(6)少女が襲撃してきました


ダンッ


船の甲板の方から、銃声がした。


俺が鬼兵隊に来てから一週間程たった。

主にまた子さんや万斉さん、またその他の人達の雑用やパシり等をするのにも慣れてきて、
特に大きく変わったことはなかった。

しいてあげれば、似蔵さんがやけに滑らかな黒髪を少しまとめた物を何日か前に持ち帰ってきた。

多分、斬った相手の髪を記念にとってきたのだろう。

よほど強かったんだろうか…。


その少し後から、万斉さんも数人隊士を連れて春雨の宇宙船に乗り込んだらしい。

なぜなのかは、俺のような下っぱには知らされていない。

春雨とは、宇宙海賊春雨のことで銀河系でも相当名の知れた宇宙海賊、聞くところによると彼等の収入源は主に非合法薬物売買だそうだ。

しかし、金や権力だけの集団ではない。

宇宙で最も強い部族とうたわれる【夜兎族】を集めた団や、宇宙2、3の強さを争う【辰羅】を集めた団など、武力にも長けているらしい。

まあこの情報は皆武市さんの受け売りだけれども。


甲板といえば、
さっき高杉さんが甲板へ出ていったな。

俺と通路ですれ違ったときに挨拶したら、

『今夜はデケェ月が出てる、気が向いたら見に行くといいぜ』

煙管を片手に薄笑いをして、そう言っていた。


銃声がしたってことは…高杉さんの身に何かあったんだろうか。

俺は膝元に置いておいた刀を帯にさして、部屋を出た。

俺が甲板へ向かう間にも、2回、3回、と銃声が響く。

甲板に出ると、また子さんが少女に馬乗りになってご自慢の二丁拳銃を少女の頭にむけていた。

乗られている少女の方も、右手に持った紫色の傘の先をまた子さんの顎にむけている。

俺と同い年くらいの少女は、オレンジに近い朱色の髪を両方の耳の上でぼんぼりに包んでまとめていて、赤いチャイナ服をいやに白い肌に纏っていた。

「貴様ァァ!何者だァァ!?晋助様を襲撃するとは絶対許さないッス!」

また子さんの叫ぶその一言で、今まであったことがなんとなくわかった。

「銃をおろせ!この来島また子の早撃ちに勝てると思ってんスかぁ!?」

銃をかまえたまま脅しをかけるまた子さんに、その少女は即座に真顔で毒舌をはいた。

「また子、また見えてるヨ シミツキパンツが丸見えネ」

俺は船の陰で固まった。

……女の子がそんな切り返ししていいんだろうか。

いや一応俺も女だけど。

また子さんが反撃しだす。

「甘いな注意をそらすつもりか!そんなん絶対ないもん毎日取り替えてるもん!!」

「いやいや付いてるよきったねーなまた子のまたはシミだらけ〜」

「貴様ァァ!!これ以上晋助様の前で侮辱することは許さないッス!!」

低レベルな会話をテンポよく(?)進める2人。

また子さんのるなよ…

思わず俺は頭を抱えた。

「晋助様ァ!!違うんスほんとっ、毎日取り換えてますから!確認してくださいコレッ……!」

また子さんの言葉は、少女が放った蹴りを受けて途切れた。

足元を蹴られ、バランスを崩しすっころぶまた子さん。

高杉さんの方をむき、少女の思惑にはまっていたんだから仕方ない。

当の高杉さんは見向きもせず月の方を眺めて煙管をすっている。流石。

「クソガキィィ!!」

逃げ出して甲板からこちらにむかって走ってくる少女に、また子さんは怒声をあげる。

俺は刀をかまえた。が。

「武市先輩そっちッスぅぅ!!」

その言葉を待っていたかのように、少女にライトが浴びせられた。

「皆さん殺してはいけませんよ」

船の、屋根の上に笠をかぶった武市さんが立っていた。

彼の隣には、少女にあてられている巨大な提灯。

