【41】

(185) 一年間のお別れ

新八達の冬休みが終わる頃、銀八は新八と、新八の家で一緒に遊んでいた神楽を訪れた。

「世話になったな。世話もしたな。むしろ基本世話しかしてねぇな。」

二人の家庭教師を続けるのはここまでだ、と伝えに来たのである。

「もうやめちゃうアルか、銀ちゃん…」

もともと三ヶ月程前に切り上げる契約だったのを、銀八の体力と気力の限界まで引き延ばし、去年いっぱい銀八は二人の家庭教師として仕事をした。

教員試験に絞り込んでいたため就活に力を入れていなかったが、今年に入ってしまうともう初夏には試験、秋頃には結果が出る。

二人の受験の年になってもう終わりというのは銀八自身あまりにも無責任だと思い後ろめたさを感じていた。

その二人は、大学三年生の銀八がもう自分達と同じ進路の分岐点いやそれ以上の人生の分岐点に立っていることくらい理解していたので、驚いたりはしなかった。

「…今まで、ありがとうございました」

「ご飯作ってくれたりもして、楽しかったアル」

「……あぁ」

寂しそうな顔でそう言ったと思ったら、
二人は顔を見合わせ何かを企んだようににやりとした。

「銀さん、絶対に先生になってくださいよ」

「私も立派なJKになるアル!」

その笑みの意味はよくわからなかったが、二人の言葉に銀八は笑顔を返した。

これでこの子供達とはさようならなのだと思っていたのは自分だけとは、知らずに。


〜〜〜〜〜


(186) 新参者


新学期が始まり一ヶ月、雪が降った。
晋助や銀八の住むあたりで積もるほどの雪が降るのは珍しく、晋助はカーテンの奥の白に目を細めた。

学校に行く前に、少し寄り道して真っ白になった町を散歩してみようと晋助は少し早く家を出ることにした。

尖るような寒さを感じて冷たい指先をポケットに突っ込みながら、いつぞや不良少女達に絡まれた公園に足を伸ばしてみる。

「……ほぉ」

いくつか小さな足跡が残った公園は、登り始めた太陽を浴びて銀色に輝いていた。

その雪の中に足を踏み入れたかったが、流石に中学生にもなって大人げないかと思いそのまま学校に向かおうとした。

「んぎゃああぁっ!!」

その瞬間、すぐ近くから少女の女らしくない悲鳴が聞こえた。

「!?」

声の主を目でたどると、見覚えのある金髪。
金髪の少女――来島また子が、雪の上で尻餅をつき悶絶していた。
足元は、除雪しきれずに凍った雪。
ああ、滑ったのかと察し晋助は彼女に歩み寄った。

「手でもかしてやろうか?」

なんてことない、親切心のつもりで晋助は彼女に手を差しのべる。
降ってきた聞き覚えのある声に、涙目のまた子は慌てて顔をあげた。

「し、んすけ様……」

彼女は顔を真っ赤にして晋助を見上げると、我にかえりコートのポケットからパチンコを取り出した。

「敵に手を貸すとはどういう了見っスか!情けをかけるんじゃないっスよ」


「…別に俺ァまだお前を敵として認識する理由がねぇ」

あの後、武市に少し彼女達について調べさせた。(女子中学生についてなら喜んでと自ら調べに行った)

そしてわかったことは、ただの反抗期の少女の集まりなので晋助の追いたい連中とは関わりがないこと。
それなら特に喧嘩する意味も必要もない。

「……お前冷えないのか、早く立った方がいいんじゃねぇの」

また子は晋助にそう言われ、体温で溶けた雪で下半身が冷えていっていることを思い出し晋助の腕をおずおずと借り立ち上がった。

「い、一応礼は言うっス」

「別に構いやしねぇけど」

また子はパチンコをしまい、晋助を見つめる。

((ああ素敵っス晋助様…!私、やっぱりこの人の敵で居続けるなんて無理っスよ、こんなに優しくて紳士的でかっこよくて…なのに…運命を呪うっスまるでロミオとジュリエット…私はもうあの娘達を裏切ってでもこの人を……))

