【32】

(143)日の出

「…………」

銀八も晋助も寝静まってからしばらくして、晋助は目を覚ました。
左目の痛みに起こされたのだ。

「…いてぇ、」

むくりと起き上がると隣のベッドで銀八が静かな寝息をたてて眠っていた。

ここのところ銀八にベッドに寝かされて寝ていたが、今日は客用の布団。

枕元においてある自分のバッグを手繰り寄せ、中から鎮痛剤を取り出す。

水がないと飲めないので、暗闇でしかも片目は使えない状況ながら手探りで台所に向かう。

ゴッ、という鈍い音と足に痛み。

「……っう!?」

足を何かにぶつけたようだ。
晋助は小さく呻き声をあげてその場にしゃがみこんだ。

「っいてっ…!」

だがその時にも頭をぶつける。
しかもその時に薬の袋を落として錠剤の入れ物がカシャンと音をたてて焦った。
ボロボロだ。

「……しん…すけ…?」

ぼんやりとした銀八の声が晋助を呼んだ。

「………」

銀八は枕元の小さなスタンドランプをつけて目を擦る。

「…?何やってんの、んなとこで…」

晋助は唇を噛みしめて振り返った。

「…目、痛くて……」

銀八はふぁあ、と欠伸をしながら部屋の電気をつけ、晋助に歩み寄った。
電気に照らされ、晋助がさっきぶつかったのはただの椅子だったことに気づく。

「大丈夫か?」

薬をかき集めてやってから晋助の顔を覗き込む銀八。

「……痛、い」

「晋ちゃんは布団に戻ってな。水取ってきてやるから」

晋助をひょいと抱き上げて布団に戻してやり、銀八は台所へ水を取りにいく。

「ほら」

キンとするほど冷たい氷水を渡され、寝起きのぼんやりしていたのが少しスッキリした。

晋助が錠剤とそれを飲み込むと、銀八は空になったグラスを預かってやった。

「……」

晋助は何も言わずに左目をおさえていた。
が、ふとカーテンの後ろが少し明るいのに気づいてよたよたと窓へ歩く。

「………あ、…」

銀八が煙草を吸っていたそのベランダからは、紺から優しい紫へ変わりかけた、
夜が明けようとしている空が広がっていた。

「銀八、見ろよ」

カーテンを開けてそう銀八に声をかけると、一瞬眩しそうにした銀八の目はそれを見て丸くなる。

「おー……もう朝じゃん…」

晋助は目の痛みも忘れて、だが片方しかない目で必死にその景色を焼きつけようと空を眺めていた。

銀八はそれを見てクスリと笑い、窓を開ける。

「!」

「ベランダ、出ようぜ」

晋助は嬉しそうにベランダにあった大きめの銀八のサンダルに足を引っ掻けてベランダに出た。
銀八は中から眺めている。

「どうせだから日が登るまで見てようかな、俺」

晋助はそう呟いてベランダの手すりにしがみつく。

「じゃー俺も」

二人で朝日が見えるまで空を見つめ、日が昇ったときには晋助がたまらなく嬉しそうな顔をしていた。(銀八は途中少し寝ていた)

いつか初日の出でも一緒に見に行こうかな、とその笑顔を見て銀八は思った。


〜〜〜〜〜


(144)ゆったり

それから二度寝した晋助は、昼近い時間に目を覚ました。

「ん、晋ちゃん起きた?」

「あぁ……綺麗だったな、日の出」

晋助は起きて嬉しそうにふにゃりと笑った。

「そうだね」

その頭をぽんぽんと撫でてから銀八は忙しなくベランダに向かう。

「俺洗濯物干してくるわ」

その背中を見て、ふと晋助は思った。

((俺も居候みたいなもんだし、手伝った方がいいかな…))

