【34】

(151)笑わない少年

「じゃあ痛み止めをまた出しておきましょうね」

「ありがとうございます」

「それじゃお大事に」

目を見てもらうため、晋助は定期的に眼科に通っている。

診察室から出てくると、晋助と付き添いできた銀八は待ち合いスペースの椅子に腰を下ろした。

「会計までどーせまた待たされんだろうな」

「この病院混んでるからなぁ」

「ん、今日月曜じゃん!ちっとジャンプ買ってくるわ」

「ああ」

そんな会話をして銀八は立ち上がり、病院中のコンビニに入っていった。

晋助はすることもなくスマホを取り出す。

((万斉からメール来てらァ))

ふいに、スマホを握る左手の指の間から何かが落ちる感覚を覚えた。

カシャ、と小さく音をたててストラップが床に叩きつけられた。

「あっ」

立ち上がりあわててそれに手を伸ばすと、

「「うわっ」」

誰かとぶつかった。

「大丈夫か?すまんね」

上から声が降ってきて、晋助はパッと顔をあげる。

銀八と同い年くらいの黒髪の男。
盲目なのか、目を固く閉じている。

「いや、こちらこそすいませ…
「兄貴!何勝手に立ち歩いてんだ!」

後ろからその弟らしき少年が怒鳴り声をあげて歩いてきた。

「あ、いや…すまん」

「ほら行くぞ」

晋助と同い年位の少年。
黒髪で前髪が少し長く、藍色の大人っぽいつり目。
兄と呼ばれたその男と顔は似ても似つかないのだが、どこか雰囲気が似ていた。

「アンタは大丈夫か?」

少年は晋助に目をやり、そう声をかけてきた。

「ああ」

「ん?」

少年は何かに気づいたように突然かがむ。
その手には紫のストーンが入った銀色の蝶のストラップ。

「それ、」

「?これアンタのなのか?」

思わず声をあげた晋助に、少年は小首を傾げストラップを向けた。
見るからに女物だから不思議に思ったのかもしれない。

「ほら」

「どうも…」

「じゃ」

少年は晋助にそれを手渡すと、ニコリともせずに兄の手を引き去っていった。

晋助はせっかく銀八から貰ったストラップなのに紐が切れて壊れてしまったと残念な気持ちでいっぱいだった。


〜〜〜〜〜


(152)祭りの酒

「晋助、祭そろそろ始まるんじゃねーか?」

晋助の誕生日の一日前、今日は8月9日。

スイカを頬張っていた晋助は銀八に声をかけられ慌てて立ち上がる。

「もうそんな時間か」

「んじゃ行く?あ、ババアにビールの引換券貰ったんだわ…取ってくる」

立ち上がり冷蔵庫にマグネットで貼ってあった券を取りに行った。

「お前酒なんて飲むのか?」

驚いて目を見開く晋助を見て銀八は面白そうに笑った。

「何言ってんだ。俺はもう二十歳だっつーの」

「…そういやそうだったな」

「晋助にゃまだ早いけどな」

嫌みったらしくそう付け足す銀八を晋助は不服そうに睨み付けた。

だが祭り囃子を聞いてしまえば晋助も上機嫌になり、

「銀八、わたあめ今年も出てるぞ」

「いやむしろわたあめのない祭りなんて祭りじゃないね」

提灯の下を楽しそうに歩いていた。


〜〜〜〜〜


(153)金魚すくい

「銀八ィ金魚すくい…」

「だーから金魚戻すならいいぞって言ってんだろォが」

「とった獲物をみすみす逃すなんて男としてどうなんだよ」

「生き物から自由を奪った上で満足な世話してやれないで殺す方が人としてどうなんだよ!」

金魚すくいの屋台の前で銀八と晋助は喧嘩している。

晋助は金魚すくいしてとった金魚を銀八の家で飼いたいのだが、
銀八の家には魚を入れる水槽や酸素ポンプどころが金魚鉢の一つもないから飼えない。
銀八は金魚すくいだけを純粋に楽しんで、とった金魚をまた水に戻すだけなら構わないと言うのだがどうも腑に落ちないらしいのだが晋助は渋々承諾した。