また子の心はもうここで決まってしまった。

「じゃあ」

「ま、待ってください晋助様!!」

もう行こうとしていた晋助呼びかけられ振り返ると、また子は晋助の袖を掴み懇願するように声をあげた。

「私を、晋助様の傘下に…仲間に入れてほしいっス!!」

「はぁ?」

晋助は唖然としてまた子の顔を見る。

「何でもするっス!パシりにでも何にでもしてくれて構わないっスから、お側に置いてください!」

「いや、あの……俺達は…」

「お願いします!晋助様!!」

また子の押しの強さに言葉も何も失い、晋助はよくわからないまま頷いた。

「!ありがとうございます!あっ、自分来島また子って言うっス、よろしくっス!」

「……ああ」


〜〜〜〜〜


(187) 引っ掻き回され

特に用なんてなかったが、新年に入ってからあまり会っていなかったと晋助は気まぐれで電話をかけた。

「もしもし銀八か?」

『銀さんだぜー、どうしたいきなり』

「特に用はねぇけど…今時間あるか」

『あるある。俺も今かけようとしてたんだよね、』

「マジかよ」

『ああ』

お互いにクスクス笑ってから、とりとめもない話をした。
大学の食堂の新メニューがまずいだとか、最近テレビで見かけない芸人の話だとか、今日積もった雪の話とか。

「そうだ、雪と言えば今日変な女子に言い寄られた」

『言い寄…!?』

銀八はガタンと音をたて座っていたベッドから立ち上がった。

『おい銀八?なんかでけぇ音したけど』

「あ、いや大丈夫それより言い寄られたってお前それお前」

『言い寄られた…ってか…なんか仲間にしてくれって頼まれた…』

「そ、そうか…仲間にしたのか?」

『一応…あまりにも押しが強くて』

怪しい女の影、と女子中学生相手に銀八は警戒体制。

「ど、どんな子なの?お前の仲間になりてぇってことは不良っぽいワケ?」

『女子のヤンキーチームの偉い奴だからな。パチンコとか持ってたぜ、腕はどうだか知らねぇけど』

「ふ、ふーん?で、そのえっと……他には…?」

『他?』

「あーえー……見た目とか…」

『金髪のつり目。で、スカート長くて』

「そ、そう。可愛かったりすんの?」

『……』

携帯を握る銀八は、おかしな汗をたらたらかきながら晋助のその少女への印象を聞き出したかったのだ。
可愛い、とか、ちょっと気になる、だとか言われたらどうしよう。
十年以上一緒にいたって、自分と晋助の間柄なんてはっきりと名をつけられるものじゃないことを、男である自分が晋助に抱いている感情は許されないことだというのも、銀八は晋助よりも理解している。

のに、これから晋助の近くに長くいることになる(しかも相手は晋助を好いていることは明白)のことをわざわざ聞き出し、無意識のうちに対処法を必死でひねり出そうとする頭。

中3になろうとしている晋助の成長の早さに焦っているのかもしれない。
本来ならもう晋助の見た目と性格なら五人くらいは軽く彼女を作り背伸びした恋愛を繰り返していたっておかしくないのだ。

「可愛いかどうかはよくわかんねぇ。普通だろ多分」

一方晋助も突然また子の存在に興味を持ち出した銀八に困惑していた。
何故そんなに聞いてくるのか。
なんとなく腹がたったし、自分を通じて彼女と知り合いたいんだろうか?年下好きなんて思わなかったがまさか、なんてことすら考えてしまう。
俺は、銀八が好きなのに。

入れ違ったまま、互いに言葉につまり電話を切った。

銀八は電話を切ってから頭を抱え込んでどうすりゃいいんだと呟き、晋助は銀八のロリコン野郎、と舌打ちして壁を蹴った。


〜〜〜〜〜


(188) 機械オタク

それから1週間ほど、来島また子とは接点がなかった。
まず学校が違うのだから当然といえば当然だが。

職員室からは死角で日の当たるという絶好の場所を探し当てた晋助は、その穴場で一人うたた寝するようになった。

家では、部屋の向こうの人気がどうしても気になるのだ。
以前はそうでもなかったのだが、今の家では正直味方が少なく安心できないというのもあるのだろう。

誰もいないところの方が楽なのだ。

だがその場所も、今日は先客がいた。

その先客は、なにやら手作り感溢れるソーラーカーのようなものを、小さなリモコンで動かしては修理している。
やっていることが正直中学生とは思えないが、確かに制服を着た少年。
制服はちゃんと着ているが、腰にドライバーやらステンレスの物差しやら細かい作業道具のはいるウエストポーチを巻きつけている。

