(3)真選組に会いました

階段を登り、桜の襖の前を通り過ぎる。

その2つ隣の襖の奥に声をかけてみる。

「万斉さん、いらっしゃいますかー?」

返事はない。

「万斉さーん?」

…いないのか、それとも寝てたりしてるんだろうか。

そういえばさっき高杉さんのところにいたとまた子さんが言っていた。

仕方なく高杉さんの部屋を訪ねようとしたときに、
静かに襖が開いた。

「なんでござるか?」

いやいたなら最初に呼んだときに出てきてください。
危うく高杉さんトコ行って恥かくところだったじゃないですか…!

思ったことは心中に留めながら、万斉さんに書類を差し出す。

「これを貴方に運んでくれってまた子さんに頼まれたんです」

俺の腕にある、【対戦艦用機械機動兵器紅桜】の字が刷られた表紙を少し眺めてから、
「ああ」と思い出したように声をもらす万斉さん。

「いやはやご苦労でござった、それは預かるでござるよ」

そう言って、ひょいと俺の腕から紙の束を持ち上げる。

「それについて詳しく聞いてこいって言われたんですけど…」

襖を開けっ放しで束を棚に置きにいく万斉さんに声をかけてみた。
その室内にはギターやら三味線やらが放られている。

「また子殿がそう言ったのでござるか?」

彼は少し驚いたように俺を振り返った。

「そうですよ?」

そのまま答えると、万斉さんは悩んだように腕を組み間をおいて口を開いた。

「ぬしにはまだ早かろう。時期に、いや、もうすぐわかるでござるよ。」

この場合の『早い』は
『まだ幼い』ではなく、
『入って間もない』という意味だろう。

「…わかりました。」
俺は素直に頷いた。

気になるが、【対戦艦用機械機動兵器】とか正直怖すぎるだろう。


〜〜♪


突然、どこかから江戸で人気のアイドル、寺門通の【お前の母ちゃん何人だ!】という世にも奇妙なタイトルの歌が流れ出した。

俺も何気にちょっとファンだったりする。

「え!?」「あ」
びっくりした俺の声と、気の抜けた万斉さんの声が重なる。

万斉さんはジャケットのポケットから、【お前の母ちゃん何人だ!】が流れる携帯を取り出した。

この人もお通ちゃんのファンなのか…実に意外。

「失礼、」と俺に呟き、
「あーもしもしお通殿?」

……え?

「ああ、今度のポリ公なんざクソくらえの曲の方でござるか、それなら楽譜の方を先日マネージャーさんに渡したでござるよ?」

この人、まさかお通ちゃんの知り合いなのか……!?
すぐに訊きたいけど電話中。

「いや、あのー、青いファイルあったでござろう、あれに入れて渡したでござるよ?……え、捨てちゃった!?何をしてるでござるか!全く…じゃ明日までに届くように飛脚に届けさせるでござる…はい、じゃあ失礼するでござる」

彼はため息をついて携帯のボタンを押した。

「えっ、ば万斉さんってお通ちゃんの知り合いなんですか!?」

俺はあわてて訊ねると、

何食わぬ顔で

「そうでござるよ?というかプロデューサーでござる」

彼はさらりと衝撃的な事をはいた。

「…ええええ!?つ、つんぽさん!?」

「プロデューサーのときはそう名乗ってるでござる」

キリリと言い切った。

嘘だろ………
国民的アイドルのプロデューサーが、幕府を滅ぼそうとしてる人斬り…。

…すごいギャップだ…



「あ、封筒がないでござる」

そう言うプロデューサーは、いつの間にかに部屋で引き出しをごそごそと漁っていた。

「すまぬが、かぶき町の郵便局で、ちと茶封筒を買ってきてほしいのでござるが……」

チラリとこちらを見て言う。

早速鬼兵隊と関係ない私用の仕事来た、
本当にただのパシりだなコレは…!

