【39】
(175) 安い夕飯
「最近眼帯の中学生が強ぇって噂、知ってるか」
夏休み以降、晋助が多少派手な喧嘩をするようになってから、眼帯と竹刀がトレードマークの不良として彼は少しずつ人に知れていった。
校内でも、一部の人間はそれを知って晋助達と距離を置いたり、目をつけて喧嘩を売ってきたり、態度が様々に変わっていった。
それと同時に季節も移り変わり、秋も終わろうとしていた。
「晋助、放課後暇でござるか」
「ああ。何か用か」
「拙者コートを買いに行きたいでござる、付き合ってはくれぬか」
「女子かよ。まぁ、構わねぇけど」
万斉にそう言われ、放課後彼と一緒にデパートに向かった晋助であったが、いつの間にかに服屋ではなくデパート内のファーストフード店に連れ込まれていた。
「……おい、ここにはコートは売ってねぇぞ」
「もう11月でござる、コートを買うには遅いでござろう」
「はぁ!?じゃあ何で今日──
「お次の方どうぞー」
前の客が注文を済ませて、晋助の番が来たので彼は不服そうに温かい紅茶を注文する。
万斉も適当にハンバーガーを注文して、二人掛けの席に移動した。
「飯が食いたくて来たならそう言えよ」
「晋助は家に夕食が用意されているでござろう。断られると思った故」
「お前だっていつも家で食うだろうが。今日親が留守なのか?」
「母親が出ていったでござる」
目の前の少年は、ハンバーガーにかぶりつきながら、先程と何も変わらぬ様子でそう言い放ったので晋助は理解が遅れた。
「………え、」
「父親の暴力に耐えられない、と言ってな。14年我慢出来たのにどうしていきなりそうなったのかは拙者にも理解し難いでござる」
「……お前を置いて、出ていっちまったのか」
「いかにも」
二年前、自分に毒を吐いて屋敷を出ていった女の後ろ姿がフラッシュバックする。
自分と同じ髪色に吐き気がした。
「俺のところも、母親は出ていったぜ」
晋助の言葉に万斉はきょとんとした顔をする。
「?そんな話噂でも聞いたことはござらんよ?」
「俺がこっちに引き取られる前の話だ。この辺で知られてなくても不思議はねぇな」
「そうだったでござるか」
お互い、だからと言って不憫がったり哀れみの目を向けたり、嘲笑したりしない。
その距離が万斉にとって本当に心地良いものだった。
「待っててやるからさっさと食っちまえ」
「承知」
〜〜〜〜〜
(176) 紅い弾丸
「来島先輩!例の高杉って奴、今うちらの学校の付近にいるらしいっすよ!」
夕方の、とある中学の冷えた校舎裏。
スカート丈を伸ばして竹刀やらを抱えた女子生徒の集団がそこでたむろしていた。
その中学は、晋助が万斉に連れられていったデパートのすぐ近くにある。
「ついに時は満ちたっス…!行くっスよ!」
彼女達をまとめている、金髪の女子生徒─来島と呼ばれた少女は、声をかけ立ち上がった。
周りの少女達も立ち上がる。
彼女達は、いわゆる一昔前の不良集団。
『紅い拳銃』と名乗りをあげ、この中学とこの付近にある高校のやさぐれた女子生徒達が、この地域を徘徊している。
その中でも、中学生と高校生に一人ずつリーダーがいて、それぞれ『紅い弾丸』『紅い閃光』という数年後後悔するのではと心配になるほどの厨二病な通り名を使い彼女達をまとめていた。
「あたしらのシマを荒らす奴はこの紅い弾丸がしっかり取り締まるっス…!公園で待ち伏せしてやるっス!」
寒空の下、彼女達はデパートと学校のちょうど中間にある公園へ歩みを進めた。
〜〜〜〜〜
(177) 不戦勝
「寒いな…」
もう夜の六時をまわり、すっかり暗くなった帰り道。
気が早いクリスマスのイルミネーションがちらほらとついて、人通りの多い道はぼんやりと輝いていた。
「こんな時間まですまないでござる…」
「気にする事ァねぇよ」
本人は痛くないらしいが、横にいる晋助の眼帯が痛々しくて思わず「目の調子はどうでござるか」と問いてみる万斉。
「何だいきなり。別に、見えないけど痛くはねぇから」
「不便でござろう」
「まぁ………なぁ。」
既に慣れ始めていた眼帯の存在。
晋助は左腕の指先で触れ、寂しさにも怒りにも似た感情を覚える。
「?何でござるかあれは」
少し抜けた万斉の声に振り向くと、行きにも通った公園に何やら大人数の人影が見えた。
「?」
そこにいた、自分達と同い年くらいのたくさんの少女達は明らかな敵意を持ってこちらを睨み付けている。
「どうするでござるか」
「……強行突破」
表情一つ変えずに晋助は公園に足を踏み入れた。
「来たっスね………」
一番奥でブランコの一つに腰かけて晋助を待ち構えていた来島また子は、ぼんやり見えた人影にニヤリと笑って立ち上がる。
奥から歩いてくる彼女を見て、晋助もまたニヤリと笑って歩いてきた。
「こんな大勢で待ち伏せして、俺に用かィ」
電灯で、晋助の顔が彼女たちにはっきり見えた時。
また子の顔からさっきまでの余裕ある表情が失せた。
「……し、んすけ…様」
それは一年前の事だった。
何て事ない、駅前の人混みで晋助と彼女は出会っていた。
