【40】
(180) ××も風邪をひく
クリスマスイブの朝、銀八からのメールを見た晋助は絶句した。
「…んの馬鹿…!!」
久々に会う予定だったのに、動揺とショックがいっしょくたになって舌打ちし、それでも煮えきらずに枕を殴る。
そしてすぐさま身支度を済ませ、コートをはおり財布を持って屋敷を飛び出した。
途中万斉から電話がかかってきても、
『ああもしもし晋助、今日これから拙者等とクリスマスパーティ「また今度な!」
と、雑にあしらうほど。
コンビニに寄り道をしつつ、晋助は夏休み世話になったあのアパートへ向かっていた。
中で彼が寝ているのでは、起こしては悪いのではなどとも考えたが、寒い中外で待っているのは自分が辛いと思い晋助はインターホンに指をのばす。
ピンポーン、と鳴った音に銀八は目を覚ました。
((だるぃ……どうせババアかセールスだろ…まぁいいや))
また目を閉じてうつらうつらし始めると次は携帯に電話がかかってきた。
「……ん…?…はっ、晋助!?」
画面に表示された字に銀八は思わず掠れた声をあげ、通話ボタンを押す。
「し、晋助?昨日俺メール……『開けろ。』
「……はぃ?」
不機嫌そうなこの声は今、何と言った?
『ドア、開けろ』
まさか、と思い銀八は半纏を羽織りベッドから抜け出しドアを開けた。
そこにはスマホを耳に当ててぶすくれた晋助の姿。
「…晋ちゃん…!」
なぜここに、と聞く前に晋助は銀八の横をするりと抜けて部屋に入っていく。
「あの、えっと晋助……」
「何だ」
「何だじゃなくてさ、銀さん風邪ひいてんの。うつっちゃうだろ」
「せっかく見舞いに来てやったのに何だ、不満でもあんのか」
銀八はまた言葉につまった。
晋助の見舞いに銀八が行くことならよくあるが、その逆だなんて。
何だか嬉しくて感動した。
「でもよォ晋助…お前うつったらどうすんの」
「その時はその時だし、最近俺風邪ひかねぇ多少身体強くなってるから」
晋助はコンビニのレジ袋から風邪薬とスポーツドリンク、プリン等を取り出してテーブルに並べていく。
「薬は?飲んだのか」
「いや、まだ……」
「お前の風邪はどこからだ」
「はっ?」
「どこだ?喉?熱?」
「あぁ…えー…喉?」
「じゃあほら、銀のベ○ザブロック」
「ベン○ブロック三色買ってきたの!?アホなの!?そんなに飲まねーよ!!」
「だってわかんねぇし。ほら飲み物。食えそうならゼリーも食え」
いつもとはまるで逆で、てきぱきと銀八に指示を出す晋助。
「お、おう…こんなに買ってきてくれたのな、悪ィ…後で金は返す」
「いらねぇよ。ほら、寝ろ寝ろ」
晋助は銀八が薬を飲んだのを確認すると彼をベッドに押し倒してからテーブルの上のものをせっせと冷蔵庫に運んでいった。
((思わぬクリスマスプレゼントが来たよ……風邪ひいて良かったって思えるから怖ぇな…))
今年のプレゼントは晋助からの看病。
〜〜〜〜〜
(181) 愛らしいプレゼント
銀八が眠ってから、晋助は数時間おきに冷えピタを貼り直したりしつつ彼の部屋の小説を読んでいた。
大学の課題などで増えたであろう古い純文学は晋助には難しく、最近書店でよく見るベストセラー推理小説なんかを選んだ。
この部屋にホラー小説がないのは銀八が怖がりだからであることは言わずもがな。
「んー…晋助…」
「起きたのか」
「あぁ。今何時?」
「12時をまわったところだ」
「12時か…晋助腹減った?」
「大丈夫だ。コンビニでおでんと中華まん買ってある」
「あ、そう……」
中学生にもなると随分しっかりするなぁと熱っぽい頭で考えながら銀八は起き上がる。
「銀八は?あんまん食うか?それともケーキっぽいもん買ってきたけど」
「ケーキ?」
銀八が冷蔵庫を覗くと、そこには『Merry X'mas』とかかれたパッケージにはいった市販のショートケーキが入っていた。
「本当だ…一個しか入ってないけど晋ちゃんの分は?」
「俺はんな安いケーキいらねぇから」
そういえば晋助は本来甘いものはそんなに好きでなかったと思い出す。
彼が食べてくれるのは銀八の手作りくらいのもの。
それを認識したら、銀八は熱がさらに上がりそうになった。
「じゃあこれもらうぜ」
「ああ」
買ってきてよかった、と可愛い人が小さく呟いた声が聞こえて銀八はその場に倒れこみ悶えた。
「銀八!?おま、馬鹿寝てろ!」
「あっうん、ごめん…」
〜〜〜〜〜
(182) 年末の
『銀八ィ…風邪ひいた…』
「だから言わんこっちゃねぇ!うちのベンザ○ロック持ってくから!何色だ?銀か、お前も銀か?」
『いや、もうかかりつけの医者に処方してもらったから薬はいらねぇけど……お前大晦日なんだし今日くらい実家帰れよ…』
