(16)一日局長らしいです
朝。
普通の女の子なら、うるさい目覚まし時計に起こされ、『もう朝〜?あと5分〜』なんて可愛いことを言って気だるく目覚まし時計を叩くのだろう。
自慢じゃないが、朝型の俺は目覚ましが鳴ればいつも何事もなく起きられる。
その俺が。今日。
万斉さんのお付きとして仕事をしなければならない今日。
(記憶にある限り)生まれて初めて、寝坊した。
8時に起きようと思っていたところを、目が覚めた現在9時16分。
「……は…?」
時計が壊れたのかと思い、もう一つホテルの部屋に設置されたデジタル時計を見ても、緑色の固い字でAM9:16と出ている。
……嘘だろ…。
万斉さんとホテルのロビーで待ち合わせの時間が、9時半。
5分前に部屋を出るつもりなので、残り時間約10分。
全速力で顔を洗って着替え、持ち物の準備をして、部屋を出た。
ホテルのレストランでゆっくり食事をとる時間もないので、ホテルの前のコンビニで握り飯を一つ買い、ほおばる。
ロビーについた時間は9時28分。
ギリギリだ……
だが、俺はその場で5分待たされた。
「おはよう、遅れてかたじけないでござる」
眠たげな万斉さんが、エレベーターから降りて歩いてきた。
こんなことならもう少しゆっくりしていれば良かった…。
万斉さんは、どこで読むのか新聞を手に持っている。
その新聞には、昨日の茶屋の件が載っていた。
【お手柄!?真選組またやった!!店舗半壊!これで23件目】【相継ぐやり過ぎの声 最早大義名分も通らないか】
こんな見出しの隣に、半壊された茶屋の前で真顔でピースをつくっている沖田の写真。
…本当に23件目だったのか……。
「よし、では行くでござる」
万斉さんは俺を横切って出口へと歩いていく。
俺も彼の後をついていくことにする。
万斉さんの後に続いてしばらく道を歩いていると、人が集まっているところがあった。
「あれでござる」
小さく顎でその人混みをしめす万斉さん。
その中央を見ると、演説用の車の上で演説をしていた。
車の上にいるのは、真選組の隊服を来た男二人。
演説しているのは、ゴリラのような顔をした真選組隊士。
その後ろに、以前会った真選組鬼の副長土方が、目を伏せてタバコをふかしながら控えている。
副長が控えているということは、演説しているのは局長の近藤勲だと思って間違いないだろう。
車には、【年始め特別警戒デー実施中】と書かれた看板がかかげられている。
俺が手術を受けた日はちょうど一月一日の元旦だった。丸一日意識はなかったけど。
なので、今は年明けなのだ。
その車の前には、数人の隊士と沖田が立っている。
演説が聞こえるほどの距離まで近寄ると。
『──…こちらの心構え次第で犯罪は未然に防げると言いたいワケですオジさんは!正月だからってあんま浮かれんなよ言いたいワケですオジさんは!』
一体何の演説だ……。
正月に手術受けた俺の気持ちになってみろ、浮かれるどころが紅白見れなかったんだぞ。
『皆さんの協力なくして私達だけで江戸の平和を護るなんて到底無理な話です!いいですかァ!!浮かれちゃうこんな時期こそ、戸締まり用心テロ用心!!ハイ!!』
近藤が、自分の使っていたマイクを下にいる人の群れにむける。
【戸締まり用心テロ用心】のリピートをする人はほとんどいないが。
すると後ろから、一人車の舞台に上がってくる人影が。
『あれれー?皆元気がないぞぉ?ホラもっと大きな声で!』
短いスカートのような形の黄色い着物を身に纏い、紫がかった黒髪を右側でまとめた女の子。
『浮かれちゃうこんな時期こそ戸締まり用心火の用じん臓売らんかィクソッタりゃああ!!!!』
マイクを持ってそう言う彼女は、江戸の大人気アイドル寺門通ちゃんだ。
生で見るのは初めてなので俺も嬉しい。
『じん臓売らんかィクソッタりゃああああ!!』
さっきは何も言わなかった民衆が、歓喜あふれたようにリピートする。
