(7)大声と品のない事は止めてください

じとじとと、夜から降り続けている雨が朝になっても降っている。

空気が湿っぽくて少し気分が悪い。

眠気眼でぼんやりと通路を歩いていると、
船の近くを笠をかぶった男がうろついている姿が窓から見えた。

不信に思い俺は船の出入り口の方にむかった。


昨日一騒動あった紅桜の工場の前を通ると、工場に高杉さんがいたのがちらりと見えた。

あふれる紅色の光は、高杉さんに妙に似合っている。

船を降りるととたんに、雨粒で身体がぐっしょりと濡れる。
が、それも無視して足音をしのばせながら男に近づき、抜刀した。

うろついていた男の長い髪のたれた背中に刀をむけ、

「何奴?この船に何か用か?」

静かに俺はたずねた。

すると。

「む!貴殿は鬼兵隊の隊員か!!」

野太くバカでかい声で、そう言われた。

「っ……静かにしろ!」

鬼兵隊は世間に言わせればテロリストなんだから、そんな大声で言われては困る。

「そうかそうか、私は村田鉄矢という鍛冶屋である!!高杉殿に会いたいのだが!!」

人の話をさっぱり聞いていない。
静かにしろっつったろーが!!
と思ったがこらえた。

どうやらこの男が村田鉄矢らしい。

村田鉄矢は現在紅桜をつくっている男と万斉さんに聞いている。
ということは偉い人だ。

俺は大人しく刀を鞘におさめ、

「失礼しました、ご無礼をお許しください。中へどうぞ…」

頭をさげ、船に村田さんを入れた。

ふりかえった村田さんの笠の下の顔を見てみるとキリッとした濃い顔で、灰色の羽織を着こなしている。

見た目は普通の人なのに何故そんなに声が大きいんだ…。

船の中を歩いている間も、ずっと大声でしゃべっている村田さん。

「なかなかいい船ですなぁ!!設計も広くていいし、外から見ても、丈夫そうで──……」

通りすぎる隊員達は不思議そうな目でちらちらとこちらを見てくるが、
俺は笑顔と挨拶でかわす。


工場の前を通るときに、再び中に高杉さんがいることを確認した俺は、喋りながら前を行こうとする村田さんを呼び止めた。

「村田さん、こちらに高杉さんがいらっしゃいます」

工場を指さしている俺を見て、村田さんは

「おお、ご苦労様!!」

大声で俺にそういって工場に入っていった。

紅桜を眺めていた高杉さんは、その大声を聞いてふりかえった。

俺と村田さんを鋭い目で確認するとすぐに紅桜に視線を戻してしまったが。


着物が雨で濡れて気持ち悪かったので、俺は小さな自室でさっと着替た。

湿っている髪も手拭いでふいて部屋を出る。

髪を手櫛でとぎながら歩いていると、

1つの部屋から「離すアルぅぅぅ!!」と大声が聞こえた。

扉が開いていたのでひょいと覗いてみると、やはり大声をあげていたのは昨日襲撃してきた怪力の少女。
部屋に入ってみた。

少女は、両手首を壁に取り付けられた手錠に拘束されていて、細い足をバタバタさせていた。

少女を取り囲んでいる隊員は

「どこのまわし者だてめぇは?」

と少女にたずねているが、少女はそんな隊員達に蹴りをきめこんでいる。

隊員の方々に「おはようございます」と言いながら少女に近づいてみた。

隊員の男の一人が俺を見て、

「あんた、この娘っ子と同い年くらいだろ?ちょっと行ってこい!」

と言い出した。

…お兄さん、年関係ないと思いますよ、相談やなんかじゃないんだから…。

と思ったが飲み込み、

「あー…じゃあ俺行ってみます…。」

前に出て、少女に声をかけた。

『あの、俺達はどこから来たのか聞いてるだけなんですよ、そんくらい教えてくれてもいいんじゃないですか?』

俺は少女に作り笑いで言うと、
少女は不機嫌そうに細めた青い目で俺を見た。

「うるさいアル引っ込んでろヨ小便ガキがっ!」

ぶちっ と、俺のこめかみあたりが音をたてた。

うるせーのはアンタの方だ暴力娘、俺はアンタと同い年か少し上だ、それにアンタよりも修羅場に何度も出くわしてるっての!

