(8)さらば江戸、ですかね

爆音のような音と、船の尋常でない揺れ。

何事かと危機感を覚え、俺達隊員は甲板に飛び出した。

甲板へ走る途中にも爆音が何回もして船も揺れ、耳も目もグラグラする。

「何の騒ぎだ!?」

「真選組か!?まさか幕府の犬にかぎつけられ…」

「いや、違う!あれは……!」

ざわめいている外にいるとさっき着替えたばかりの着物がまた雨水をすう。

辺りを見渡すと、船に所々穴があいて火が出ていた。

小雨が降り続ける鉛の色をした空を見上げると、
船がざっと10隻以上浮いている。

それらの船の大砲の矛先は勿論この船だ。

「高杉ィィィィィィ!!!」

空中の船の方から高杉さんを呼ぶ声がした。

「貴様ァ志同じくする尽中報国の士でありながらァ!我等が攘夷志士の暁、桂小太郎を殺めた罪許し難し!!」

何隻もある船の中の最も大きな船で、男が叫んでいる。

遠くてその男の顔はよく見えないが、桂の手下の者らしい。

似蔵さんが桂を殺したからか、その敵討ち…か…。


ふと今更ながら俺は疑問を抱いた。

桂小太郎と高杉さん、攘夷戦争を共に越えた仲間だったんじゃないのか?

その男は続ける。

「我等はもう共に歩む仲間ではない!志の遠く離れた敵である!よってここに天誅を下さん!!」

ドォンドォンと、船の近くや船に大砲の鉛玉が落とされる。

俺はふと気がついた。
少女が喚き散らしていた【ヅラ】ってまさか、桂小太郎の事だったんだろうか?

……いくら“かつら”と言えどそれはないな…

「誰かこの事を中に知らせに行くんだ!!」

隊員の一人がふりかえってそう言ったので、俺は船の中へ逆戻りして走った。

「また子さん!武市さん!」

俺ともう一人走ってきた男の人とで現状を説明すると、

「なに!?桂の仲間が…」

また子さんが声をあげた。

一方、武市さんは冷静に

「すぐに船を出す準備を!このままでは上空から狙い撃ちされ撃沈されます」

残っていた隊員に指令を下す。

操縦が出来る人達はダッと走っていく。

「桂の敵討ちってわけっスか……似蔵め全部奴のせいっス…」

また子さんが忌々しそうに口を開いた。

確かに今、敵の船の男は

“桂小太郎を殺めた罪許し難し”

と言っていた。

「仇討ちもあるでしょうが、恐らく紅桜の存在が露見したと思われます」

武市さんは推測を淡々とのべる。

「以前は過激な攘夷思想の持ち主だった桂も、昨今では無用な争いを嫌う穏健派になっていたとききます。
亡き桂になりかわり紅桜を殲滅し、我々の武装蜂起を阻むつもりかと」