『こんにちは〜っ!真選組一日局長を務めさせて頂くことになりました、寺門通で〜す!!』
笑顔をうかべて、マイクを持っていない方の手をふるお通ちゃん。
語尾に関係のない言葉がつくのは、ご存知お通語の特徴である。
『みんなぁ〜正月だからって浮かれてちゃダメだぞーさんのウンコメッさデカイ!』
周りにいる人達も言う。
『メッさデカイ!!』
俺は隣にいる万斉さんに小さく声をかけた。
「…万斉さん」
「何でござるか?」
「あの……プロデューサーなんですよね?お通ちゃんの…。」
「?そうでござる、拙者こそがお通殿がプロデューサー、つんぽでござるよ?」
自慢気に頷く万斉さんに恐る恐る、聞いてみた。
「…お通語に、下ネタ使ってもいいって言ったの万斉さんですか…?」
「…………………………」
ヘッドフォンで声が聞こえないのか、返事がない。
「万斉さん…………?」
「…………………………」
聞かれたくないようだ。
表情のぬけた顔が、お通ちゃんと人混みの方をむいている。
「…何でもありません」
『今日はお通が全力で江戸の平和を護ってみせるからみんな手伝ってねこのウンコメッさくさい!』
お通ちゃんの声に、うおおお、と人混みから声があがる。
『それじゃ一曲きいてください!【ポリ公なんざクソくらえ!!】』
ジャーンとどこからか音楽が始まり、お通ちゃんが歌い出す。
武装警察の一日局長だというのに、そんなタイトルでいいのだろうか。
プロデューサーがテロリストだからそんなタイトルになったのだろうか。
万斉さんが、すっとどこかへ行こうとした。
「万斉さん?どこへ行くんですか??」
ちらりとふりかえって万斉さんは口を開く。
「先回りするでござる、歌が聞きたければぬしはここにいてもよいでござるよ。」
いや、それじゃお付きの意味がないだろう。
「俺も行きます」
歩く万斉さんの後に続いて、音楽を背中に受けながらとりあえずその場を離れた。
「でも万斉さん、次にどこへ行くのかわかるんですか?」
先を行く、ギターケースが斜めにかけてある群青色の背中に俺は訊ねた。
「勿論知っているでござる、案ずるな」
振り向かずに万斉さんは答える。
しばらく歩くと、初代将軍徳川家康の像がある広場についた。
植木が広場の中心を囲むように植えられている。
その植木の外側に、ベンチがいくつか設置されている。
そこに万斉さんは腰かけた。
「…ここに本当に真選組が…?」
「ああ、来るでござるよ」
ゆったりと背もたれにもたれかかり、新聞を読みだす万斉さん。
……全くこの人は…。
俺はベンチの横に立ったままふいと辺りを見回した。
広場にいる人は思い思いに動いていて、犬の散歩をしている人や家族で歩いている人、恋人と笑って歩いているリアじゅ…二人組もいる。
家康像の周りには、待ち合わせなのか数人人が立っている。
時々、ここに知り合いのホームレス、長谷川さんというおじさんがいるときがあるのだが今日はいない。
「ぬしも座ってはどうか?立ったままでは足に負担がかかるでござろう?」
万斉さんの声がして、彼の方をむくと相変わらず新聞を読んでいる。
心配してくれているんだろうか。
やっぱり鬼兵隊は鬼のようだと聞くが、いい人が多い。
「じゃあお隣失礼します」
そう言って、万斉さんの隣に座らせてもらった。
ぼんやりと雲を眺めていると、赤い光が目の端にうつった。
広場の中央の家康像に視線をうつすと、真選組のパトカーが何台か入ってきていた。
赤い光は、パトカーのサイレンのランプ。
そして、最後に演説をしていた車が広場に入ってきた。
何人もの黒い隊服を纏った真選組隊士がしっかりと整列する。
その前に、いつの間にかに真選組の隊服をきた寺門通ちゃん、近藤、土方、沖田が立った。
近藤が、隊士に大声で話を始める。
『いいかァァ!!今回の特別警戒の目的は、正月でたるみきった江戸市民にテロの警戒を呼びかけると共に、諸君もしっての通り、最近急落してきた我ら真選組の信用を回復することにある!!』
