(2)雑用決定です
「じゃアンタはこの部屋使うッス!」
また子さんは、俺の首根っこを掴んで引きずってきた腕を襖にかけながら言った。
階段を降りるときも引きずられたままだったから腰が痛くて痛くてしょうがない。
俺はじいさんみたいに腰をさすりながら襖の中を覗いた。
小さな和室。
中には座布団数枚と小さな机だけ。
「仕事中以外は、自宅がある奴は夜は自宅で過ごしてるけど、アンタ話聞いたとこ家ないッスよね?」
「そうですね…ここに泊まっても大丈夫ですか?」
「問題ないッス」
即答された。
そしてまた子さんは続ける。
「他に部屋に置きたいものがあるなら、買ってくるか、うちらに言うッス。大体の物は船をとめてる間は取り寄せられるから」
「はい、ありがとうございますっ」
俺は会釈をして、話を切り出す。
「あのー、俺はどんな仕事すればいいですかね?雑用っていうとー…」
また子さんを少し見上げて訊いてみた。
「雑用?んーそうッスねぇ……」
訊かれて小首をかしげて考える。
「とりあえず、武市先輩にも挨拶した方がいいッスよね!」
「?」
「武市先輩ってゆーのは、幹部の一人ッス。幹部は、晋助様を含む5人で構成されてて……」
ドヤ顔…でなく、自慢げに説明してくれた。
「まず鬼兵隊全員を率いている高杉晋助様!とても賢い御方で頭はキレるし、お美しいし、アンタは男だからわかんないかも知れないッスけど、あの御方が月を背景にして煙管を燻らす姿はもうまるで…(以下省略)に、
さっきのヘッドフォンもああ見えてやり手の剣豪で異名人斬り万斉、河上万斉ッス。
あと刀いじってたおっさんも剣豪で人斬り似蔵こと、岡田似蔵っスね。」
人斬り万斉も人斬り似蔵も、名の知れた剣豪だ…
あの人達本当に強かったんだ…
「あとは変態ロリコ…変人謀略家の武市変平太に、このあたし、拳銃使いの来島また子ッス!」
あれ、その他4人は皆聞いたことあるのに、また子さんだけない。
俺の不思議そうな顔を見ると、ふっと彼女は口元を歪めた。
そして両手の親指と人差し指でLの字を2つ作って、人差し指を俺に向ける。
「紅い弾丸って言えばわかるッスか?」
訂正、聞いたことありました。
……鬼兵隊、すげぇ。
「やっぱ鬼兵隊すごいです、名だたる人達がトップ固めてますね…!」
俺が感激して思ったことをそのまま口にすると、
「アンタやっぱり何も知らずにここに来たんスね…」
呆れながら、だけども嬉しそうに俺を見下ろした。
「じゃ武市先輩んとこに挨拶しに行くッスよ!」
「え、ついていってくれるんすか!?」
あ、口調うつった。
「いいッスよ?場所わかんないだろーし、あたしも暇潰しになるッス。」
そして俺の前を歩き出す。
「(監視もできるし…)」
また子さんが何か言ったように思えたけど、何だかは聞き取れなかった。
また子さんの後ろをついて少し歩き、1つの部屋の前で立ち止まる。
そして軽いノリで声をかける。
「武市せんぱーい、新入りが挨拶に来たッスよー」
「どうぞ」
中から太い返事が聞こえた。
「失礼します」
少しかしこまって俺は襖を引いた。
武市さんはこちらに背を向けて書き物をしていた。
後ろ姿を見たところ、普通の侍だ。
他の人達とは違って髷を結い、鼠色の羽織に黒い袴、座った座布団の横に刀が置いてある。
「初めまして、雨霧柚希っていいます…」
そこまで言った瞬間、
ものすごい速さと勢いで武市さんが振り返った。
…普通なのは後ろ姿だけだった。
目がいっちゃってる。
怖い。
落書きで瞼の上にかいたような、平べったい目。
武市さんは俺を見て、
「きっ、君はっ……」
と口をパクパクさせている。
…俺何かNGワード言ったのか?
俺が唖然としていると、また子さんが自分の履いていた草履を武市さんの顔面にぶん投げて、
「武市先輩、残念でしたね、コイツは子供だけど男ッスよ!ロリだと思ったんスか??」
意味のわからないことを言い出した。
スパーキングされた草履をもろに食らった武市さんは、倒れた身体をゆっくりと起こしながら話す。
「また子さん何をおかしな事を言い出すんです。私はロリコンじゃないと言っているでしょう、フェミニストですよ子供好きの」
「武市先輩それが世間一般のロリコンッスよ」
武市さんはロリコンなのか……。
「えー、色々言ってる脳まで筋肉の女はほっといて、」
「誰が脳まで筋肉ッスか!アンタの分まで実戦で戦ってやってるんスよ!?」
武市さんの俺への呼び掛けを遮りまた子さんは噛みつく。
「とにもかくにも、私が謀略家の武市変平太です。新入りでは大変だろうけれど、頑張ってくださいね。」
今まで一番まともなこと言ってるぞこの人。
本当にロリコンか!?
