(4)初めまして紅桜

行きに来た道は大分暗くなっていて、そこを逆戻りして鬼兵隊の船についた。

日が落ちるにつれて落ちていった俺の気分はどん底。

怒られるのを覚悟で万斉さんの部屋に足を進めた。


その途中。


「あ、柚希!!」

とぼとぼと歩いていると、正面から焦った顔をしたまた子さんが走ってきた。

「アンタ今までどこ行ってたんスか?」

少し心配そうに、けれどあまり怒ってはいない口調で訊いてきた。

「すいません、万斉さんに頼まれてかぶき町まで行って封筒買ってきました…」

そう言うと、彼女は逆に怒りだした。

「チッ、あんのヘッドフォン、また自分の都合で部下使いやがって…!」

舌打ちをして、右手の握りこぶしを強く握る。

どうやら俺には怒っていないようだ。

「アンタも理不尽だと思ったら言っていいんすよ、自分で買いに行くべきッス!」

いやいや言えませんて。

さっき鬼兵隊に入れてもらったばっかりなのに…

「あ、ってことは町の方に行ったんスよね?」

また子さんは思いついたように言い出した。

「はい、行きましたよ?」

そういうと、俺の肩をガッと掴み、

「似蔵のバカ見なかったッスか!?」

すごい剣幕で俺に訊いてきた。

「え!?似蔵さん!?いや見てませんけど…」

正直に答えると、彼女は俺の肩を乱暴につき放し、

「っ……くっそぉぉ、あのバカどこに行ったんスか!」

悔しそうにその辺の機材を蹴飛ばした。

「ちょっと来島さん何するんですか!!」

その機材の隣にいた他の隊士に怒られる。

「あ、さーせんっ」

と苦笑いで軽く謝り、

「とりあえず、その荷物をヘッドフォ……万斉先輩に渡したら、似蔵探すッスよ!」

俺に次の仕事を与えた。

「はい!」

俺は返事をして、階段を上がった。

「万斉さん、ただいま戻りました!遅くなって申し訳ありません」

声をかけると、今回は一回で出てきてくれた。

「はい、これ封筒とお釣りです」

と俺が渡すと、

「………?」

万斉さんは首を傾げた。

…………は?

「…え、夕方に頼まれた封筒ですけど…」

そうつけくわえると、
ポン、と手をうった。

「ああ!ご苦労様でござる!」

……この人は人に買い物に行かせといて忘れてたのかよ。

そして彼は封筒を受け取った。
俺の手に残る小銭。

「…万斉さん、お釣も」

「ああ、それはぬしにくれてやろう」

小さく笑ってそう言った。
「自分事で買いに行かせたのでな、その金がバイト料、といったところでござる」

俺はびっくりして慌てた。
「いや結構ですよ!俺は買い物に行っただけなんですから…」

「ではドブにでも捨てるでござる」

ああ、二足のわらじで金持ちなんだこの人…。


そう言われると、言い返せない。

「ありがとうございます…」

俺はありがたく頂戴した。

万斉さんが、何故かじっとこちらを見ていた。

「や、やっぱり返しますか?」

慌てて言うと、万斉さんはそれを無視して口を開いた。

「ぬし、やはり不思議な音を出すでござるな」

「はぁ?」

思わず失礼な切り返しをしてしまった。

「あ、すすすいません、どーいった意味ですか、声が変とか…?」

「いや、魂の…鼓動でござる」

何言っているんだこの人。
厨二病とかそういう類いのアレなんだろうか。

「魂の鼓動…リズムが、拙者の耳には届くのでござるよ」

そういって、俺の左胸に人差し指をむける。

「ぬしの音は…例えるなら、バラバラのようで1つ主旋律を貫く…うすら寂しげな歌…」

ゆっくりと、言葉を紡いだ。

だけど言っている意味がさっぱりだ。

俺はそこまで音楽をたしなむ人間でもないもので。

「万っ斉先輩っ!!!!」

聞き慣れてきた声がして、俺はハッとした。

俺と万斉さんの視線の先には、怒って今にも暴れそうなまた子さんがいる。

「なぁにゆっくりのんびり喋ってんスか、今どっかで似蔵が暴走してるかもしんないんッスよ、早く探しに行くのにそいつ連れてくんッスからさっさと済ませるッス!!」

暴走してるかもしれない人を止める前に暴走しそうに叫ぶ。

「またあやつは紅桜を持ち出したでござるか…?」

紅桜。

さっきの対戦艦用なんとかって危なそうな名前の兵器か。
……そりゃ暴走したら危ないんじゃないか!?