喉元までせりあがったそれらを唾と一緒に飲み込んで、

「小便ガキでもうるさくても何でもいいから教えて、って話なんですよ誰のとこから来たんですか?日本語わかります?わかるよね?バカじゃないですよね?」

ひくひくとする頬をつりあげて笑顔をつくり、言った。

「マミーのお腹の中から来たアル」

駄目だ、もう笑顔が保てない。

「ヅラァァァァ!いるアルかァァァァァァ!!!!」

少女は俺を無視して叫び出す。

「そのヅラは誰だ、って聞いてんだよ!!」

俺は少女の頬をつねって、叫びにくくしてから大声でそう訊いた。

「ヅラはヅラアル、本人はヅラじゃないって言ってるけどヅラアル!それに私はヅラなんかの下にはつかないネ、わかったらとっととその汚い手離すヨロシ」

つねられて滑舌悪いクセに毒舌上等じゃねぇか。

つかそのヅラってアダ名、まさか髪のカツラから来てるのか!?
ヅラ可哀想だな……。

なんてことが頭の中をめぐっていると、突然俺の脛に鈍い痛みが走った。

「……っつっ…!!」

その痛みの正体は、少女の蹴りだった。

次は鳩尾に鈍痛が走り、勢いよく飛ばされた。

俺の小さい図体は、後ろの男の人に受け止められた。

「大丈夫か新人!」
「坊主!?平気か!?」

やっぱり俺は子供扱いされてるのか、何人かが心配して声をかけてくれる。

大丈夫です、と答えたいが鳩尾を突かれたせいで声が上手く出ない。

「……い、じょ…ぶで…っす…」

男の人に部屋の端っこへとうつされて、少し座り込み息をととのえていると、
武市さんが入ってきた。

「どうですか、何か吐きましたか?」

俺を含め隊員達をザッと見回し、少女にも視線を回して武市さんは言った。

「いえ…何も……」

「ヅラとか離せとかしか……」

この会話は、

「ヅラァァァァァ!」
「おいヅラ聞いてんのかコラァァァァ!」
「いたら返事しろアホォォォ!」
「お前ら後で覚えとけよォォ!?」

などの少女の声で邪魔をされ聞きとりにくい。

しかしヅラとは誰の事なんだろうか……。


武市さんも蹴られないくらいの距離を保って話をしているがてんで相手にされていない。

近づいては、蹴られ通路の方へ飛ばされていった。

ロリに蹴られるならあの人は本望かもしれない、と思って俺は遠巻きから眺めるだけだった。

結局武市さんは何度かそんなことを繰り返していたが、諦め他の隊員達に聞き出しをさせる。

そして彼は木の箱に腰をおろして、

「離すネェェ!!私にこんな事してタダですむと思ってるアルかァァ!」

そんな罵声と部下が飛ばされていくのを見ていた。

「お前ら皆銀ちゃんにボコボコにされても知らないかんな!!」

……銀ちゃん…?

どこかで見覚えのあるというか、聞き覚えのあるというか……

記憶をたどっていると、咳をする声が通路の方からした。

その咳は近づいてきて、部屋にまた子さんが入ってきた。

また子さんは気絶している隊員を眺め聞き取れないほど小さく独り言を呟いてから、武市さんに呆れ気味に話しかけた。

「だからさっさと始末しようって言ったんスよ、ガキ一人になんスかこのていたらくは…武市先輩」

武市さんはまともな反論をする。

「なんの情報もつかんでいないのに殺してどうするんですか」

が、

「それにね、この年頃の娘はあと2、3年したら一番輝く…」

「ロリコンも大概にして下さいよ先輩」

「ロリコンじゃありませんフェミニストです」

再来するロリコン発言はまた子さんに一刀両断され、いつもの台詞で頑張る武市さん。

2人ともその後も喋っているのだが、少女の声で聞き取れない。

少しして少女がプイと拗ねて黙ったので、そこからは聞こえた。

「これは【夜兎】の特徴と一致しているということです…死ね」

夜兎……?