真選組の信用の回復…それが本音か…。
『こうしてアイドルの寺門通ちゃんに一日局長をやってもらうことになったのもひとえにイメージアップのためだ!いいかァ!お前らくれぐれも今日は暴れるなよ!そしてお通ちゃん、いや局長を敬い人心をとらえる術をならえ!!』
近藤が言い切った直後、数人の隊士がサイン用の色紙を持ってバッと前に踊り出た。
『ひゃっほぉっ本物のお通ちゃんだぁぁ!』
『サイン!サインくれぇぇっ!!』
そんな隊士達を、近藤が拳をもって勇めた。
『バカヤロォォォォ!!』
遠くなので声が聞こえないが、隊士達に説教を飛ばしてからお通ちゃんの方を向いて何か喋っている。
その黒い背中に、白いペンでお通ちゃんのサインが入っているのが遠くからでもはっきり見える。
殴られた隊士達が近藤に逆に攻撃しているのもはっきり見える。
「…万斉さん、今度お通ちゃんのサイン貰ってきて頂けませんか?」
俺もこれでもお通ちゃんのにわかファンなので羨ましくなって、万斉さんに聞いてみた。
「承知した」
いつの間にかに新聞を読み終え、真選組の方を眺める万斉さんはあっさり返事を返してくれた。
『ちょっとあなた達いい加減にしてよ!』
近藤を蹴っていた隊士達に、お通ちゃんは説教の声をあげた。
『そんな喧嘩ばかりしてるからあなた達は評判が悪いの!!何でも暴力で解決するなんて最低だよ!もう今日は暴力禁止!その腰の刀も外して!!』
刀持ってない武装警察なんてもう武装警察じゃない。
さすがにこればっかりは奴等も聞かないだろう……と思っていた矢先。
『すいませんでした局長ォォ!!』
沖田と土方以外の全ての隊士が刀を下ろし、敬礼した。
声が小さくてこちらには聞こえないが、お通ちゃんと幹部三人が長らく話をしている。
土方が何回か怒鳴りちらしているのが見えるが、やはり何を言っているのかははっきり届かない。
「万斉さん、聞こえますか?」
長い足を組みながら、万斉さんは不思議そうに答えた。
「?聞こえるでござるよ?」
この人ヘッドフォンまでつけてるのにあんな遠くが聞こえるのか!?
「で、何の用でござるか?」
……俺の声が聞こえる、ってことか……。
「いえ…真選組、何言ってるんでしょうね…」
「さぁ?…あ、そうだ」
俺の質問をさらりと受け流し、新聞を差し出してきた。
「これ、捨ててきてはくれぬか?」
ちらりとゴミ箱を確認し新聞を受け取った。
「はい…。」
ゴミ箱が少し遠いなぁ、なんて思って新聞を捨て、戻ってくると広場の真ん中に謎の生物が立っていた。
上半身は、弓矢をかかえた、白髪に近い銀髪の裸の人間の男で、下半身は茶色い馬という……天人…?
馬の背に、朱色の髪の少女が乗っている。
…うつ伏せに。
…背中に矢をさし、そこから赤い液を流して。
これは、世に言う死体では…。
その生物が、近寄った近藤になぜかビンタを食らわせた。
そしてぎゃあぎゃあと喚いている。
この生物と真選組が一体なんの関係があるのだろうか…。
しばらく騒いでから、隊士が車に乗りこみ、何台かパトカーが出ていった。
「雨霧」
「はい?」
隣から名を呼ばれ、返事をした。
広場から去り行く真選組を指差し、万斉さんは言った。
「追うでござるよ」
…え?
「万斉さん!?俺免許も車も持ってないのに相手は車ですよ!?それに、俺は万斉さんのお付きじゃ…」
俺の反論を万斉さんは切った。
「心配はござらん、お通殿と幹部はパレードで歩くでござる、その後を気づかれぬよう追えばよい…それに真選組さえいなければ拙者にお付きなど必要ない」
腑に落ちないが正論だ。
「…承知しました、行ってきます…。」
「拙者はここにいるでござる、何かあったら連絡するでござるよー」
軽やかに手をふりながら俺を見送る万斉さん。
何かおかしい気がする、と思いながら俺はパトカーの後を追った。
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