「実家行くつもりだったけど晋助の家先行くから」
銀八は着替え等が入ったバッグを肩からさげて晋助の屋敷へむかった。
「坂田さん?今日は坊っちゃん風邪をひかれているので面会の方は──」
「あーあの、ちょっと顔見たら帰るから!見舞いだから!な?」
「はぁ……まぁ坊っちゃんがよろしいのなら構いませんけど……」
晋助の世話係の使用人達にも銀八はすっかり顔を覚えられ、他の客人とは違う特別待遇を受けていた。
部屋に入り、銀八は盛大に吹いた。
「晋助、お前っ……」
片目には眼帯、口元にはマスクをつけていて晋助の顔は四分の一しか見えていなかった。
「つけるならどっちかにしろよっ……くす…」
笑いをこらえきれない銀八を、じとりと眺める晋助。
「しゃーねぇだろ、咳出るけど使用人が出入りするんだ」
「あぁうん、まぁいいけど」
咳は多少していたが、子供の頃に比べたら少し楽そうだ。
銀八は晋助のベッドに腰をかけ、前髪をはらって額に触れた。
嫌な熱っぽさ。
「熱いな」
「ん……お前手、冷たいな…」
晋助は銀八の手の冷たさに、まるで猫のように気持ち良さそうに目を細める。
「ちょっとそのままにしてろ」
「いいけど…冷えピタとか買ってきてやろうか?」
「いや、これでいい」
銀八の手を熱っぽい手で弱々しく押さえ額を冷やす。
「…ちょっと眠ィ」
「寝るんだろ?眼帯くらい外せば?」
「んー……」
片方の手を眠たげな晋助のほんのり赤い耳にのばして眼帯を外してやると、固く閉じられた目に消えない傷跡。
逆の手は晋助の熱で温まっていく。
「外したぞ、寝ろ」
傷の痛々しさに相対して、彼が小さく息をついてうとうとする様はまるで子供の頃のそれで銀八はむずがゆかった。
〜〜〜〜〜
(183) 誘っては断られる万斉
銀八は晋助が眠っている間に書き置きを残して実家に帰ってしまっていた。
ぼんやりテレビを見ていると、万斉から電話がかかってきた。
『晋助ー、もしもし拙者でござる明日時間があるようなら共に初詣──』
「風邪ひいてるから行けねぇ、悪い」
『年の終わりから頭にかけて風邪とは災難でござるな。でも来年でなくて良かったと言うべきか』
「来年…ああ」
来年、晋助達は高校受験を控えた3年生になる。
銀八も大学4年、学生最後の年だ。
『では、長話は体に響くからな。しっかり休んで体調を治すでござるよ。』
「あぁ、すまねぇな……良いお年を」
『一年間世話になったでござる、良いお年を』
電話を切ると、テレビでは演歌歌手が華やかな服装と演出で歌っていて、何となく孤独感に苛まれる。
使用人も住み込みの者以外はほとんどが帰省していて、大して顔をあわせない両親はパーティーやらの予定があって数日前から留守にしている。
そのせいかいつもよりやたら静かに思えた。
なんてことはない、いつも通りだと自らに言い聞かせベッドに深く入り込む。
寒く、一肌が恋しく感じるのは熱があるせいだ、と。
〜〜〜〜〜
(184) 娘
銀八が実家で年を越して、アパートへ帰ってくるとアパートの前によく見る人影があった。
「ババア来てたのか」
「年も明けたってのに変わらずふぬけた面だね、しゃきっとしな。」
「このクソ寒いのにしゃきっと出来るかよ、」
お登勢の陰に、もう一人お登勢より少し小さな人がいることに気づいた銀八は幽霊かと体を強張らせた。
「…バ、ババア……そっちの…」
「ああこの子かい。あたしの娘だ」
緑色の着物を着た、黒いおかっぱの娘が銀八と目を合わせる。
日本人とは思えない顔の濃さと、なぜか頭についている猫耳に銀八は訝しげに首をかしげた。
「娘ェ…?」
お登勢に娘がいるだなんて話を聞いたことはなかったし、確か旦那を若くに亡くしてから一人だったハズだ。
「ハジメマシテ。私キャサリントイイマス」
「あー…どうも…」
彼女の存在だけならずカタコトな話口調に戸惑い、銀八はお登勢の方に目をやった。
「外国の娘なんだけど、日本に旅行に来て飛行機事故に巻き込まれたらしくてね。親がいないんだと、だから私が新しい親さ」
それを聞いてなるほどと銀八は理解した。
「その両親っての、あんたの知り合いだったのか」
「いや、全く知んないね」
「じゃあ何でその子供と知り合ったんだよ」
「色々あったのさ」
縁も何もないであろう子供を娘として育てるなんて相変わらずお人好しだ、と銀八は苦笑いしてしまう。
「銀八、先月の家賃まだ出てないよ」
「あれ?そうだっけ?」
「とぼけるんじゃないよ!さぁ出しな!」
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