【31】

(138)距離

「晋助どう?」

外に出てみると、そこには視野が狭くなった世界があった。

「…なんか、上手くバランスとれねーな…」

今まで基本的に車椅子で動いていたため、いくらかぐらぐらしながら歩いている。

「ほら、」

心配になった銀八は昔と変わらず右手を差しのべた。
恥ずかしそうに左手でその手を握る。

「……なぁ、晋助…」

「…何だ?」

「…いや、…やっぱ後ででいいや。」

言いにくそうに目をそらした銀八に、晋助は首を傾けた。

「晋助今身長いくつ?」

「あ?159だけど」

「大きくなったなぁ、おめーも」

「当たり前だろ。男はこっから成長期なんだよ」

「んーだよねぇ。俺今175」

「15くらいか…銀八なんか追い越してやらぁ」

「おー頑張れ頑張れ」

そう言いながら電車に乗り、しばらくして銀八のアパートに到着した。

「……?」

アパートに入った瞬間、煙草の匂いがした。

「はぁ……」

ベッドは相変わらず甘い銀八の匂いがするので、晋助はそれに横たわって息を吸う。

ずく、と左目のあたりが痛んでぎゅうと枕にしがみついた。

ベッドの上からテーブルを見ると煙草の箱と白い灰皿が置いてあって、その隣に赤縁眼鏡。

いつの間にかにそんな物を買ったのか、と少し距離を感じた。

「なー晋ちゃん晋ちゃん」

「晋ちゃん言うな。何だよ」

「久々に手合わせしようぜ?」

晋助が顔をあげると、さっきまで押し入れを漁っていた銀八が二本竹刀を持って現れた。

「…何でいきなり、」

「いーからいーから。どんくらいレベルが上がったのか銀さん知りたいのよ。ね?」

銀八が笑うと、晋助もにやりと笑った。
散々しないで大人を倒してきたのだ、腕に自信だってあるだろう。

「いいぜェ?後悔すんなよ」

隻眼が妖しく細まるのを見て、銀八は冷や汗が出た。

自分の知っている高杉晋助とは、少し違った気がしてならなかったのだ。

銀八もまた距離を感じた。

「……じゃ、公園行こ?」

晋助の手を引いて、公園に行った。


〜〜〜〜〜


(139)嘘の約束

「かかってこいよ、銀八」

「は?いやいや晋助お前から来いよ」

「あ?ガキだからってなめんなよ、お前から来い」

「晋助俺が最初にいったら絶対うたれるから!」

「俺がそんなヘマするかよ!来い」

「いーやお前怪我人だし!ほら!」

大学生と中学生の男子がカンカン照りの真っ昼間の公園で竹刀を持ちながらギャーギャー喧嘩する光景は、周りの注目の的になっていたが。

「ちっ…しゃーねーな」

晋助は少し構えてから、銀八に竹刀を振り上げた。

「……っ!」

ぶつかりそうになって、銀八はバッと避けた。

晋助は容赦なく銀八に竹刀をぶつけようとする。

銀八はまたふらり、と身をかわして避ける。

だが銀八の方から手をあげてくる気配はない。

「……っこんっの!」

晋助も当たらずにイライラしてきて太刀筋がだんだん単純になってくる。

銀八は隙がなく、銀八の竹刀で晋助の攻撃は受け止められてしまった。

((…っやべ!))

手が塞がれば足で、足が塞がれば手で攻撃しなければ相手からは逃げられない、といつもの習性で、晋助は銀八に蹴りを決め込んでしまった。

「っうぉ!?」

銀八は声をあげながらも、それさえもわかっていたように左手で爪先を抑えた。

「あ…………」

やってしまった、と言うように晋助の顔は青ざめた。

「しーんーちゃーん…剣道で蹴りはいけないんじゃないの…?」

「わ、悪ィ!!」

晋助は慌てて謝る。
が、銀八は神妙な面持ちで晋助を見た。

「…やっぱりな……」

晋助が恐る恐る顔をあげると、銀八はそのまま口を開いた。

「お前、今までもあーゆーのによく絡まれて、誰にも言わないで対処し続けてたろ」

晋助は驚いて右目を見開いた。

「…っな、ん……」

「この間、お前が大人に絡まれてんの一回俺が助けたろ?あんときもその誘拐犯みてぇな連中だったんじゃねーのか?…普通に剣道だけをたしなむ奴は足なんか出ねぇ。お前は喧嘩慣れしちまってるんだって確信したよ、俺ァ」