彼は、晋助がこちらを見ていることに気づくと車を抱き上げ晋助に声をかけた。

「すいません…ちょっとソーラーパネルの調子が確認したくて少し場所借りてました!」

晋助は驚いた。
この少年、自分がいつもここにいることを知っていたのか。

「…お前、なんで…」

「俺もいつも技術室でサボってるんです、ほら」

彼が指をさした先には確かに技術室があり、しかも今いるこの場所は大きな窓から丸見えだ。そういうことか。

「高杉先輩、でしたっけ」

「名前まで知ってんのか…」

「竹刀抱えた隻眼の不良 高杉先輩、学校中で有名ですから!」

「先輩、ってことはお前は一年生か?」

「はい!平賀三郎っていーます、三郎って呼んでください!」

やたら楽しそうに笑う三郎に、悪い印象など見当たらず晋助も「ああ」と小さく返事を返した。

「…それ、何なんだ?」

三郎の抱えた車に少し興味を持ち、訊ねてみると三郎はパッと目を輝かせ嬉しそうにそれを見せて解説してきた。

「これですか!一口でいってしまえばまぁソーラーカー何ですけど自己流にアレンジしてあって太陽の元なら手足を取り付けてロボットにもなるように設計したんですあと防水加工もためしにやってみたんで──」

熱い口調で語りだした。最初はびびった晋助もその熱意と機械作りへの愛が伝わってきて相槌をうって聞いてやった。

ふと我に返った三郎は、晋助に謝った。

「すいません、つまんねぇ話をいっぱいしちまいました…こういう話聞いてくれんの親父くらいで…」

「別につまんなくもねぇよ。語れることがあるっていいことじゃねぇか」

「!!」


それから、三郎に気に入られ晋助は「外は寒いから技術室の物置で寝るといい」と勧められそうするようになった。


〜〜〜〜〜


(189) 塾での生活

「う〜……塾イヤアル…」

「でも行かないと合格できないから、神楽ちゃん頑張ろう」

銀八が家庭教師をやめ、二人は地元の高校受験対策のための塾に行くようになった。

「でも私頭悪いから新八とクラス違うアルし…それに、」

三段階に別れたクラスの中で、神楽は一番下のクラス、新八は真ん中のクラスに振り分けられたのだ。

その一番下のクラスには、神楽の宿敵がいた。

「じゃあ、これで。また一緒に帰ろう」

「うん。じゃあネ新八」

教室の前で新八と別れ、座席表にかかれた席につく。

その前の席には栗色の髪の男子。

「今日は弁当持ってきやしたかィチャイナ娘」

沖田総悟がニヤニヤしながら神楽を振り返った。

数日前に、ただでさえ大食らいの神楽が夕食の弁当を忘れてあばれ、塾の講師が仕方なく金を出し合い軽い食事をさせたのだ。

「今日はちゃんと持ってきたアル。馬鹿にするんじゃないネ」

「馬鹿に?先生方に迷惑かけんなよって話をしてんでさァ」

「ぐぬぬっ…お前こそ先生が計算ちょっと間違えたくらいでやたら冷やかすのやめるヨロシ」

「生徒に指摘された悔しさを思い出した時の表情が好きなだけなんでィ、」

「まぁまぁ総悟」

沖田の隣の席で仲裁に入ったのは、彼と同じ中学の近藤勲。
なぜか沖田は近藤にやたらとなついていて、「うーい」と軽く返事をして前に向き直った。

この二人顔を会わせる度些細なことで喧嘩したりちょっかいを出しあったりしている。

それは、隣の教室にもたまに聞こえたりする。
新八と、沖田達の同級生である土方は神楽達の教室の隣の教室で授業を受けているのだが神楽達の教室から物音がする度呆れ顔だ。

新八は帰り際まで喧嘩してばかりの二人に「二人は仲が良いんだね」と言うのだが、その度神楽に殴り飛ばされていた。


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