「いや先輩……案外この娘が連中の仲間で、この襲撃自体がただの陽動ということもありえまっス」

また子さんも考えて、鋭い目でちらりと少女を見た。

手を後ろで縛られ、首元に刀をつきつけられた少女は不機嫌そうに黙っている。

「ともすればこの船にネズミが忍び込んでいるやもしれませんね……どちらにせよコレを利用しない手はないです…」

謀略家武市さんが謀略家らしいところを、この目で初めて見た。

「アンタら、丸太持ってくるっス!」

体格のいい男の人に、また子さんは威勢良く呼びかける。

また子さんはふいと辺りを見回し、俺を上から下まで眺め口を開いた。

「アンタはそのちっさくて細っちい身体じゃ手伝えそうにないっスよね…。」

遠回しに役立たずと言われたような気がして、
俺は軽く落ち込んだ。

確かに剣は振るえるがそこの少女の様な馬鹿力は持ち合わせていない。

「この話、高杉さんのところには正確に回っているんですか?」

武市さんが俺に訊いてきた。

「あ、そういえば当本人の似蔵も!」

また子さんも思い立ったように言う。


言われて、俺もハッとして
「わかりません、伝わってるとは思いますけど、一応高杉さんと似蔵さん探してきます!」

走りだした。


とりあえず高杉さん、
と思って紅桜の工場を覗いたが中には村田さん1人しかいなかった。

紅桜の工場は砲撃から逃れて無事なようだ。

「村田さん!」

呼びかけてもふりむかない後ろ姿。

「村田さん!!」

もう一度近寄りながら声をかけたがふりむかない。

紅桜を眺めてうっとりしているのかそれとも、…馬鹿にしてるんだろうか。

村田さんの雨で湿った袖をひっつかみ、

「村田さん!聞こえてますか!?」

俺が言うと、やっとこちらをみてくれた。

「ぬ!先程の少年か!何か用かね!?」

村田さんは相変わらず大きな声で訊いてくる。

だが、大砲の音に耳が慣れてきたからか工場に案内したときほど大きく聞こえなかった。

「高杉さん、どこへ行かれたかご存じありませんかぁぁ!?」

俺も大きめの声で問い返した。

「えぇ!?」

「高杉さんどこ行きましたかぁあ!?」

どんどん両者とも声が大きくなる。

「高杉殿か!?高杉殿なら先程出ていったぞ!!」

「だから、どこに行きましたか!?」

話聞いてんのかこの人?
ふざけてんのか!?

「なんでも部下に客だなんだと言っていたぞ!!」

「行き先です!!」

「それは知らん!!!」

知らねーのかよ!
ここまで引っ張っといて…!!

「お騒がせしてすいませんでしたっ」

苛立ちを出来るだけ隠し、俺は工場を離れた。

高杉さんの部屋にも行ったけれど留守なようだ。

似蔵さんの部屋にも行ったけど、ここも返事がない。

あてもなくとぼとぼと歩いていると。

小さな倉庫の中から、男の人の苦しそうな呻き声がした。

中を見てみると、暗闇の中に似蔵さんの後ろ姿があった。

上半身裸で、あちらを向いてしゃがみこんでいる。

俺は唖然とした。

俺が手当てした右肩の包帯は外されていて、
そこには……触手の様なものが沢山はえていて、紅色の妖しい光を放つ長い棒のようなものと繋がれている。

こんな光景、普通に生きていたら目にしないだろう。
いや、絶対しない。

紅色のその棒は、太くて平たくて、そうは思えないが、これは恐らく……



紅桜だろう。


触手はどくん、どくんと鼓動のように音をたてている。

この光景を見ると、もうそれは刀なんかではなく、まるで生き物……いや、化物。

そういえば、紅桜は人間に寄生するのだと万斉さんが言っていた。

右腕を失った似蔵さんは、紅桜と右肩を接合して右腕代わりに刀をはやすつもりなんだろう。

苦しそうに息をしている似蔵さんに、俺は恐る恐る近寄ろうとしたが。

す、と細長い腕が目の前にのばされ俺を制す。

少し見上げると、相変わらず煙管をくわえた高杉さんが立っていた。

「…高杉さ……」

「退いてろ」

小さくそう言い、俺の前をそのまま横切って暗い倉庫の出入り口にもたれかかる。

「お苦しみ中のところ失礼するぜ、お前のお客さんだ」

高杉さんの声に、似蔵さんの背中が反応を示して揺れた。

「色々派手にやってくれたらしいな…?おかげで幕府とやり合う前に面倒な連中とやり合わなきゃならねーようだ…」

高杉さんが色っぽい声で言葉を紡ぐ。

「…桂…殺ったらしいな…おまけに銀時ともやりあったとか、わざわざ村田まで使って」

銀時…。
もしかして、白夜叉の本名だろうか。

さっきも少女が【銀ちゃん】と叫んでいた。

じゃあ、あの少女は、白夜叉の手下…?


