【29】
(131)洞爺湖
まだまだ走り慣れていない銀色のバイクを飛ばす。
白いヘルメットに隠れた銀髪が風で後ろに流される。
銀八の頭の中は晋助の事で一杯だ。
晋助が捕らわれている空き地は、銀八の家を通らないと行けない場所だったので家で竹刀か刃物か何かしら武器を持ってから行こうと決め、バイクをアパートの前に止めた。
急いで鍵を開け、靴を脱ぎ散らかして中に入る。
部屋に入ると畳が軋み、バタンと何かが倒れる音が襖の奥から聞こえた。
確か襖に竹刀が入っていた、と思いそこを開くと。
「………何、これ」
倒れていたのは木刀だった。
坂田家の先祖が使っていたと言われている、柄に“洞爺湖”と刻まれた古い木刀。
引っ越すときに何の手違いか運ばれてきて、実家に返すのも面倒だったのでそのまま放置していた木刀だ。
何故今目の前に倒れているのかわからない。
偶然か、はたまた運命か。
((ご先祖さん、俺に力貸してくれよ!))
一刻を争っていた銀八は目の前のそれを握って自分のベルトにさし、晋助の居場所へ向かった。
〜〜〜〜〜
(132)先生と左目
「…ッチ、おっせぇな……」
だんだん男達は不機嫌になっている。
晋助は緊張のあまり一秒が一分に感じるほどになっていて、ひたすらに恐怖に耐えていた。
「いつだったかもこんなことあったよな」
「そんときはアレだろ、リーダーが捕まりそうんなってサツから逃げ回ってた時」
「あぁ…髪のなげー男跳ねちまって………」
晋助はその会話に反応した。
跳ねられた、髪の長い男と聞いて連想したのは、無論彼の師。
「あいつ結局どーなってんの?死んだっけ?」
「バッカじゃねぇのお前、んなことも忘れたのか?意識不明の植物人間、だよカス」
「あ?やんのかてめぇ」
「いいぞーやれやれ!」
げはげはとゲスな笑い。
それより何より、晋助は固まった。
意識不明の、植物人間。
「よせやお前ら。ここにいいトコ育ちのお坊っちゃんがいるんだからよ、真似しだしたらどーすんだ」
一人、男が晋助の方に歩み寄って濡れた髪を雑に撫で回す。
「嫌ですね兄貴、こいつぁもう立派な不良っすよ、俺この間やられちまったし」
「こんなガキにやられるなんてお前も落ちぶれたな、ぎゃはははっ」
何がおかしいのかまた笑いが起きる。
松陽先生に、怪我させた奴。
が、トップで
こいつらの、リーダーのせいで
こいつらの、
せいで、松陽先生が
先生
が
傷
「お前ら、松陽先生を……!!」
晋助は怒りで血走った目で彼等に向け、睨み付けた。
彼の中の何かが崩れた。
「先生を、よくもっ……!お前らのせいで先生はぁぁぁあぁ!!!!!」
突然大声をあげ始めた晋助に男達は驚く。
が、すぐに晋助の頭を撫でていた一人がその口を塞いで睨み脅しつける。
「うっせぇんだよ黙れクソガキ」
一瞬晋助は怯んだ。
「こいつ黙らそうぜ」
「あ!どうせだしやられた分仕返しちまおうぜ!」
「!!」
晋助に集まっている男達の鋭い視線がニタリと歪んだ。
「こんなガキをサンドバッグにしたってつまんねーだろ」
「でもうるせーよこのガキ」
「マワすか?」
「アホかよこいつ、男だぞ」
「お前どんだけ飢えてんの」
「ヤクでも嗅がせてみる?」
「もったいねぇよバカヤロー」
「ヤクはともかく、まぁ」
一人の男が、晋助の腹を思いきり蹴った。
「う゛っ、ああ!!」
息が詰まり、苦しい。
「そこそこいい声で鳴くじゃねぇか」
「声がまだ高いから女みてぇだな」
そう言われ、更に殴られ蹴られる。
「あ゛、あぁあ!」
「……にしても遅ェな…」
男達がイライラしているのがだんだん目に見えていく。
「……おま…えら……俺がっ……」
晋助はもうボロボロだ。
「うるせぇよ使いモンになんねーな!」
頭に足をかけられる。
「……っつ…!」
涙が溢れた。
((何で、先生に怪我させた奴等に、俺がこんな目に……))
「鬱陶しいな泣くんじゃねぇよ」