あの少女が?

「お前が死ね」

また子さんは先輩にむける台詞とは思えない一言を吐いてから、続ける。

「夜兎ってあの傭兵部族【夜兎】っスか、晋助様を狙って雇われたプロの殺し屋ってワケっスか?…一体どこの回しもんっスか…」

「それが何を聞いても【ヅラ】しか言わないヅラ」

「先輩それナメられてんスよ」

そして手首の関節をパキパキと鳴らしながら、また子さんは少女の前に堂々と歩いて行き、たくましく口を開く。

「フェミだかロリだかしんないスけどキモいっスてマジで……見ててくださいよ、こんな娘一捻りで…」

失礼だけども、男の戦闘隊員達よりも男前に見えた。

「やいてめっ……」

また子さんが少女に脅しをかけようとした瞬間、
少女が唾か痰かをまた子さんの顔に吐いたみたいだ。
(また子さんの後ろの方から見てるので何が起きているのかよく見えない)

数秒空気が静まってから、また子さんが爆発した。

「てんめェェェェ自分の立場わかってんスかァァ!殺してやるっ!!」

金髪を振り乱し、ジャキンと大きな音をたてて、銃を少女にむけるまた子さん。

後ろから武市さんが慌ててまた子さんを羽交い締めにとりおさえる。

一方少女はにたぁ、と笑いドヤ顔を決め込んでいる。

……この扱いを見ると、一応答えてもらった俺の方がマシかもしれない…。

「ちょっダメだって!あと2、3年したらすんごい事になるってこの娘!」

武市さんは、おさえながらここでも情報云々でなくそういう理由を持ち出し、

「止めないで下さい武市変態!!」

「先輩だから変態じゃないから」

変態呼ばわりされてしまう。

いや、もう実際それでいいんじゃないだろうか。

他の隊員達も幹部の二人のやり取りだからというか、呆れているというか、何も言わずに眺めている。

やっとまた子さんの怒りが少し落ち着いた頃。

何がどういう流れになったのか。
少女とまた子さんの両者が、
かぁっごっくぇっ
などと声にならない声をあげて痰を吐こうとしている……。

鬼兵隊しかり、真選組しかり、少女しかり。
強い人ってやっぱりどこへ行っても変なんだ…。

「汚いからやめなさいっコラッ!」

武市さんが二人を止めているが、

「身体中の痰よオラに力を」

「た〜ん〜じ〜る〜…」

アホみたいなことを呟いて聞く耳を持たない二人。

少し宙を仰ぐような体勢だった二人は、同時に前をむき、攻撃をしようとした。
まさにその時に

ドォォン

大砲を撃ったような音が響き、船がぐらり、と大きく揺れた。

「何!?」

「なんだぁぁぁ!?」

全員が慌て出す中、
少女とまた子さん、二人の仲裁のために真ん中にいた武市さんの顔面に、二人の痰攻撃がふりかぶった。

けれど、そんなことはこの際どうでもいいような事。……そこ、失礼とか言わない!

船なんて乗ったことは鬼兵隊に来てからが始めてだけど、普通、停泊だけなのにこんなに揺れやしない事くらい俺にだってわかる。


この船に乗り合わせているのは、人斬りに拳銃使い、刀の形の兵器に、江戸で最も過激な攘夷志士。

この条件からして思うに、一番確率的に高いのは……

「襲撃か!?」

ざわめきの中で、誰かがそう言った。

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