こんな顔して普通の人っぽいぞ、と思ったところで
「あ、そうそう、寺子屋の同級生や女友達や好きな娘なども連れてきて構いませんかr」ドォンダァンという銃声によって書き消されたロリコン発言。
「嫌に優しいと思ったらやっぱりそれ目当てッスかっこの変態がぁぁっ!!」
いつの間にか銃を抜いたまた子さんが彼の首や頭スレスレの位置を攻撃していた。
それを見ると紅い弾丸の腕がわかる。
あれ、俺今冷静にそんなこと考えてていいんだろうか。
「もうっ、行くッスよ!」
そう言って今度は俺の腕を掴み連行しようとする。
「し、失礼しましたあぁ」
俺はあわてて挨拶をした。
そのまま俺は、俺の部屋となった和室に戻された。
「よし、これで挨拶は完了ッス」
「あれで何が完了したんですか?」
完了したのは俺の挨拶じゃなくてまた子さんの襲撃だろう…。
俺の質問をスルーして彼女は顎に片手をあて考え事をする体勢に入った。
「ん……雑用…ッスねぇ……んー…」
俺に何をやらせようか考えてくれてるみたいだ。
さっきから思うに、この人意外に優しい人みたいだな…。
ふと顔をあげ、
「晋助様に聞いてくるッス!ちょっとここで待っておけっ!」
自分で考えるのを放棄して通路を走り出した。
1人小さな部屋に残される俺。
「っはぁぁー…」
気がつくと口からため息がもれていた。
危なかった。
今まで何も言われなかったし、多分バレてないけど、武市さんは危なかった。
ここまでで気づいた人はいるんだろうか。
俺は、女だ。
もう一度言う。
俺は女だ。
心が男とか特別そういうのではないけれども。
このご時世、女の子供が金をもらって働ける手口なんてそう見つからない。
あれば遊郭くらいだろう。
よく行く公園なんかでは、いつも段ボールとグラサンを身に纏ういい歳をしたおっさんが職を無くして途方にくれてるくらいだ。
だから、俺はどこで何をするにも男として過ごしている。
村を襲われた日からこうやって生きてるから、口調も格好も男らしくするのは嫌いじゃないしもう慣れた。
今回、もしこれが女の格好のままだったら万斉さんにも追い返されていたかもしれない。
だけど女とバレた日には……
俺は1人で鳥肌のたった肩を撫で下ろす。
「万斉先輩とかあたしの雑務の手伝いだそうッス!」
「ほぇ!?」
突然声をかけられておかしな声をあげた…俺。
「え?いやだから、あたしと万斉先輩の使いっ走りになったらどうだ、って晋助様が!」
隊の雑用ってゆーか、幹部の雑用ですか……。
でもそれって何気にトップの近いとこに置いてもらえてるから幸せなんじゃないか!?
少し嬉しくなった。
そんな俺をよそに彼女は言う。
「見張れるからってことじゃないッスか?信頼されてないかもッスよ」
「…………………。」
拳銃使いの言葉が、俺の心に何故か刃物になって刺さる。
「というか、どういう経緯でそうなったんでしょうか…」
ふと聞いてみると、
「あたしが行ったときに晋助様と万斉先輩がいて、どうしましょうかって言ったら万斉先輩が、[あの少年の魂のリズムが気になるでござる]とか言い出して、晋助様があたしに[随分あのガキの面倒みてくれてるじゃあねぇか、お前ら使ったらどうだ]っておっしゃったンス!」
要するに高杉さんの鶴の一声か。
隊員の皆が崇拝してるんだな、とくにこの人。
でも、魂のリズムってなんだろうか…。
「じゃ早速パシられてもらおうじゃないッスか!」
と笑顔で手荒く、どこからか持ってきた紙の束を俺の手にドサリと乗せる。
「それ万斉先輩の部屋に持って行くッス!そしたら万斉先輩にこの資料の事についてでも詳しく聞いてくることッスね!」
「は、はいわかりました!」
まさしくパシりにされてるなこれは。
「万斉先輩の部屋は、晋助様の部屋の2つ隣ッスよ」
と彼女はつけたす。
そして、
「じゃ、あたしはコイツの手入れでもしてくるッス!用があったら声かけるんッスよー!」
二丁拳銃を手で弄びながらまた子さんはそう言う。
するとスキップをするような軽い足取りで部屋を出た。
高杉さんに誉められたから有頂天なんだろうか。
通路に出ると、他の隊員達の痛い人を見るような視線も気にせずスキップしだす。
一歩部屋の外に出てその後ろ姿を見送っていると、
俺の部屋のすぐ隣の襖を引いて、中に入っていった。
…って俺の隣の部屋なのかよ!
と思いつつ、俺は紙の束を抱えて部屋を出た。
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