ほど前にこの屋敷はここに建てられた。

この少年達もそのくらいの縁なのだが、子供好きの銀八が晋助を可愛がって人見知りな晋助も銀八にすっかりなついた。

「ねぇ、きょうもがっこのおはなしして!」

「うん、今日はね…」

小学四年生の銀八は学校から帰ってくると家より先にここに寄って、晋助に学校の話などをしたり一緒に遊んだりする。

10歳の銀八と、3歳の晋助。

歳の差は大きすぎるけど二人は仲がよかった。


〜〜〜〜〜


(2)寂しさ

晋助が引っ越してきてからもう2年ほど経ち、銀八は小学校を卒業した。

そして、中学校に入学。

中学校の部活や定期試験に慣れず、体力消耗が激しくなった銀八は晋助の家に行く回数が減った。

「…銀八にーちゃんは?」

「晋助坊ちゃん、本日も銀八様はいらしておりません…」

「……。」

晋助は使用人の返答を聞き、項垂れていじけたように唇を尖らす。

「晋助坊っちゃんの方からお隣をお訪ねしてはいかがですか?」

使用人にそう言われ、晋助はパッと表情を明るくする。

銀八は六時頃に帰ってくると庭師に聞いた晋助は、六時半頃に銀八の家に行った。

『ピンポーン』

玄関のチャイムを押すのは子供心に楽しい事で、晋助はわくわくしたようにボタンを押す。

しかも自分が兄のように慕う幼馴染みに、数日ぶりに会えるのだ。

彼はどんな顔をするだろう。

「はーい…って晋助っ!?」

ドアを開けた銀八は、予想もしなかった小さな来客に驚いた。

「銀八にーちゃん!」

「ど、どうしたの突然!?何か用事か!?」

驚きのあまり挙動不審気味になる銀八。

晋助はそんなことをよそに首を傾け笑う。

「?銀八にーちゃん遊ぼ?」

生憎、銀八はテスト前。

「あ…」

そういえば忙しくて晋助を放置していた、と今さら気づく。

「ごめんな晋助、俺ちょっと忙しくて遊べないんだ。」

「えっ……」

「だからまたさ、えっと…一週間後。一週間後にまた遊ぼう?」

「う、うん。」

テストだとかそんな事情を知らない晋助だが、銀八が優しく微笑みかけて自分を抱きしめてくれたからそれに飲まれてしまった。

「午前中で学校終わりだから、昼食ったらすぐ遊びに行くな?」

「わかった、まってる。」

そんなやり取りをして、晋助は長い長い七日間を心待ちにして過ごした。

一週間後、銀八は夜まで晋助の家に来なかった。
晋助は泣いた。

「ぎ、んぱち、にぃちゃ、おひる来るっ、て、言った、のにぃ…!」

「ごめんね、ごめんね晋助」

胸の中で泣きじゃくる弟のような晋助を銀八は必死であやす。
部活が入って帰れなかったのだ。

「ぎんっ、ぱちっ、に、ちゃ、んはっ、おれのこと、きらいになっちゃったのっっ…?」

「!?」

銀八は驚いて晋助を見る。

「んなことない!んなことねェぞ、晋助っ」

「だ、ってぇ…」

「よく聞け晋助。中学校になったら、いっぱい大変なことがあってな?」

「っ…?」

「たくさん勉強しなきゃならなんねェし、たくさん運動しなきゃなんねーんだ。」

「んぅ…」

「だから晋助に会える時間が減っちまう。でも、俺はお前を絶対嫌いになったりしないから。」

「わ、かった……」

その日銀八は晋助の家に泊まり、一緒に寝た。

泣き疲れて自分より早く眠った可愛い幼馴染みの紫色の髪を撫でながら銀八は小さく呟いた。

「俺ってショタコンなのかな…」



それ以来、銀八は出来るだけ晋助に会いに行き、晋助は“がまん”を覚えた。


〜〜〜〜〜


(3)呼び捨て

それから1年、晴れて今日は晋助の小学校の入学式。