銀八の言葉を聞いて、晋助は体を震わせた。

ああ、知られたくなかったのに。

「…ぁ…う……」

どしゃ、と乾いた地面に竹刀が落ちた。

「……ごめ、なさ…」

「何で謝る?お前は悪くねぇじゃねーか」

銀八は晋助の頭をぽん、と撫でた。

「男なんだから自分の身くらい自分で護れ、誰かを守れるくれーにな。」

「……ああ…」

「松陽先生だって言ってたろ?…だけど、俺の事くらい頼ってくれや。それと不必要な喧嘩はしないようにな」

松陽先生の名が出て、晋助は自分が決めたことを思い出した。

“先生の仇をとる”

不必要な喧嘩もたくさん買って、情報絞り出して、悪足掻きかもしれないけどそうせずにはいられない。

から。

「……ごめん、」

「わかりゃいいんだよ。もうやめろよ?」

((お前の言うことでも、それは聞けない。))

銀八の優しい言葉で更に後ろめたくなって、兄らしい笑顔が眩しくて見られなくて、晋助はうつむいた。


〜〜〜〜〜


(140)甘いカレー

キッチンからカレーの臭いがした。
ふと晋助は最近銀八の作ったものを食べていなかったなと実感する。

「ん?どーした晋助」

「…俺も、手伝う」

夕飯を作っている最中、ひょこりと銀八の背後に晋助が現れた。

「ん。じゃ大皿二枚出してくんね?」

食器棚から適当に見繕って持っていった。

「さんきゅ」

味見した銀八は嬉しそうに頷いていた。

「ん、いー感じかな。晋助も食う?」

「食う」

「はい」

「……相変わらず甘い」

「普通だろ」

「俺辛口派」

「いやいややっぱ甘口だろ。いつのまに辛口になったの大人の階段登ったの全くもう!」

「おいおい!今何入れようとした!?」

「えっ、チョコレ
「っざけんなぁ!」

「いやいや晋ちゃん!某執事漫画ではチョコレートをカレーに入れてコクを出すという
「一人の時だけにしてくれ……」

甘いものに未だ離れられない銀八がいとおしく思えた。
だけど、部屋に置いてあった煙草を思い出す。

「…な、お前煙草吸うのか?」

「え?うん、まぁね。まだそんなにニコチン中毒って訳じゃないから吸わなくてもある程度平気だけど」

「……そか」

喘息持ちの晋助がいるときは吸わないよ、と笑う銀八に晋助はまた距離を覚えて背中にぎゅっと抱きついた。

「っちょ、晋助……?」

動揺したような銀八の声を無視して更に強く抱きしめる。

「いいよ、吸って」

((隠さないで俺には全部見せてくれ))

銀八は困ったように笑った。

「煮詰まっちまう、早く食おうぜ」

カレーは昔と変わらず甘かった。


〜〜〜〜〜


(141)成長

「風呂でも入ってくれば?」

「ああ」

「もう髪は一人で洗えるようになった?」

「あ、洗えるに決まってんだろ!」

銀八は晋助をからかい楽しそうに笑った。

流し見していたテレビを切ると、銀八は食器を洗いにキッチンへ行く。

「…………」

晋助も風呂へ向かった。

大きな鏡の前で服を脱ぎ眼帯を外せば、
病人食で痩せた身体と目を縦に切るような傷が映るが気にしないように風呂場に入った。

相変わらず狭い風呂場と浴槽だが、こじんまりとした雰囲気と充満する湯気を晋助は心地よく感じる。

今回はちゃんとボトルの頭に書かれたカタカナを確認して髪を洗った。


「銀八、出たぜ」


風呂から上がると、銀八はベランダで煙草を吸っていた。

「ん?あぁ行く行く」

夜空を眺める大きな背中が、温い風になびく銀髪が、眼鏡に隠された赤い瞳が、ふうと煙を吐く姿が、煙草を挟む指先が、

((かっこいい……))

