【35】
(156) 生徒の誕生日
「あ?何で神楽がここにいんだ?」
家庭教師として、銀八は新八の家を訪れた。
そこにはテレビゲームで遊ぶ新八と神楽の姿があったのだ。
「おー銀ちゃん本当に来たアル!」
「今日は新ちゃんの誕生日なの。だから神楽ちゃんがお祝いに遊びに来てくれたのよ」
シャツの襟元で扇いでいる銀八に説明しながら妙が麦茶を渡す。
銀八はそれを飲み干しながら、
((8月12日…晋助の二日後か))
とぼんやり考えた。
「すいません銀さん、このステージ終わったらすぐに…
「銀ちゃん銀ちゃん!今日くらい仕事忘れてゲームしようネ!」
神楽は新八の言葉を遮り、大きな目をキラキラ輝かせて銀八にコントローラーを突きつける。
「いやいや俺の仕事はだな─
「いいじゃないですか。あ、先生も私と格闘ゲームしません?」
神楽は銀八の右腕を、妙は左腕を笑顔でホールドする。
抵抗すると大変な目に遭うことを百も承知だったので、焦ってがくがくと首肯する銀八を新八は申し訳なさそうな顔で見た。
「ほわちゃぁぁああ!」
「へぶし!」
「たぁぁぁぁぁああ!」
「おぶふぉ!」
「やったわ神楽ちゃん!また私達の勝利ね!」
「おかしいだろ!これただのリアル格闘じゃねーか!いつからお前らコントローラー捨てた!?」
「戦い……それは拳と拳で熱い絆を結ぶものアル……」
「何カッコいい事言って正当化しようとしてんだ。あっおい今日の主役死にかけてんじゃねーか!新八!新八ィィィ!」
「いやそれ吹き飛んだメガネェェェェ!」
──実に楽しそうだ。
「晋助、ただいま」
「!?」
勉強を教えに行ったはずが傷だらけになって帰ってきた銀八に晋助はあんぐりと大口を開けたとさ。
〜〜〜〜〜
(157) 煙草
「…………」
銀八は神楽の方に家庭教師の仕事をしに行った。
夜、食事を終えた晋助は一つの箱と対峙していた。
煙草の箱。
銀八は買いに行くのが面倒なのか大量の煙草を買いだめしていたらしく、この数週間一緒に生活してきてその煙草達がどこにあるかを知った晋助はこっそり箱を一つくすねた。
金を払わないのも悪いので、煙草がいくらなのかは知らないが100円玉を二つ銀八の財布に入れておいた。
煙草そのものがかっこいい、というのもあったが銀八の吸う姿に憧れた。
中学生の思考なんていうのは案外簡単なもので、銀八のようになりたい、大人として見てほしい、そんなものもあった。
小児喘息であったことも忘れ、晋助は一本煙草を取り先端に火をつける。
ライターは使えたが、上手く火がつかなくて焦れったい。
ようやく火がつき口にしてみる。
なんというか、思いの外固い…それとクセのある甘さがある。
煙を肺に取り込んでみると、ヤニ臭さと煙たさで思わず咳き込んだ。
「げほっ……」
だが不思議と嫌悪感はそれほどなく、決して美味くないがどこか中毒性を感じた。
〜〜〜〜〜
(158)そろそろ
晋助の課題ももう残り数ページ、八月の終盤。
銀八との夏休みももう終わりを告げようとしていた。
「明後日、俺は帰る」
昼御飯の素麺をすすりながら晋助は言った。
「……そうか、」
もうこの子は帰ってしまうのか。
銀八は何とも言えない顔をした。
料理を教えて色んな物を焦がされた。朝が早かった。一緒にゲームに没頭して、洗濯物を取り込み忘れ雨に濡らした。眼帯を何回も付けさせられた。バランスのとれない彼をずっと心配していた。エロ本を発掘された。甘いものは嫌いだと言いながら何回もプリンを食われた。財布が物凄い早さで空っぽになっていった。
昔隣の家から晋助が泊まりに来ていた時とは違う二人だけの空間は、苦労したが楽しくて楽しくてあっという間だった。
それは晋助も同じで、自分の家ではたくさん使用人が周りの世話をしてくれるけれど、この家で二人だけで多少苦労しながら生活した方が幸せだと、この家に住んでしまいたいと心の底から思っていた。
「…この家に住んじゃえば?」
「……馬鹿言うな」
「そうだよなあ」
何を言ってもどうにもならないことはお互い承知なので、これ以上話題に触れず伸び気味の素麺をすする。
「銀八」
「何?」
「お前高校教師になんのか?大学の教授?」
「銀魂高校で教員やりたいとは思ってる」
「やっぱりか」
晋助はそれを聞き一つ小さく頷くと、
「俺も銀魂高校だ」
そう言った。
銀八は麦茶をふいた。
「ごふっ、ごほっ、え、え!?」
「俺も銀魂高校受ける」
ドヤ顔…でなく、ニヤリと笑って晋助は言い放った。
「いやいや俺がいうのもアレだけどよ、お前みたいに頭の良い奴はもっと高いとこ行った方がいいって。大学付属の高校とかもっと将来明るそうな進学校とか…」
「いいんだよ。銀八がその高校にいるんなら」
「!」
晋助の小さな一言に、銀八は胸を射抜かれた。
晋助は言った後にハッとして、顔を真っ赤にしながら恐る恐る銀八を見上げる。
無論部屋が暑いから、なんて理由じゃない。
「へぇ〜、晋ちゃんは俺がいる学校で俺の生徒になりたいって昔言ってたもんねぇ〜」
「いっ、いいい言ってねぇ自惚れんな銀八のくせに!」