かしこまった服を着て慣れないところに来た晋助は緊張で縮こまっていた。

「晋ちゃん、そんな緊張しないで大丈夫だから」

緊張を解すように銀八が晋助の頭を撫でる。

明日から中2になる銀八はまだ春休みだから母校の小学校に来ていた。

「ん、銀八にーちゃん」

晋助は銀八にぎゅうとしがみつく。
その小さな背中を銀八は抱きしめた。

自分より背も体も大きい銀八に抱きしめられるのが大好きな晋助は嬉しそうに頭を擦り寄せる。

「そうだ晋助。」

思いついたように銀八は晋助と視線を合わせる。

「何?」

「小学生になったら、晴れてお前も一人前になったってことだろ?」

「う?うん?」

困惑したように頷く晋助に銀八は笑う。

「だから、俺のこと“銀八”って呼んでいいぞ?」

「ぎ、ん、ぱち?」

「うん。」

慣れないように呟く晋助をいとおしそうに眺める銀八。

「ぎんぱち…」

「なに?」

「銀八っ!」

満面の笑み。

少しでも銀八と同じ高さに、少しでも大人になりたかった晋助は呼び捨てを許可されてすごく嬉しかったのだ。

((可愛いなこいつ…))

そして銀八の方も、いつの間にかに晋助の見方が変わっていた。

「早く大人になれよ、晋助。」


〜〜〜〜〜

(4)小学校

「きさま、名はなんというのだ?」

「え?」

晋助の隣の席の、長い黒髪の男子生徒が話しかけてきた。
その小さな身なりに似合わない時代がかった喋り方をする。

「たかすぎしんすけ。お前は?」

「俺はかつら。かつらこたろうだ。」

「……かつら…」

「そうだ。」

「………ぷっ…」

晋助が突然吹き出す。

「カツラ、だって!」

「??」

「ヅラ!」

「!?ヅ、ヅラじゃない!かつらだ!」

その晋助の一言で、彼が生涯ヅラと呼ばれるようになってしまったのは別の話。

その教室に、また髪の長い優しげな男が入ってくる。

「皆さん、静かにして下さいねー」

男─吉田松陽は、晋助達の担任の教師。

銀八も小学生の頃彼に何度もお世話になったので、晋助の担任に決まったとき自分の事のように喜んだ。

「おはようございます、出席をとりますよー…」


帰ると、昔の銀八が自分にそうしたように晋助も銀八に学校であった事を報告する。

「となりのやつがヅラだったの!」

「はいぃぃ!?」

まだまだ子供でたくさんの間違いがあるが。

「ほんとはかつらなんだけど、おれはヅラってよぶ!」

「え、いやいや待て待て晋助どーゆーこと!?」

銀八の方も晋助に報告する。

「新しく同じクラスになった奴にな、俺と同じ宿命を持った奴を見つけたんだ。」

「?」

「生まれながらにねじまがっちまったんだよ…毛根が」

「天パ?」

「そう。あいつは茶色っぽい黒髪でな」

二人ともそれぞれ、学校を楽しみ二人の時間をも楽しんでいた。


〜〜〜〜〜

(5)報告内容

「今日はな、松陽先生が──」

いつものように、二人で晋助の部屋で今日あったことを話し合う。

小学生になってから半年位して、晋助の話の大半は吉田松陽先生に関してだった。

「晋助は本当に松陽先生好きなんだな」

「うん!」

銀八の感情は少し揺れていた。
松陽先生の話ばかりする晋助を見て、松陽先生がうらやましいなんて思うことがあった。

でも彼は唯一自分が心の底から尊敬する人でもあったからそんな感情も滅多になかったのだが。

数年後、彼はこれがもっとねじれた感情を嫉妬と呼ぶと知る。

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