(9)狂乱の貴公子それでいいんですか

傾きに耐えながら歩き、俺は甲板に出た。

甲板に出たところでどういう状況なのかは良くわからないが、今の傾きのおかげでたくさんの隊員が、瓶やら箱やら縄やらと共に転がって団子状態になっている。
その中に武市さんの顔も見える。

船の塀の下を眺めると海や町が少し遠く見えて、辺りを見ると重たげな曇り空と桂の手下の船。

船の中にいた間に雨が止んでいた。

少し遠くに目を配ると、他にもげんなりとした隊員達、息をついてしゃがみこむまた子さんが見える。

そして見覚えのない男…というか少年が船の端にいた。

長くも短くもない黒髪、白と青の着物に濃い目の青の袴をはいているが、顔が見えない。

彼は、船の塀が半壊されたところにうつ伏せになっていて、何かを両手で掴んでいるみたいだ。

正直あそこはそうとう危ないので、もし敵でないのなら手を貸してやりたいけど……。

その少年の近くにペタペタと謎の白い生物が近寄っていった。

真っ白いペンギンのおばけのような、なんとも言えない生物。
生物なのかさえ不安なんだが…。

そのペンギンおばけ(仮)は、ぐいっと少年の首根っこを掴み、引き上げた。

「……あれ」

少年の手に握られていたのは、昨晩襲撃を仕掛けてきた夜兎の馬鹿力の少女の手だった。

少女は、手首足首を丸太についた手錠に縛られて、十字架の形の木にはりつけにされた状態。

さっきまた子さんの言っていた丸太とはこの事か。

「エリザベス!!こんな所まで来てくれたんだね!!」

嬉しそうに言う少年の顔をよく見ると。
俺や夜兎の少女よりも少し歳上みたいだけど、これといって特徴のない、眼鏡をかけた人。

白いペンギンおばけと、眼鏡をかけた男はどうやら夜兎少女の仲間みたいだ。

ペンギンおばけがなにやらプレートをあげているが見えない。

なぜなら、ペンギンおばけの後ろに紫色の陰が立ったからだ。

紫色の陰…高杉さんは、そのペンギンおばけを右手に持った刀で一刀両断した。

……さっき逆方向に行かなかったっけあの人…
あ、隠れた通り道があるのか…。

沈黙をはさみ、

「エリザベスぅぅうぅぅ!!!!!」

助けられたばかりの少年が声をあげた。

でもそのエリザベスの体から血は吹き出ておらず、頭から上の布がぱさり、とむなしい音をたて落ちただけだ。

「おいおい、いつの間に仮装パーティ会場になったんだここは…」

高杉さんが、にぃと黒く笑っている。

「ガキが来ていい所じゃねーよ、ここは」

かっこいいことを言うけど、さっき雨霧というガキをここに回したのはどこの誰ですか高杉さん。

「ガキじゃない」

低い男の声がした。



刹那。



高杉さんの腹を、エリザベスの下半身の布から現れた男が斬った。

高杉さんはかわそうとしたみたいだが、
突然現れた男の持つ刀の先が腹を横に斬る。

高杉さんは咄嗟にガッと床に刀をさした。

勢いにおされて刀が滑って跡を残す。
それでもしゃがんだ体勢を保った高杉さんに、男は一言放った。

「桂だ」

男は、まとっていた白い布をはらって、すらりと姿勢を正す。

おとなしめの顔に、肩に届くか届かないかくらいの長さの、滑らかな黒髪。
青い着流しの上に羽織った群青色の羽織が髪と共に風に靡く。

今、この男は『桂』と名乗った。

……桂?

…桂は、似蔵さんが紅桜で殺したんじゃなかったのか…?