煙管の煙をはいて、高杉さんは続ける。

「で?立派なデータはとれたのかぃ?村田もさぞお喜びだろう…奴は自分の剣を強くすることしか考えてねーからな」

薄く笑みをうかべながら、ゆっくり話している高杉さんに、似蔵さんが息も絶え絶えに言葉をかえした。

「………アンタはどうなんだい?」

その一言を聞いた瞬間、高杉さんの顔からすっと笑みが消えた。

煙管を懐にしまい、似蔵さんの方へ歩み寄っていく。

……腹、熱くないんだろうか。


「昔の同士が簡単にやられちまって……哀しんでいるのか、…それとも……」

─ガキィィィイン──


固い刃物がぶつかり合う音が大きく響いた。

似蔵さんがそこまで言ったとき、目に見えないような速さで高杉さんが刀をぬいのだ。

それを、刀…いや、刀の右腕で似蔵さんは受け止めた。

「ほぉ」

高杉さんは力を込めて刀をおしあてたまま、声をもらした。

「随分と立派な腕が生えたじゃねぇか…」

似蔵さんの右肩からは、紅桜と繋がるたくさんの触手が生え、それらが右腕の代わりになったようだ。


「仲良くやってるようで安心したよ、文字通り一心同体ってやつか…」

一心同体といえば一心同体だけど……。

高杉さんは刀を鞘におさめた。

「さっさと片付けてこい」

こちらにむかって歩きながら、言葉を続ける。

「アレ全部潰してきたら今回の件は不問にしてやらァ」

似蔵さんは右肩を左手でおさえ、苦しそうに高杉さんを目で追っている。

「どの道連中とはいずれ、こうなっていただろうしな………それから…」

出口まできて足を止めた。

「二度と俺達を同士なんて呼び方するんじゃねェ、そんな甘っちょろいモンじゃねーんだよ俺達は」

少し似蔵さんをふりかえり、怒りをたたえた目で言葉を続ける。

「次言ったらそいつごとぶった斬るぜ」

彼は、物騒な事を言い残して倉庫を出た。


「雨霧、だったか」

ふいに呼ばれて、俺は慌てて返事をした。

「は、はい?」

そのまま俺に背をむけ歩いていきながら、高杉さんは、

「お前もさっさと甲板に出ろ。桂の手下が恐らくこの船に乗り込んでる頃だろうよ、……始末の手伝いだ」

命令を下した。

「し、承知しました!」

俺は小さく礼をして甲板の方へ走った。

高杉さんは反対の方向へ歩いていったが、どうするんだろう…。

しばしの間走っていると、船体が大きく揺れた。
さっきのものとは比べ物にならないほど。

そして、どんどん足元の床が斜めになっていき、後ろに転がり落ちそうになる。

「うっわわっ……」

焦って俺は壁に手を当てるが苦しい。

手すりにしがみつき、なんとか姿勢を保つが、これでは甲板へ進めない。

この揺れは何なんだろう、と手すりの冷たさで冷静さを取り戻して考えていた。

その結論は、船が空に出航したのだ、といったところに達した。

小さい頃にこの江戸に来てから色々あったなぁ、なんて思い、思い出が過る。

なんやかんやで江戸に来たての頃は、勝手がわからずスリなどをして生きてきたが。
途中で本屋やら甘味処やら瓦版配達、飛脚など、例の必殺技(?)で職を繋ぎ生きてこれた。

からくり師のおじいさんのところに時々遊びにいっては説教されたし、公園では色んな人を見て話をして知り合いになった。おじさんが多かったとかは気にしない。

これだけはっきりと思い出が巡ると、これは走馬灯でもうすぐ俺死ぬんじゃないだろうか、なんて思ってしまう。

………しみじみしている場合ではなかった…。

やっと傾きが修正されてきて、俺は両手を手すりにかけながら甲板へ歩いた。



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