「…はい…わかりました……」

その返事を聞くと、俺に札をヒラリ、と渡す。

「暗くなってきたから気をつけるでござるよ。」

彼は俺に札を握らせて優しい忠告をする。

万斉さんの部屋の開きっぱなしの窓をふと見た。

太陽と空が茜色に染まっていて、雲に隠れて月が出かかっている。

もうそんな時間か。

「行ってきます。」

俺はそう言って部屋を後にした。


…………そして。

道に迷った。

かぶき町は広い。
慣れたところなら何て事はないがこの辺りは全く来ないから知らないのだ。

……怒られるだろうな………。

日はもう落ちて、俺にお使いを頼んだあの人の服のような色の空。

半月より少し満ちた月が雲をかぶって出ている。

行き交う人は、皆友達や家族、恋人と一緒で話しかけづらい。

だけどさすがに訊かなきゃなぁ、と思い、決心してそこを歩く人に話しかけようとした。

その時。

「おい」

ざわめいている人の声の中、喧嘩腰な男の声が後ろからした。

……俺じゃないよな?

そのまま行こうとした。

「おいちょっと待て坊主」

いややっぱり俺!?

恐る恐る振り向いた。

俺に声をかけてきたらしい喧嘩腰な男と、もう一人その少し後ろに地味な男が俺を見下ろしていた。


瞳孔が開いた切れ長な目、黒い短髪に、くわえ煙草が特徴的な男は何を怒っているのか今にも刀を抜きそうだ。

その後ろの男は、特に特徴のない黒髪に黒い瞳の、どちらかといえば手前の男と違い好青年という感じだった。

何より俺の目についたのはそいつらの着ていた洋服。

所々黄色いラインの施されているが黒い革製のかっちりとした制服。

これは他でもない、
武装警察真選組の隊服だ。

真選組は、幕府や将軍に歯向かう攘夷志士を狩り江戸の平和と秩序を護るという言わば攘夷志士の天敵。



…で、なんで俺が話しかけられたんだろうか。

「…何ですか?」

鋭い目付きの男は、

「廃刀令って知ってるか?」

俺を睨みながらそう言った。

俺は腰に刀をさしていたことに今気づいた。

これはヤバい。
ガキとは言えど幕府の命に逆らう奴は見逃さないと聞いたことがある。

俺は心の底で舌打ちをした。
仕方ない、こうなったら……!

「この刀は、自分の親父の形見なんです…」

うつむいて、着物の裾を握りしめて俺は言った。

「母は自分を産んだときにもう命尽きて、親父は不器用ながら自分を一生懸命育ててくれました…
これ以上大切なものはない、母が残してくれたお前は俺の宝だって言って…」

真選組隊士2人は、不審げに俺を見ている。

「親父は道場も開いていて、俺にも他の子達と同じように剣術を教えてくれました…自分は親父が大好きでした…だけど…道場経営と子育てで、疲労がたまって病死してしまったんです…でも最期に、ろくに動けやしないのに自分にこの刀だけを渡したんです…お前の御守りだって…」

ここで俺は目元を拭う。

男の格好のままで使えるかどうかはわからないけれど、泣き落としだ!

自慢じゃないが、これで俺は職を得て命を繋いできた。

そして、悲観的に話しているがこれは結構実話である。

「自分が、産まれてこなければ親父は死ななくてすんだのでは、と思うと悲しくて悔しくて仕方ないんです…っ…だけど自分は親父が命はって育ててくれた…それをいつも忘れないために…刀をさしてるんです………」

さっき刀を腰にさしていたことすら忘れていた俺は、そう言ってさらにうつむく。

「……山崎。」

手前の男が口を開いた。

「…こいつは見なかったことにしろ…。」

俺は、潤んだ目で2人を見上げた。

そして驚く。

くわえ煙草の、喧嘩腰だったあの男が目元を抑えて山崎と呼ばれた男の肩にもう片方の手を添えているのだ。

ここまで絶大な効果が出るとは思わなかった。

「また貴方は…。確かに可哀想ですけど、涙もろいのいい加減にしてくださいよ?」

山崎と呼ばれた男が呆れたように言う。

「ひーじかーたさぁーん」

2人の後ろから、ゆるい気だるそうな声がした。

こっちにむかって、真選組隊士がもう一人歩いてきた。

赤茶色の丸い瞳でこちらを見据えて、栗色の髪をゆらしながらだるそうに歩いてくる童顔な真選組隊士。

歩いてきた彼は、涙ぐむ男の顔を覗きこみ挑発するかのように江戸っ子口調で喋りだす。

「あり?土方さん?泣いてるんですかィ?マヨの副長…じゃなくて鬼の副長の身に何があったんでィ?」

………待て。

土方さん?副長?