「晋助様ぁぁぁっ!!」

また子さんが、高杉さんに急いで駆け寄った。

「晋助様!しっかり!晋助様ぁぁっ!!」

そう言って、高杉さんの傍らで心配そうに肩を揺するまた子さん。
また子さん、そんなに心配しなくても…

「これは意外な人とお会いする…こんな所で死者と対面できるとは…」

さっきまでボロボロになっていた武市さんがいつの間にやら立ち直って、高杉さんとまた子さんの前に歩いてきた。

桂の後ろの、眼鏡をかけた少年が唖然と声をもらす。

「あ…あぁ……嘘…
…桂さん!!!!」

桂は、口を開く。

「この世に未練があったものでな、黄泉帰ってきたのさ」

周りの人の顔色を見ると、やはり桂は死んだものだと思われていたようだ。

狂乱の貴公子は、何事もないように言葉を紡ぎ続ける。

「かつての仲間に斬られたとあっては死んでも死にきれぬというもの……なぁ高杉、お前もそうだろう」

高杉さんは痛みのせいか、しゃがんで無言を通していた。

が。

「クックククッ……」

狂ったような高い笑いをこぼした。

「仲間ねェ、まだそう思ってくれていたとはありがた迷惑な話だ」

そう言いながらゆっくりと立ち上がった。

その時、はだけた紫色の着物の懐から、緑色の和綴じの本がのぞいた。

和綴じの本はちょうど桂の攻撃から高杉さんを護ったようで、横に切れて血が滲んでいる。
もう読めそうにない。

「まだそんなものを持っていたか……お互い馬鹿らしい…。」

桂も目をふせて青い着物の懐から同じ本を取り出した。
桂の本には、縦にすっぱりと切れ目が入っていて、赤黒い血痕がある。

「クク……お前もそいつのおかげで紅桜から護られたてわけかい、思い出は大切にするもんだねェ」

さした刀を鞘におさめて高杉さんは口を開いた。

思い出、ということはその本は攘夷戦争中かもしくはその前に何らかの過程があって二人の手に渡った物みたいだ。

「いや貴様の無能な部下のおかげさ」

桂は本を懐にしまい直して、こう続けた。

「よほど興奮していたらしい…、ロクに確認もせずに髪だけ刈り取って去っていったわ、たいした人斬りだ」

似蔵さんのことか。
あの人はあんなに自慢気に髪を持っていたのに、確認してこないとは……。

「逃げ回るだけじゃなく死んだフリまで上手くなったらしい」

高杉さんは口元にたたえた笑みを崩さずきりかえした。

確かに、桂は逃げ回るのが上手い攘夷志士だと聞いたことがあるような。

「で?わざわざ復讐しに来たわけかィ、奴を差し向けたのは俺だと?」

高杉さんの問いかけに、

「アレが貴様の差し金だろうが奴の独断だろうが関係ない…だがお前のやろうとしている事、黙って見過ごすワケにもいくまい」

桂がそう言い切ってから間もなく。

ドォォォォン



爆発。



けたたましい爆音が鼓膜を貫くように響いた。

荒れるような爆風が、髪や服を煽る。

桂の声がはっきりと耳に届いた。



「貴様の野望…悪いが海に消えてもらおう」



思わず閉じた目を恐る恐ると開くと、
船室から赤い炎が上がっている。

俺は船室から離れて一連の流れを眺めていたので、
巻き添えは食らわなかった。



が、
目の前の風景が焼け焦げた故郷にかぶる。

デジャヴが、頭痛と共に脳裏をかすめていく。


死体。

友達に、近所の人達、そして兄。

火薬の匂い。


これはもうトラウマになっているのか…。


「桂ァァァ!!!」

また子さんの怒声でやっと正気を取り戻して、気がついた。

燃やされているのが紅桜の工場だということに。

桂は、昔は高杉さんと仲間だったものの今は穏健派になり、高杉さんのクーデターを阻むのが目的なのか。
武市さんもそういえばそう言っていた。

隊員達は、慌てつつも刀を構える。

「貴様ァァァ!」

「生きて帰れると思うてかァァ!」

俺も歩みながら刀をぬいた。

夜兎少女を縛っていた鉄の腕輪や足輪を、桂は刀で斬り少女に自由を与える。

「江戸の夜明けをこの目で見るまでは死ぬわけにはいかん。…貴様ら野蛮な輩に揺り起こされたのでは、江戸も目覚めが悪かろうて」

桂は、俺達にすっと刀を向け、言葉を発した。