晋助は何一つ覚えていないが、また子にとってそれは運命的な出会いだった。
生まれて初めての一目惚れ。
そこで晋助が友人(万斉なのだが彼女は覚えていない)に「しんすけ」と呼ばれていたため、名前だけは知り。彼女はこの一年間学校も細やかな情報も何も知らない「しんすけ様」にずっと片想いしていたのである。
一年前よりも背が伸びて大人びた風貌、目を隠すように伸びた紫の柔らかそうな髪とその下の真っ白な眼帯、年齢すら疑わしい妖艶な微笑みにまた子は胸の高鳴りが止まらない。
動きがかたまり頬を真っ赤に染め上げてどこか落ち着かない様子のまた子に、周りの取り巻き達と晋助は不思議そうな顔をした。
万斉一人が彼女の歌とやらを聞き取り「あ〜あ」と言いたげな表情。
「ね、ねぇさん?」
「来島先輩、」
後輩たちに名を呼ばれ我に帰ったまた子は思い出したように構える。
「あんたが今、この辺で色んな奴と喧嘩してまわってる高杉っスね…!?」
「だったらどうするってんだ?」
「ここで私等に負かされるだけっス」
「ふん………」
鼻で笑われて、本来のまた子ならカチンと来て言い返すところ。
が、晋助の笑い方に魅せられて再び顔を真っ赤にしてまた子は言葉につまる。
ほかの女子達も静かに晋助の笑みに騒ぎ、完全に動きの止まった目の前の敵勢に晋助は小首を傾げた。
「?どうした、やんねぇのか?」
「っ、よ、用事があったっス!ひとまず今日は引き上げるっスよ!!覚えとけ!」
突然のまた子の決断に、周りは呆けたように彼女を見た。
「「「えええ!?」」」
「い、行くっス!!」
また子が公園の出口に向かってさっさと走っていってしまうので、仕方なく周りの女子達も彼女の背中を追う。
「……何だったんだ…?」
「晋助は罪な男でござるなぁ」
「?」
〜〜〜〜〜
(178) 兄との距離
「紫式部の書いた長編小説は?」
「竹取物語アル!」
「ちげーだろ源氏物語」
「似たようなもんアル」
今日も神楽の家に彼女の兄の姿は見えず、銀八はこの家庭が不安になっていた。
最初は二人で仲良くやっていたようだと言うのに。
「兄貴、帰ってこねぇの」
「帰ってこないアル。阿伏兎って友達の家に止まってるらしいネ…その方が学校からも近いし便利だって。もう知らないアル」
神楽はすねたように唇を尖らせて机に向かった。
「でもネ、この間私の誕生日はケーキと酢昆布買って帰ってきてくれたアル!ほとんど取り合いしかしなかったけど」
「そりゃ良かったじゃねーか。」
机に顔を向けているせいで表情は見えないが、明らかに嬉しそうな声色だった神楽の頭をくしゃりと撫でてやる銀八。
「銀ちゃん、今日はご飯作ってくれるアルか?」
「そうだな。じゃあそれ全問正解したらな」
神楽に料理を教えつつ、バイトの日には彼女の食事を作ってやっている銀八。
((そういや、晋ちゃん何やってんだろ。あいつと最近全然一緒に飯とか食わないな…))
晋助と一緒に過ごす時間が少しずつ減っていたことに銀八はふと気づき、今夜あたり電話でもしようと考えていた。
〜〜〜〜〜
(179) 耳
「もしもし?晋ちゃん?」
『晋ちゃん呼ぶな。どうしたいきなり』
「うーん。用は特にねぇけど」
神楽の家で飯を作り、その後銀八は駅から自宅までの帰り道を歩きながら晋助に電話をかけた。
『何だよ、寂しかったのかぁ?大人のくせに』
「あーん?寂しいわけなんざあるめぇよ。むしろ寂しかったのは晋助じゃねぇの?」
『ん、んなわけあるかアホ銀八』
「生意気ぃ〜いつからそんな子になっちゃったの。昔は明日は来るの、いつ来るのって可愛かったのに」
『中学生にもなってそりゃ気持ち悪ぃだろ』
久々にかかってきた銀八からの電話に、電話越しの相手は隠しきれない嬉しさを必死に気づかれないよう抑えていた。
『つか銀八……』
「ん?何」
『なんか鼻声じゃねぇか?風邪でもひいたか?』
「そうか?外で電話してるからそう聞こえるだけだろきっと」
『………ならまぁいいんだけどな。』
「晋助こそ風邪ひくんじゃねーぞ」
『あぁ。最近順調だぜ』
「そうだ。クリスマスよ、ケーキ作るけど何がいいんだ?」
『何でもいい』
こうして、クリスマスイブに晋助と会う約束をした銀八だったがとても疲れていた。
レポートの提出を忘れていてほぼ徹夜だったり、試験におわれたりしてようやくその強行軍が終わったらいつの間にかにイブ前日。
ケーキを作ってやるはずだったのに材料も揃えていない。
「やべぇな……」
極めつけに喉は痛くて身体はだるくて動けない。
体温計に手を伸ばすのが怖くて、でもこの気だるさの理由などもう明白だった。
仕方なく晋助に体調を崩したから明日は会えないというメールだけして、銀八は薬を飲んで布団に潜り込んだ。
((……そういえば、))
晋助に電話をかけた際「鼻声だ」と指摘されたことを思いだし、
「……晋ちゃんすげぇ」
感動した。
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