もしやこの涙もろい人、
真選組副長、鬼の副長の土方十四郎!?

「うるせぇよ……んで、一番隊の方は何か情報つかめたか?」

目から手を離し、斜め上を向きながら何回も瞬きをしながら問いかける副長。

それにたいしてさっき来た男は、幼さの残る顔ににやりと笑いをうかべた。

「えぇ…とんでもない情報が得られやしたぜィ土方さん……」

少しためて言葉を続ける。
「なんと、さっきテレビつけたら【渡る世間は鬼しかいねェチクショー】が再び放送されてたんでさァ!!」
「お前一体何してんのォォォ!?」

爽やかに言い切った部下にキレだす副長さん。

「お前見廻りバリバリサボってんじゃねーか、屯所でテレビ見てたんじゃねーかよ!!俺は辻斬りの情報集めてこいって言ったんだバカ!」

「安心してくだせェや、テレビは近藤さんが使ってたんで俺ァ屯所の縁側でワンセグで見やした」

「俺はどこをどう安心すればいいんだ!つか近藤さんまで何してんだよ、しかも録画さえしてねーのかよ!!」

おちょくってる部下の胸ぐらを掴んで怒って叫ぶ。

「まぁまぁ、副長も沖田隊長も落ち着いてくださいよ!」

後ろの山崎がなだめる。

沖田隊長、ってことはこのサボってた男は一番隊隊長、斬り込み隊長と呼ばれる沖田総悟みたいだ。


真選組の主軸には
鬼の副長土方、
斬り込み隊長沖田に、
彼らを統率する局長近藤がいる。
その他にもいくつかの隊や密偵があるのだが。

その3人のうち2人に会っちった…。

「とにかくまた辻斬りの調査行くぞ」

煙草の煙をはきながら命令を下す土方。

「へい」と他の2人も返事をして、3人はこちらに背をむけて歩き出した。

歩き出した土方は足を止め、俺に「坊主」と呼びかけてくる。

「……はい…」

「何か困った事があったら真選組屯所に来い。出来ることなら力貸してやる」

少し振り向き、先程と違う優しい目でそう言った。

…俺が真選組屯所に行くとしたら襲撃か密偵だろーよ…。

ふと思い付いて俺は訊いた。

「ありがとうございます、あの、すいません郵便局の場所を教えてくれませんか?」

真選組のお偉い2人は、目を泳がせた。

すると、山崎という男がニコリと笑って説明してくれた。

「結構遠いですよ?そこの蕎麦屋を左に曲がってしばらく歩くとですね、スナックお登勢と万事屋銀ちゃんって店があって、その前の通りを右に行くと、十字路があるんですよ。その十字路に出れば見えますよ!」

「この頃夜に辻斬りが出てるんで、気をつけなせェ」

さらさらと言われた説明に、ちょこりと忠告を付け加える沖田隊長。

俺は頭を少し下げて、
「ありがとうございます!」
と礼を言い、蕎麦屋の方へ足を進めた。

……あああ、敵に借りを作っちった…

後ろから小さく話し声が聞こえた。

「…土方さん…嫌なにおいがしやすぜィ…」

「何?」

「あの少年からですか?」

「攘夷浪士と関係があるってことか?」

「いや、土方さんから今日は一段と煙草とマヨネーズのにおいがする、ってことでさァ」

「てめ、意味深げな事言って何失礼ぶっこいてんだオラァァァ!!」

…強い人っていうのは、大抵意味のわからない変人なのかもしれない……。

今日一日を通じて、俺は思った。


しばらく歩き、【スナックお登勢】という店と、その二階に【万事屋銀ちゃん】という看板を確認し、右へ進む。

…万屋って武器屋の事じゃないんだろうか。
【万事屋】の【事】ってなんなんだろう。

そして言われた通り、十字路の向かい側に郵便局が見えてきた。

郵便局の中の、時計の針の指す時間は19時27分。

怒られる。

そう落ち込み、買った茶封筒を抱えて郵便局を出た。


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