晋助にそう思わせた。

銀八も銀八で、風呂上がりの紅潮した肌と額にへばりついた前髪から落ちる雫が、パタパタとシャツであおぐ度に見える首元がなんとも扇情的で

((えっろ……))

その中学生とは思えない姿に目が眩んだ。

お互い気まずそうに、頬を赤くして視線を散らす。

「じゃ、俺入ってくるわ」

「ん」

銀八が入浴する間、晋助は今回全く手をつけていない夏休みの宿題に手をつけることにした。

「勉強?偉いな相変わらず」

「ただの宿題だろ。すぐに終わる」


銀八は灰皿にじゅっと煙草を押しあて火を消すと風呂場へ向かった。

しばらくペンを動かしていた晋助だが、途中で飽きてやめた。

「……眠ぃ…、」

晋助はそのまま座布団を枕にして横になる。

とろとろ、とそのまま眠っていた。

「…んなトコで寝たら背中痛くなんぞ、全く……」

風呂から出てきた銀八は倒れるように寝ている晋助を見て呆れたように呟いて、
起こさないように抱き上げベッドに寝かせてやった。


〜〜〜〜〜


(142)料理

「晋助、そろそろ飯にしようぜー」

銀八と晋助は翌日、ひたすらゲームに没頭していた。

銀八としては片目しか使えない晋助の身を労りゲーム等はやらせたくなかったのだが、晋助としては最近出た気になるゲームを銀八はいくつも持っていたのでやりたかったのだ。

「うっわ、こいつ強ェ」

「ねぇ話聞いてる?」

さっきまでは二人でプレイしていたのだが、銀八は疲れて諦めた。

「いいよ俺まだ腹減ってねぇもん」

「銀さん腹減ったー」

「あっちょっやばいっ、あっもうっ、あっ……あーあ…」

「…なんかエロかったよ晋ちゃん…」

「負けちった…」

銀八の感想など聞かずしょんぼりとする晋助。

「晋助、ご飯……」

「作っといてくれよ、俺ケリがついたら食うから」

銀八は、自分とゲームを秤にかけられ負けたような、そんな気がして少し苛立つ。

「!?」

がっ、と腕を捕まれ立ち上がらされる晋助。

かしゃん、とゲームのコントローラーが落ちた。

「一緒に作るぞ、晋助」

「え!?」

銀八が苛立っているようだったので、とりあえず無抵抗のまま銀八に連れていかれる。

「…宇治銀時丼にすっ
「やめろ。頼むから。」

銀八の案は却下されとりあえずうどんということに。

「晋助、ネギ洗って」

晋助はネギを銀八に手渡され、なんとなく振ってみる。

「いやいや初○ミクごっこしなくていいから」

銀八は銀八でがちゃがちゃとやっている。

晋助は野菜を洗ったことなど生まれてから一度もない。

「……」

とりあえず腕捲りしてから水を出して、軽く水でネギを洗う。
そしてその場にあった洗剤とスポンジを手にした。

「ちょぉぉぉっと待てやぁぁぁ!」

銀八の制止の声に振り向くと同時に洗剤とスポンジを取り上げられた。

「あ」

「あじゃねーよ!どこの世界に洗剤とスポンジで野菜洗う奴がいるんだよ!」

「え……違うのか?」

「違うわぁぁぁ!つかこれ良く見たら漂白剤じゃねーか!」

温室育ちにもほどがある、と少し呆れた銀八だが。

「まぁ晋助なら物覚えいいからすぐ料理くれぇできるようになるか。」

めんどうくさがってやらなさそうだが、は飲み込んでそう言ってやった。

「こうか?」

「んー、あーもう危なっかしいな!貸せ、俺がやる!」

銀八の過保護のおかげで、晋助がちゃんと料理を作れるようになるまではまだ時間がかかりそうだ。



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