眩しそうに目を瞬かせる少女のまわりは、いつの間にやら鬼兵隊の戦闘用の隊員が取り囲んでいる。

……出遅れた…。

顔の右半分を提灯に照らされたまま武市さんは、

「女、子供を殺めたとあっては侍の名が廃ります…生かして捕えるのですよ」

まともなようでまともでないロリコン発言。

「先輩ィィ!!ロリコンも大概にするっス!ここまで侵入されておきながら何を生温いことを!」

立ち上がり、走りながらまた子さんはかみついた。

「ロリコンじゃないフェミニストです」

お決まりの言葉で武市さんは反論。

「敵といえども女性には優しく接するのがフェミ道というもの」

万斉さんや高杉さんの妖しい綺麗な笑いではなくて、変態臭がする笑いをうかべて言った。

……鳥肌がたった気がしたのは、気のせいだろう。

そんなことを言ってる間に、少女は襲いかかる鬼兵隊員を次々に払い倒していく。

また子さんの銃を避けていただけあって、化け物みたいに強い。

どこかの密偵か何かだろうか。

「ヅラぁぁぁ!どこアルかァァ!?ここにいるんでしょォォォ!いたら返事をするアルっ!!」

人を探しているみたいで、そう叫びながら傘の先端から銃弾を放ったり、傘を振り回したりしている。

あの傘はどうやら武器みたいだ。

俺もわずかな力だが加勢しようとすると、
また子さんが拳銃で少女の左肩と右足を撃ち抜いた。

取り巻く隊員達を撃つことなく、正確に獲物を撃ち抜くのは流石は紅い弾丸。

少女は銃弾の勢いで、小さく悲鳴をあげながら滑るように倒れた。

「今だァァ押さえつけろ!!」

そのまま俺は隊員達と少女の方に走っていった。

少女は、しばしの間倒れたものの、

「ふんごぉおおおっ…!!!」

食いしばった歯から声をもらして立ち上がった。

………まるで、可愛い顔をした化け物だ。

「ヅラァァァ!待ってろォォ今行くぞォォォォ!!」

肩をおさえながら、よろよろと足を進めて、
船室の方に寄っていった。

俺は、ハッとした。

あの娘が今、近寄った船室、あそこは…

他の隊員たちもそれに気づき、「まずいぞ!!」と口々に言いながら少女を追いかける。

少女は、ひょいと中に入り込んで、俺達を傘で攻撃してくる。

前を走っていた人達が、怪我を負って、中には気を失う人もいる。

「大丈夫ですか!?」

俺は倒れている人達に声をかける。

少女は煙の向こうで壁にもたれ掛かった。

また子さんはズカズカと、俺達の横を、散った血の上を、歩いて煙の巻く船室に近づいた。

そして、少し間をおいて、怯えたような声が船室の中からした。

「…なに、…ココ…」

そう、そこは紅桜がつくられている工場だ。

ジャキリ、と音をたててまた子さんは拳銃を少女のこめかみにむけた。

そして、さっきまで怒鳴っていた声を鎮めて、静かに言葉を紡いだ。

「そいつを見ちゃあ、もう生かしては返せないな」

大きな満月のうかんだ夜空に、最後の銃声が響いた。




………はずだった。

少女はパタリと倒れたが、

「アンタらさっさとこのガキ手錠か何かに繋いどくんスよ、いつ暴れるかわからないッスから」

また子さんのその言葉によると、どうやら殺してはいないらしい。

鼓膜のすぐ近くで響いた銃声に気を失ったらしい、銃弾は壁にめり込んでいた。

また子さんの命令を聞き、戦闘用員の男の人が数名か前に出ていき、倒れた少女を船内に運んでいった。

「残ってる方は怪我人の手当てをしてください」

屋根の上で武市さんも指示を出す。

高杉さんはといえば、月に背中をむけ煙管を燻らしながら、こちらを一線引いたところから眺めていた。

一斉に隊員は自分のすべき事を始めるために散る。