晋助はからかってくる銀八に全力で否定する。
「言ってました〜だから中学受験しようとしてたんだろ」
「んな、昔の話覚えてねぇよっ」
「覚えてない方はこのシリーズの【2】を参照し
「宣伝すんな!」
今までならすぐに晋助が可愛くて悶絶して言葉も出なかった銀八もからかう余裕が出てきたらしく、遅すぎるがこれもまた成長か。
〜〜〜〜〜
(159)雷
「今夜は夕方から嵐になるんだと」
「マジか。明日は?」
「明日は晴れる」
テレビでニュースと天気予報をぼんやり見ていた晋助が、部屋に入ってきた銀八にそう告げた。
「洗濯物取り込んどかねーと」
「手伝う」
「おう」
もう明日には家に帰らないとならない晋助。
荷物も八割方まとめてあって、幾分かすっきりした部屋に銀八は寂しさを感じていた。
ベランダで洗濯物を取り込んでいるうちに蝉の声が薄れ遠くから雷の音が聞こえてきた。
「雷だ」
「おっ、そろそろまずそうだな」
「いつ雨が降ってくるかわかんねぇもんな」
「雷といえば昔はヘソとられるーってわたわたしてたよね晋ちゃん」
「お前が雷様はヘソとるんだとかぬかしたからだろ!」
「俺のせいじゃないもん本当にそういう迷信あるんだもん」
「だもんじゃねぇよ」
ゴロゴロ、と近くなってくる雷の音。
今にも泣き出しそうな雲が空を覆い、しばらくしてぽとぽとと雨粒が落ちてきた。
「うーわ降ってら降ってら」
風も出てきて、まさしく嵐。
ガタガタとアパートも揺れる。
「…おい銀八、このアパート飛ばされねぇだろうな…」
「お前散々世話になっといて何だと思ってんだよ」
「だってガタガタしてるしよ……」
そう言いながら晋助は銀八の方にすりよっていく。
まるで子猫。
「お前まだ雷怖いの?」
「雷じゃねぇ。このアパートに本能的に恐怖を感じている」
「……大丈夫だっつうの…」
振り払うわけもないので、ソファーにどっかり座った銀八は自分の肩にもたれ掛かっている晋助の頭をポンポンと叩いてやった。
夕飯を食べるにはまだ腹が減っていないので二人でぼんやりそのままテレビを見る。
「うぉ、川氾濫とか」
「これ台風じゃん」
雷の低い音はだんだん近くなり、ふいに先程よりも大きな音がした。
「っ…」
驚いたのか、銀八の肩に頭を乗せていた晋助は身体をびくりと震わせた。
と思うと、
「!?」
ぶつりと部屋が暗くなった。
テレビもぱたりと消え、エアコンも静かになる。
「……銀八、…」
「ただの停電」
銀八は晋助の身体をくいと自分の方に引き寄せる。
「…う、」
部屋は雷の光が度々差し込むだけで真っ暗。
その暗闇と激しい雨音、やかましい風の音が二人を包む。
「晋ちゃん」
銀八はそれとなく晋助の身体を自分の膝の上に向かい合わせにして乗せた。
「…っ、いきなり何すんだよ…」
「ん?怖いかなーと思って」
「お前の方が怖がりだろ、ばぁか」
晋助は馬鹿にしたようにくすりと笑った。
が、顔が見えないなら好都合とばかりに銀八の肩にぎゅうとしがみつく。
しがみつかれた銀八は、右胸に当たる晋助の鼓動がばくばくとあがっていくのがはっきりわかり、にやけながら抱き締め返してやった。
「っ、銀八っきつぃっ、」
いつもとは膝の上に座っているぶん高さが違うことと、あたりが暗いことで晋助は緊張していて、慌てた声を出す。
銀八は無論とぼけたように言葉を返した。
「銀さん雷怖いなー晋ちゃん抱っこしてないと死んじゃうなーこれ」
「〜〜〜っっ!」
冗談だとは解っていても、つい許してしまいそのまま。
しばらくそうしているうちに、パッと電気がついた。
光に慣れないように瞬きを繰り返す銀八は、晋助が耳まで赤いのを見て思わず笑った。
直後「怖くもねーくせに!」と思い切り顔面に殴りを入れられたが。
〜〜〜〜〜
(160) 再度、別れ
「忘れもんねェか?」
「多分。あ、歯ブラシ!」
「さっき入れといてやったぜ」
「あ、ああ…悪ィな」
ついにこの二人の生活にも最後の日が来た。
「じゃ、行くか」
「……ん。」
去年ほどごねることもなくなって、晋助は名残惜しそうな表情で荷物を持つ。
勿論銀八も付き添うので、二人で玄関の鍵を閉めて家を出た。
喧しかった蝉の声は、いつしかミンミンゼミから夏の終わりを知らせるヒグラシに変わっていた。
「お前さ、」
蝉の声にかき消されながらも、晋助は銀八に話しかける。
「俺が一人暮らしするって言ったら反対したろ。命が危ないとかって」
「…あぁ、したな」
銀八が頷くと、晋助はくっと俯き小さな声で言った。
「………危なくなったら、お前んちに飯食いに逃げ込むから」
晋助の言葉に銀八はまた驚いた顔を見せたが、すぐに項垂れた頭をポンと撫でてやった。
「じゃ近くに住まねーとな。」
「え?」
「行く度に金かかるようじゃ学生にゃキツいだろ。」
「お前も学生のくせにうちに来るじゃねーかよ」
「俺は大学まで定期だからいいんだよ」
「ふーん」
数年後のことを想像しながら帰路を辿った。
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