「朝日を見ずして眠るがいい」

なんというか、その慣れたような佇まいになぜか見惚れた。

のだが、

開放された少女が桂の胸の辺りにぐるりと細い腕を回して、

「眠んのはてめェだァァ!!」

叫びながら、桂を持ち上げそのまま背筋を反らして、床に桂を頭から勢いよくうちつけた。

恐らくジャーマンスー●レックス、というやつ。

「ふごををを!!!!!」

桂は痛みで声をあげている。

が、それには鬼兵隊員も巻き添えをくらい、隊員達は撃沈した。

「てめー人に散々心配かけといてエリザベスの中に入ってただぁ…?」

少年も、さっきまで少女が縛られていた丸太をズルズルと引きずりながら、低く言葉をもらしている。

「ふざけんのも大概にしろォォ!!」

丸太をぶん回し桂にぶつける。
思った以上に少年も強いようだ。

桂は飛んでいき、またしても隊員にぶつかった。
隊員はそのまま倒れて気絶してしまう。

……この二人、桂の手下じゃないのか?

あ、少女の方は白夜叉の手下なのかもしれない。

「いつからエリザベスん中入ってた?あん?いつから俺達だましてた?」

俺より少し年上の少年が、チンピラの様な口調で桂を見下ろして問いかける。

夜兎少女も少年の隣で腰に手をあてて、桂を見下ろしている。

子供に見下ろされる狂乱の貴公子の姿がお目にかかれるとは思わなかった。

「ちょっ待て今はそういう事言ってる場合じゃないだろう?ホラ見て今にも襲いかかってきそうな雰囲気だよ!」

俺達を指差して味方からの攻撃に慌てている桂。

「うるせーんだよ!こっちも襲いかかりそうな雰囲気!!」

少年の怒声に桂が

「待てっ、落ち着け、何も知らせなかったのは悪かった謝る!今回の件は敵が俺個人を標的に動いていると思ったゆえ、敵の内情を探るにも俺は死んでいる事にしていた方が動きやすい、と考え何も知らせなんだ」

必死に言い訳のように言葉を並べている。

前の方にいた鬼兵隊員が、そこでこくこく、と頷いて
「うぉぉおぉ!!!」

と一斉に桂に襲いかかった。

その声で桂の言い訳は途中からは聞こえなかったが。

夜兎少女と、眼鏡の少年が

「だからなんでエリザベスだァァアァァァ!!!!!」

怒りのままにそう叫んで、
桂の両足をつかんで、ぶん回している。

「ぶごををををを!!!!」

と声をあげ、桂はぐるぐると回される。

桂の回転に巻き込まれて、襲いかかった隊員は一気に倒れてしまう。

隊員は、

「うおおおおおおお!!近寄れねぇ!」

「まるでスキがねェ!!」


騒然と声をあげている。

……これは俺達の事を意識して攻撃しているんじゃないんだろうが、何故ここまで打撃を与えてくれるんだろう…。
いや、桂に容赦無さすぎだろう。

「何やってんスかぁ!!」

また子さんも、少年少女に負けないくらい苛立ちながらジャキンと拳銃を構えた。

「ん!!アレは……」

また子さんの隣にいた武市さんが、何かを見つけたように言った。

「おい…アレ…」

隊員の呟きを聞いて、視線の集まる方に俺も目を向けた。

空中から、船が来ている。
こちらに向かって。

「なんかこっちに……」

船の先頭に、ペン…エリザベスと呼ばれた生き物がいる。

その船は、ドガァアァァンとなんとも言えぬ破壊音を伴って鬼兵隊の船につっこんできた。

「うぇっ!?」

船が浮いたときとは種類の違う、大地震のような揺れが襲う。

…冗談抜きに、酔いそうだ…。

「船がつっこんできやがった!!」

「なんてマネを!」

意識がぐるぐるとする中、誰か隊員の声が耳に飛び込んでくる。

「高杉ィィィィィィ!!」

「貴様らの思い通りにはさせん!!」

桂の手下共が、つっこんできた船から鬼兵隊の船に乗り込んで攻撃を開始してきた。

「チッ、全員叩き斬るっス!!」

また子さんの命令(と舌打ち)とともに、鬼兵隊員も攻撃を始める。

俺も頬を叩いて、意識をしゃんとさせて刀を握りなおした。

だが頭に浮かんだ言葉は一言、これだ。



「…死にませんように…」


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