「……わかったよ…じゃあおっさん、一回」

「おっちゃん、金魚すくい一回」

銀八が晋助の後ろから金魚すくいの屋台の男に小銭を差し出したと同時に、後ろから声がした。

晋助が銀八の腕の下から見てみると、

「「あ」」

そこには、先ほど病院で会ったばかりの少年がいた。
彼は藍色の浴衣を身に纏っている。

「…お前さっきの」

「え、何?晋ちゃん知り合い?」

「いや…、さっき病院で」

「ああ…さっきはうちの兄貴が悪かったな」

「此方こそ。お前の兄さんも目悪いのか?」

「火事に巻き込まれて盲目になっちまったんだ」

ぎこちない二人を見て銀八は不思議そうに首を傾けた。

「とりあえず金魚すくいやれよ、おっちゃん困ってるぜ」

屋台の前で話されどうすれば良いのかわからないという顔をしていた男を指差し、銀八は二人に言った。

「お、おう」

結果。

「晋ちゃん一匹取れたじゃん!」

「一匹しか取れなかった」

晋助は一匹、赤い金魚をすくうことができた。

一方隣の少年はすぐにポイが破けてしまい一匹も取れなかった。

「…おい、お前これ家で飼えるか?」

少年を見て、晋助は一匹金魚が泳ぐ自分の器を差し出した。

「えっ……」

「俺今金魚鉢なくて飼えないんだ」

少年は動揺ししばらく迷い、

「…じゃあ俺が飼う」

恥ずかしそうに頷いた。

話を聞いていた屋台の男は、その金魚を水と一緒に小袋につめて少年に渡した。

「…礼するよ、何か食いたいもん奢る…」

「あ?いいよ、俺ここにでっけぇ財布あるから」

面目無さそうに言った少年に晋助はそう返し、銀八の背中をとんと叩いた。

「いや俺別に財布じゃねーんだけど」

「じゃせめてこいつを」

少年はどこから取り出したのか、晋助の手に黄色い物体──マヨネーズのチューブを握らせた。

「……え、ちょ…マヨ…?」

「あ、総悟だ……じゃ、金魚ありがとよ」

少年は軽く頭を下げ人混みの中に消えてしまった。

「…結局名前すら聞けなかった…」

「……」

銀八は不機嫌そうに晋助が抱えるマヨネーズを見下ろした。

((ほとんど初対面のくせに晋ちゃんと仲良くなりやがって!))