布団から起き上がり、窓から流れる温い空気に少し顔をしかめながらついていく。

「?何してんの」

「手伝ってやる」

銀八は晋助の発言に驚きながら、でも少し嬉しそうな顔をした。

「おー手伝え手伝え、宿賃労働で払ってくれよ」

「俺の場合金で払った方が早ェけどな」

渡された洗濯物を少しずつ干していく。

「落ちねーようにな。つか洗濯物落とさねーようにな」

こくん、と頷く晋助は本当に危なっかしい。

「お前一人暮らしは出来そうにないな」

「ヤダ、俺高校になったら一人暮らしする」

銀八は固まった。

「……え、…えーと……し、しし晋助クン?…今…」

「高校になったら一人暮らししてやるんだって」

「やめろ!やめとけ!やめといて!やめなさい!いやむしろやめてください!」

銀八は晋助の細い肩をわしづかんでがくがくと揺らした。自分もぶんぶんと頭を左右にふっている。

「おぃっ、ぎんぱっ、ゆれる!ゆれる!」

気を取り直したように晋助は一つ咳払いをした。

「ごほん……本気だからな」

「野垂れ死ぬからやめなさい」

「死なねーよ。銀八だって今こうして生きてんだろ」

「俺は一応最低限の料理や家事の知恵入れてから」

「俺だってそんくらい、」

「野菜を漂白剤で洗う奴のどこに知恵があるんだよ」

「お前が教えてくれんだろ」

にやり、と晋助は微笑んだ。

「なァ、銀八先生?」

銀八は目を見開いた。
その後すぐに顔を赤くする。

「……銀八…?」

「あ、う、えっおい晋助お前…」

無自覚なのか確信犯なのかわからない晋助にまんまとやられ、銀八は口に手をあて顔を背ける。

「…いいぜ、家庭科から保健体育まで教えてやんよ」

「保健体育って何だよ」

晋助は馬鹿にしたように、でも楽しそうに笑った。

じっとりした暑さに拍車をかけるように蝉が鳴いていて、空だけは爽やかな青い色。

今日も平和だった。


〜〜〜〜〜


(145)買い物

「うし、買い物いくぞ晋助」

銀八の家に来て二週間もした頃、八月の頭。

晋助も銀八もこの環境にすっかり慣れて、まるで兄弟のようなルームメートのような、はたまた恋人のような距離がお互いに心地好かった。

「……めんどくせぇ、」

「行くぞ」

「………」

銀八の背中をしぶしぶ追いかける晋助。

「〜♪」

銀八は鼻歌を歌いながらアパートを出て、スーパーへむかう。

「今夜俺バイトだからいねぇけど、何食う?」

「……菓子パン」

「えっ、んな庶民の食い物でいいのかよ」

「生まれてからスーパーの菓子パンはメロンパンとクリームパンしか食ったことない」

「……あ、そう…」

「あ、銀八、今年は祭りいつやるんだ?」

「あーっと……忘れたわ、ババアに聞いておく」

「わかった。これうまそー」

「コロッケパン?ほらかごに入れとけ」

「ん。」

周りからは年の離れた兄弟に見える二人がスーパーでうろうろしていると。

「おや、銀八じゃないかい」

黒い着物、派手な化粧、髪を結っていて煙草をくわえていてよく目立つ人影に声をかけられ、銀八はぎょっとした。

「噂をすればババアかよ…」

「何で嫌そうなのさ。ん、そっちの子は…高杉って言ったっけ?」

「……!」

以前声をかけられた時を思いだし晋助ははっとした。

「寺田、さん…?」

「よく覚えてるじゃないか。」

「このババアはお登勢、でいいよ晋ちゃん」

「ババアってのは何だい!まぁ、お登勢でいいってのは本当だよ。そう呼んどくれ」

「はぁ……」

お登勢は晋助の眼帯を見て首をかしげた。

「目、病気でもしたのかい?」

「あ、えっと…」

「ババア、」

銀八がお登勢に声をかけ、軽く首を横に振るとお登勢は深入りされたくないのかと気づき無言でうなずいた。

「ん、まぁいいさ。」

「あ、おいババア、祭りっていつやんの?」

銀八が聞くとお登勢は少し考える。

「確か9日と10日じゃなかったかい?」

「!」

「おめー誕生日じゃん」

「おや良かったね。」

「……ぉう」

晋助は楽しみなのか少し嬉しそうに頷いた。


〜〜〜〜〜


(146)嵐の前の静けさ(?)

スーパーで買い物を済ませてから、

「腹減ったな…外で何か食っちゃう?」

「あぁ、いいぜ」

二人は外で食事を済ませることにした。

「いらっしゃいませー、お客様二名様でいらっしゃいますか?」

「ああ。禁煙席で頼むわ」

「かしこまりましたー」

晋助は驚いて銀八を見上げた。

「お前煙草吸うんじゃねーの?」

「喘息持ちが何言ってんの」

「俺は平気だ。喘息に関しては色々試して今快方に向かってる」

「そうなの?よかったな晋助…」

「ああ、だから」

「でも禁煙席な」

「〜〜っ…」

いかにも不機嫌そうな顔をする晋助の手を引いて席につれていく。
晋助としては煙草を吸う銀八がかっこよかったのでまた見たいだけなのだが。

「俺何食うかなー……ラザニアでも食おっかな…いややっぱ肉かな…」

「俺パスタで」

「ん。デザートは?」

「いい。ドリンクバーつけろ」

「おう。じゃそれ押して」

銀八はラザニアにしてデザートを大量に頼み、晋助はパスタの他に飲み物で腹を膨らませた。

その後は病院に行って一度晋助の目を診てもらい、晋助がバテない程度に本屋や服屋を彷徨いた。


「じゃ俺これからバイト行くわ」

「ああ。気ィつけて」

銀八を見送ってから彼の部屋で晋助はコロッケパン等を食べ、テレビでドラマを見て、今日買ってもらった本を読むことにする。

最初片目だけでは読みにくかった字や見にくかったテレビ、いや風景にも慣れてしまい、目は疲れるが普通の生活をしていた。

本にしばらく熱中しふと顔をあげると、

((そろそろ銀八が帰ってくるかな…))

そんな時間。

少し休もうかと思い、半分は読み終わったその本に栞を挟もうとすると上手く挟めず落ちてしまった。

「あっ」

晋助が占拠している銀八のベッドの上から栞はするりとその下に入り込んでしまう。

「あーあ…………」

栞を取ろうと屈み、ベッドの下に置かれた段ボールの奥の方にそれを見つけたので軽く舌打ちしながら段ボールを引き出した、
その時晋助は硬直した。


「……」


段ボールの中に入っていたのは、水着姿の女が表紙の雑誌。

一冊を恐る恐る手に取り中を開けば、言わずもがなわかるだろう。

「……これ…」

「ただいまー」

銀八の声がして、ガシャン、と鍵が開いてしまった。

最悪のタイミング過ぎる。

晋助は慌てて本を段ボールにしまい込んだが、

「?晋助?」

出迎えてくれるだろうと思っていたのに現れなかった晋助を不思議に思った銀八は足早に部屋に入ってきてしまった。

「「…………」」

銀八は驚いて目を丸くし、晋助は真っ青になった。



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