俺も包帯や薬の用意をしに倉庫へ足を進めた。


包帯などを抱えて銀色の通路を走っている途中、緑色の着物が目の端をかすめた。

今夜もどこかへ出かけていた似蔵さんだろう。

俺は、さっきまでに起きた出来事を話そうと思い、その緑色の着物が見える方まで走っていった。

近づくにつれ、血生臭い臭いが気になる。

「似蔵さ──」

彼の後ろ姿をはっきりと確認した時、俺は言葉を失った。

似蔵さんの、右腕がなかった。

腕のない右肩からは、ボタボタと鮮血が滴り落ちていて、彼の着物や足元を赤黒く染めていた。

似蔵さんの着物はなぜか血だけではなく水にも濡れているようだ。

「に……似蔵、さん…?」

ゆっくりと名前を呼んでみると、痛みを堪えた表情で俺をふりかえった。

「んあ……またアンタかい…」

脂汗をうかべて笑う似蔵さん。

「その腕どうしたんですか!?手当てしますよ」

俺が心配を隠せずにそう言うと、

「そうかい、じゃあ頼むよ。」

その辺においてあった箱に腰をかけて、そういった。

なぜ目が見えないのに箱の上に座れたんだろうか。

血の滴る肩をよく見ると、見事に腕が斬られている。

他にも、所々傷をうけているところがある。

痛そうだなぁ、と思いながら俺は手当てして包帯をきつく巻いた。

その途中、

「アンタ【白夜叉】って知ってるかぃ?」

似蔵さんは俺に訊いてきた。

白夜叉。
攘夷志士なら知らない者はいないだろう。

素性は知れないけれど、攘夷戦争中に高杉さん達と共に大暴れした侍だ。

数年間までの攘夷戦争中、主だって暴れていたのは、
鬼兵隊総督高杉さん、
狂乱の貴公子桂小太郎、
剣豪坂本辰馬、
そして白夜叉。

白夜叉はその四人の中で一番強かった、なんて話も聞いたことがある。

「攘夷志士の、白夜叉ですか?」

そう言うと似蔵さんは静かに首肯した。

「今日、そいつを殺ったらその連れにやられちったよ…」

包帯が巻かれて隠されていく傷口に軽く触れ、そう呟く。

つまり、高杉さんよりも強い白夜叉を殺した…?

「白夜叉を知ってるってことは、桂も知ってるだろう?」

俺が頷くと、

「この間持ち帰った髪は、あいつの…桂の髪さ」

少し嬉しそうに似蔵さんは言った。

「似蔵さん、…強いんですね…」

俺はそう言いながら薄々思った。
紅桜のおかげなのでは、と。

「こいつがいるからねぇ」

俺の思った通り、紅桜を左手で握りしめて似蔵さんは言った。

「終わりましたよ」

俺は血の染みてきた包帯をきっちりととめ言った。

似蔵さんは、「ありがとよ」と軽く言って立ち上がった。

夜もどんどんふけていって、いつの間にかに日付をこえていた。

「アンタは成長期なんだからちゃっちゃかと寝ちゃいな」

似蔵さんは一言俺にそう言って去っていってしまった。

俺はしばしどうしようかと思い、甲板に行ってみた。

甲板では暗い中、何人かが残って掃除をしていた。

血痕やらの処理だろう。

「俺も手伝います!」

見覚えのある隊員に声をかけると、

「おぉ、坊主もやるか!」

なんて言ってモップを俺に手渡してくれた。

掃除をしばらくしているうちにポツリ、と手に雨粒が落ちてきた。

「雨降ってきやがったよ」

「今日は終わりだな」
「雨が降るならやる必要なかったねぇ」

掃除をしていた男の人達は、そんなことを口々に言いながらその場を解散とした。

他の人達もこれで少し寝るということなので俺もそれで眠りについた。

これが、似蔵さんが桂を斬ったことから始まる騒動の、 俺にとっての始まりだった。


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