「もう目でもえぐりだすか?」
一人が持っていた刃物が月に輝き、その言葉を生々しくさせた。
「えぐるは流石に可哀想だろ」
「そうか?」
刃物が、だんだんと自分の目元に近づいてくる。
「…ひっ………」
次の瞬間。
何が起こったのか、わからなかった。
とっさに閉じた両目を開こうとすると、焼けるような熱さと痛みが左瞼に走る。
「…ぁ、あ……」
「えぐるとまではいかねぇが、やりやがったよ!」
周りの笑い声が響いて、
認識した、
左目を、斬られたと。
「ああぁぁあぁあぁああぁ!!!!!!!!」
〜〜〜〜〜
(133)救世主
「……ここ、か…」
焦ったように銀八は呟き、バイクを止めた。
ずっと使われていない、まさに裏で動く者の溜まり場にはうってつけの廃れた廃ビル。
「ああぁぁあぁあぁああぁ!!!!!!!!」
絶叫が聞こえた。
紛れもない、愛しい愛しい幼なじみの。
銀八は駆け出した。
入口を塞ぐかのように入口の前にいる男達は銀八を見ると顔をしかめた。
「見ねェ面だな──」
男の言葉が終わる前に、銀八はその腹に蹴りを食らわせた。
「「!?」」
その場の空気が固まった。
銀八は怒りのままに木刀を振り回し、そこにいた数人を殴り倒す。
鉛色のドアを蹴破ると、ガシャンとけたたましい音がした。
「晋助!!!」
面白そうにげらげら笑っていた男達が一斉に睨み付けるように銀八を見た。
銀八はそれに怯むこともなく晋助を目で探す。
「………!!」
一番奥に、縛られている子供を見つけた。
月明かりが差し込んだ彼の顔の左半分が、
真っ赤な真っ赤な血の色をしていた。
赤い目が、見開く。
直後、背中に満月をおったその男の体からは殺気と怒りが込み上げた。
「……てめェら、そいつに…何した…」
「お前、高杉家の奴じゃねーな?」
「警察でもなさそーだな」
「何でこいつの事知ってんだよ」
その問いに答えることもなく、銀八は目の前の男の顔面を鷲掴んでコンクリートに叩きつけた。
「てめぇ!!」
声をあげた周りの奴等にも銀八は迷うことなく制裁を与える。
赤い目は怒りに染まっていた。
晋助に怪我をおわせた男達への怒りと、晋助を護りきれなかった自分への怒り。
殴りかかってきた腕は手首を掴んで捻りあげ、飛んできた武器は木刀ではじいて、刃物を持って走ってきた者にはそれより攻撃範囲の広く重い木刀の攻撃が落ちてくる。
人数が多すぎて怪我も負うのだが。
木刀を持ったただの大学生には到底見えない、
まるで銀色の日本刀を持った侍のような動き。
「……ぎ……ん、…?」
意識が朦朧としている晋助は、使える右目をうっすら開いてその姿を確認した。
月に輝く銀髪が、赤い血飛沫に濡れる姿。
前にも見たことがあるような不思議な感覚を一瞬覚えたが、何よりも安心した。
「…来て……く…れた…………ぎん、…と…き……」
自分が誰を呼ぼうとしたかもわからぬまま、
がくん、と気を失った。
大半を倒した頃には、もう男達は青ざめて銀八に助けをこう。
「悪かった、悪かったから…!」
そういう彼等さえぼろぼろにするほど彼は非道でもなければ聞き分けが悪いわけでもない。
「次やったら、どうなるかわかったろうな」
無意識に怒りで低くなった声でそう呟かれると、腰の抜けた男達は頷くしかない。
どうにも煮えきらずむしゃくしゃしたがそれより晋助が先だ。
「………、晋助っ…!」
気を失った晋助に慌てて駆け寄ると思ったより大量の血が流れている。
何より左目を斬られていることに、銀八は身体から血の気が引く思いがした。
「こんな……」
銀八が晋助に気を引かれているうちに、ひぃと情けない声をあげて何人もの男達が逃げ出していく。
キキィ、とブレーキの音が外から聞こえてたくさんの赤と黄色の光が差し込んできた。
その辺に落ちていた折り畳み式ナイフで晋助の縄を切ってから銀八は晋助をそっと抱き上げた。