〜〜〜〜〜


(154)14歳の誕生日

深夜のアパートに音の外れた歌声が響く……。

「はっぴば〜すでぃ〜つ〜ゆ〜」

怪談などではない。

ただ、銀八が歌を歌いながら眠たそうにしている晋助の前にお手製のケーキ(巨大なチョコケーキ)を置いた、それだけ。

「…こんなに食えないんだけど」

「いいのいいの余ったら俺が食うから」

「お前が食いたかっただけだろ」

「おう」

銀八はせっせと蝋燭をケーキにさしていく。

「14本だよな?」

「そうだな」

「お前ませてるけどまだ14なんだなぁ」

「………うっせぇ。」

「そう気を悪くすんなって」

煙草の箱の隣に転がっていたライターで蝋燭に火をつけている銀八を軽く睨んで晋助は時計を見た。23時54分。

「こんな時間にケーキ食うのかよ」

「食いたくないなら明日の朝でもいいけど」

「……じゃあ何で今ここにケーキがある」

「お前も細かくなったね。お祝いのためだろ」

誰より早く祝ってやるんだ、と小さく付け足したが欠伸をする晋助の耳には聞こえなかった。

「で、結局食うの?」

「……ちょっとだけ…」

「はいよ」

切り分けたケーキを皿に乗せ、フォークの用意をすればもう58分。

一段落してソファーに腰を下ろした銀八の膝に、晋助は横たわって頭を乗せた。

「やっぱ眠い?」

「…………」

膝の上の晋助の髪をすいているうちに時間は静かに流れて。

「はーち、なーな、ろーく」

何を思ったかカウントダウンし始めた銀八。

「ごー、よーん、」

しかも、横になっていた晋助の体を起き上がらせた。
「?ぎんぱ「さーん、
にー、いち」

銀八は晋助を抱きしめた。

「誕生日おめでと、晋助」

銀八に祝ってもらう11回目の誕生日。
最初の頃祝ってもらった記憶なんてほとんどないに等しい。
小学校の1、2年の頃ならぼんやり覚えてはいる。

「………おう…」

あと何回、何回目までこの距離を保っていられるのかと思うと急に身体が冷えるような気持ちになりかけた。
でも、銀八の腕がそうさせない。

「…なぁ、銀八」

「何?」

「…いや、なんでもねぇ」

((七年後…俺が今のお前の年になっても、十年後も、あわよくばもっと先まで──

「蝋燭短くなってきたし、そろそろ消して」

「お前火つけんの早すぎたんだよ」

──銀八が祝ってくれますように))

そう願いながら、ふぅと控えめに息を吐いて蝋燭の火を消した。


〜〜〜〜〜


(155) 懐かしい服

「うっおー懐かしー!」

朝から押し入れを漁り騒いでいる銀八の声に晋助は起こされた。
ちなみに晋助はあの後ケーキを食べているうちに強い睡魔に襲われ、気がついたら眠っていた。

「晋ちゃん晋ちゃん!これ覚えてるか?」

銀八が寝起きの晋助に見せたのは水色の浴衣。

「……いや、覚えてない…」

「俺が昔…小学生の終わりくらいの時に着てたやつだよ!」

「お前が小学生の終わりだったら俺はまだ5歳だぜ?覚えてるわけねーだろ!」

銀八は晋助の答えにそう言われてみればそうだったねぇと思い出したように笑いながらもう一着の浴衣を取り出した。

紫基調の蝶の浴衣。

「…綺麗」

「だろ?晋助にやる」

「え!?」

銀八の話を聞くところ、小学生時代に演劇をやったらしく、そこでテンションが上がった松陽先生知り合いの呉服屋で自分の財布を省みず役者陣に衣装を買い与えてしまったらしい。

「……流石だな先生」

「な?な?アホだよな?」

「お前先生にアホとか言うんじゃねぇ!」

「いやアホでしょどう考えても!」

「先生の懐がでかいって話だろ?」

「晋ちゃん流石だね!つか晋ちゃんの時代には演劇大会なくなってたよね」

「一年の時まではあったぜ。銀八は学校会って来れないって言ってたな」

「え、何やった?」

「シンデレラの悪い姉役」

「ちょちょっあの人は小1男子に何つー事やらせてんだ!」

「嘘だ。王子役」

「びっくりした……」

「ヅラは継母役だった」

「だぁぁぁもうあの人は!」

銀八はそんな思出話をしながらポケットから小さな包みを取り出した。

「ん、誕プレ」

「!」

晋助は突然渡されたそれを嬉しそうに受け取り、無言でテープを切り始める。

「高いもんでもねーけど、心して受けとれ…って開けんの早ェわ!」

中から出てきたのは、携帯ストラップ。

今度のはチャームではなく、紫混じりの灰色の革製の上品なものだ。

「いつだったかのクリスマスにやった奴、壊れちまったからつけてないんだろ?」

この間壊れてしまったストラップを外したことを銀八には言っていないはずだが、それとなく気がついていたのか。

「…ありがと、う……」

素直に礼を言うのが恥ずかしく、赤い顔をしてつまりながらそう言うのは昔から変わっていない。



「で、これは?今夜着る?」

「おう。帯もあるよな?」

その夜、浴衣にテンションがあがった晋助ははしゃいで祭りを満喫。

銀八は、晋助の浴衣を着付けてやり、金を出してやり、いつも通りのお世話係。

白い肌によく似合った色気のある浴衣の後ろ姿。
どこかで見たことがあるような、どこか懐かしい気がしたのは気のせいだろう。



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