というより、そう簡単に持ち出せるようなサイズだったのか。
てっきり戦車みたいな物かと…。

「そうッスよ、だからっ―…」

また子さんの怒声が途中で途切れる。

少し離れた所に、高杉さんが立っていたからだ。

「し、晋助様!」

彼女は驚きの声をあげて、姿勢をただす。

「随分と騒がしいな…似蔵がまたいねェのか?」

高杉さんはそう訊ねながらこちらに歩み寄ってきて、壁にもたれかかる。

「そうなんッスよ、余計な奴にまで斬りかかってなければいいんスけど…」

さっきの怒りは一瞬で鎮め、むしろ乙女チックになるまた子さん。

女って怖ぇ。

そう思ったのか、万斉さんも隣で眉をひそめている。

「放っておけばいいだろ、戦いを重ねれば重ねるほど強くなる、って代物だぜアイツは」

高杉さんは目をふせ、煙管を吸いながら話す。

アイツとは紅桜の事なのか、似蔵さんの事なのかは不明だ。

「そ、そうッスね…晋助様がおっしゃるなら…。」

意見をコロッと変えて、コクコクと頷いている。


俺のよく理解していない表情を読み取ったのか、また子さんが万斉さんに訊いた。

「万斉先輩、柚希にアレについて何も言ってないんスか?」

万斉さんはふと高杉さんの顔を見て、

「しばし早いでござろう?」
と言う。

高杉さんは深い緑色の眼で万斉さんと俺とを見比べて、

「…いいんじゃねェか?」

煙をはいて言った。

俺は、よくわからないけれどまぁ紅桜か何かについて教えてもらえるのか、と思った。

「む…そうでござるか。」

ここでもやはり高杉さんの鶴の一声。
この変人達…じゃなくて猛者達をまとめあげるだけあって、権力が強いんだろうな。

「では雨霧殿、拙者は仕事のキリが悪いので、後で説明するでござる、しばし待たれよ」

と言って自分の部屋に入って襖を閉めてしまった。

直後に中から、『ギィーン』とギターの音がする。


「って仕事ってそっちの仕事ッスか!!!」

また子さんが襖に蹴りをいれた。

「アンタ部屋で待ってていいッスよ、どーせ時間かかるだろうから…」

と頭をかきながらまた子さんは言ってくれた。

高杉さんは、いつの間にかに自室に戻ったらしくもういない。

「あたしが説明してもいいんッスけど、いまいちわからないとこもあるし、何より似蔵捜索のために駆り出した隊士達また集めなきゃならないっスから」

「はい、…俺もそっち行った方がいいですか?」

また子さんの手伝いをしようかと言ってみたら、

「アンタ隊士の顔わかるんスか?」

わかるわけがない。

「…ごめんなさい。」

謝ると、

「なんで謝るんスか、いいっスよ」

そう笑ってくれた。

そしてリズムよく階段を降りていった。


その、直後。

俺も降りようとした時、
血生臭いにおいがした。

まさかと思いつつ振り返ってみると、

鼻づまりを治す小さなスプレーのようなものを鼻に吹き込みながら、ふらりと岡田似蔵さんが歩いてきた。

そして俺のすごい近くまで、血の臭いを漂わせてよって来た。

「うわっ」

思わず俺が声をあげると、

「ん?」

ぶつかる直前で、似蔵さんは立ち止まる。

…この人、もしかして目が見えていないんだろうか。
薄い色の色眼鏡の奥の目は固く閉ざされている。

「おや、坊やかい。こんなところでつったってたら危ないよ?」

ぬるい口調で俺に話しかけてきた。

「は、はい……というか似蔵さん、どこ行ってらしたんですか?また子さんが目を皿にして探してましたよ」

俺がそう言うと、

「コイツをね、鍛えてやってたんだよ」

ニヤリと笑い、腰にささった刀を左手で撫でた。

見たところ、鞘の中におさまっている普通の刀だ。

「…愛刀なんですか?」

よくわからず訊ねると、似蔵さんは血の臭いがする身をひるがえして、

「来な」

と俺に言う。

この刀で、人を斬ってきたから血の臭いがこんなにするんだろう。

俺はハッとした。

…さっき真選組の言ってた辻斬りって…、まさか。

似蔵さんに連れられて、月で照らされた船の甲板に出た。

「ここに、何かあるんですか?」

全くもって理解不能だ。

「コイツはねぇ…」

彼は言葉を途中で切り、刀をスラリとぬいた。

俺は無意識に目を見開いた。

「…!」

月の光を身に浴びた刀身は、鈍い銀色ではなく淡い紫がかった妖しく美しい紅色。

その刀に俺は目を奪われた。

「妖刀、紅桜さ」

機械じゃなかったのか…?

「…綺麗ですね…」

率直な感想を述べた。




瞬間。




俺は何があったのかわからず、無意識に刀を半分抜いてのけ反っていた。

首元には、紅色の刃。

似蔵さんが、俺の首を斬る寸止めで紅桜を止めていた。

「…ほう…子供のわりに、いい動きをするねぇ…」

「……なっ」

口から声がもれた。

キン、と音をたてて似蔵さんは紅色の刃を鞘におさめた。

「なな何するんですかっ!?」

慌てて俺は叫ぶ。

「殺す気……ですか?」

右手で抜きかけていた刀を握りしめて、訊ねると

「そんなこたぁないよ、あの人がアンタをここに入れるって言ったんだ。そう殺しやしないよ」

と口元に小さく笑みをうかべて答える。

……本当なのか、人斬り似蔵。

顔をしかめながら俺は刀をしまった。


「にぃぃぞぉおぉぉぉぉ!!!!」

陸の方からさっき聞いたばかりの怒声がした。

見下ろすと、夜闇でも目立つ濃い紅色の服に月の光を浴びた金髪が。

「アンタなんつータイミングに戻って来るんスかァァ!!あたしらの手間をかけるんじゃないッスよ!!!」

船の下から似蔵さんに噛みつくまた子さん。

「あぁ、今戻ったよー」

軽く受け答える(?)似蔵さん。

「戻ったよーじゃねェェェェ!!!」

近所迷惑じゃないんだろうかと思うほどの大声で叫びながら船へ乗り込んでいった。

あ、近所迷惑とか気にしないんだよな、この集団は。

「おっと…」

と呟いて、似蔵さんは甲板から逃げ出した。

「!?え!?似蔵さ……」

もう姿はなかった。

つい先程まで彼が立っていた所には、月の光が落ちているだけだった。


…要するに彼は、紅桜を自慢したかっただけなのかもしれない…。


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