外に出ると眩しさに目が細まる。
「銀八さん……!」
「坊っちゃんが!」
「晋助様!?」
高杉家の使用人とボディーガードの声がして、
「誰か救急車呼んでください、それかこのまま病院に」
銀八がそう言うとすぐに使用人が晋助を車に乗せた。
「坂田さんも怪我してらっしゃいますよ」
銀八の知り合いの使用人が、そう声をかける。
「いや、俺は平気……」
「いけませんよ!坂田さんも車に」
「えと………」
「ほら、病院まで行きますから」
晋助と同じ車ではないが、一台の高そうな車に乗せられる。
「坂田さん、坊っちゃんを助けて頂いて本当にありがとうございました…」
何人もの使用人が涙ぐんで銀八にそう声をかける。
「俺はあいつの兄貴みたいなもんっすから」
晋助、お前は愛に触れられないだけでたくさんの奴に愛されているんだな。
晋助の身を案じながらも、銀八はそう思い薄く微笑んだ。
護りきれなかった責務を、隠しながら。
〜〜〜〜〜
(134)金と命
高杉財閥経由の病院で、銀八は軽く手当てを受けた。
晋助は無論集中治療室。
晋助について医者は命に大きな支障はないと言ったものの、やはり銀八は不安で落ち着かないようにベンチに横になっていた。
この段になっても晋助の両親は何をしているのやら、昔から晋助と一緒のメイドとガードマンしかいない。
「銀八さん、夕飯はもうお召し上がりになりましたか?」
「あ、まだだった」
時計を見るともう8時半を回っていた。
「何か作る、のはできませんが買ってきましょうか?」
「や、いいよ俺は」
まだ食えそうにねぇ、と苦笑いすると彼女は申し訳なさそうに笑い返す。
「本当にありがとうございました…銀八さんがいらっしゃらなかったら、坊っちゃんはどうなっていたことか…」
「やめてくれや。俺が行ったときにはもう手遅れ…晋助はボロボロだった。」
痛々しい左目を思い出し、苦い空気が流れた。
「…あいつの目、治るかな…」
「坂田銀八さんですね?」
頭上から男の声が降ってきて、銀八は驚いたように起き上がった。
身なりのいい、だが見覚えのない男。
「旦那様…」
使用人の声で、銀八はハッとして立ち上がり姿勢をただす。
「…私は、高杉晋助の父です。この度は息子を助けてくださり本当にありがとうございました」
「いえいえ!正直あんな大きな怪我してちゃ助けらんなかったも同然ですし」
「いえ。あの子が生きていて本当によかった」
目元が笑っていない笑顔で、そういう晋助の父親。
銀八も笑って対応はするものの心の中では怒りが爆発する寸前だった。
((良かっただぁ?よく言いやがるぜ、全く動かなかったのどこのどいつだよ))
「なんとお礼を言っていいのやら…」
「礼なんて結構ですよ、あいつが無事ならそれが一番っすから。ねぇ?」
皮肉じみた事を言いながらへらりと笑ってみせても、流石は高杉財閥の社長なだけあって慣れているのか顔色一つ変えなかった。
それどころがブランドものの背広から紙を取り出す。
「せめてもの気持ちですから。好きな額をどうぞ」
その小切手を見て、銀八の中の何かがぷつりと音をたてた。
「…てめぇ、俺がそんなもんのためにあいつをっ…!!」
銀八は思わず目の前の相手の胸ぐらを掴んだ。
「銀八さん止めてください!!」
使用人がすぐに銀八の強く握りしめた右手を抑える。
「なんっ……」
「坊っちゃんが寂しがられます!」
その声で引き戻された。
晋助が外に出る事などに許可を出しているのは全てこの父親だった。
「……っくそ、」
それを思い出すと銀八は静かに手を離す。
「こちらは必要ないですか?」
「ええ、結構っすよ」
悔しそうに銀八はまたベンチに座り、何も見たくないと言うように目をふせ項垂れた。
手術が終わるにはまだ時間がかかりそうだ。
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