【24】

(107)午後8時

「雨止んだネ!もう行くアルか?」

「ああ。さすがにそんな長居もできねーし」

「泊まっていってもいいアルよ?」

「いやいいって」

「また夕飯食べていってね」

「旨かった、ごちそうさま…じゃあな」

春巻き争奪戦が兄妹で繰り広げられる食卓で、頭に食器やらをぶつけられながらも美味しく夕飯を頂いた銀八。

あれほどやかましかったのは、実家にいた頃に母と晋助と一緒に食べた夕飯以来だろう。

そのお陰で元気も出た。

暗い道で、たまに水溜まりに足をつっこんだりしながらも歩く。

だが。

ポツリ。

途中から雨が再び降りだした。
冬の冷たい雨。

確か折り畳み傘があったと思い、バッグを漁る。

だが傘は見つからない。

((何で…あああ思い出せ俺!振り返るんだ銀八!!))

夕飯の前に一度神楽の家を出ていこうとして、その時に傘は手に持っていた。

そして、リビングにまたあがるときにそこに置いてしまったのだ。

「…嘘だろオイ…」

事実は認めなくてはいけない。

神楽の家からは随分離れた。

バックには書類が入っているので、これはもうバッグを濡らさないように抱え込んで走るしかない。

「最悪だ…ったくよー…」

どうにもならない文句を垂れながら走っていると、ふと前から誰かが歩いてきたのに気づいた。

最近銀八は視力が低下してきているのと傘で隠れているので顔はよく見えないが、彼よりだいぶ小さい女か子供。

その人物が突然、銀八に物を投げつけてた。

「!?」

銀八はとっさにそれを受け取る。

それは黒い折り畳み傘だった。

「使え。貴様傘を持っておらんのだろう」

そのしゃべり方と声に、銀八はハッとした。

「お前っ……ヅラ…!?」

「ヅラじゃない桂だ!!!」

緑のコートに身を包み、男だというのに長い黒髪でポニーテールを作っている少年。

それは晋助の友達、銀八もよく遊んでやった桂小太郎だった。

晋助のせいであだ名は『ヅラ』。

「だからヅラじゃない桂だって!」

「ちょっ誰につっこんでんの」

「決まってるであろうナレーショ
「あーごふんごほん!」

咳払いしながら傘を開くと、銀八は訊ねた。

「お前何でこんなとこいんの?前はじょうい小行ってたんだからあっちの方じゃねーの?」

「うむ、小学校を卒業してから引っ越したのだ。だから今はかぶき第二中だ」

この少年も神楽や新八と同じ中学と知り銀八は驚く。

「ふーん……」

「ところで高杉は元気か?」

晋助の話をふられて、隠し事を隠し通されギクシャクしていた幼なじみを思い出す。

「ああ、元気だぜ。」

「よかった……」

桂は肺から不安だったものを吐き出すように、安堵の息をついた。

「一月にいっぱい休んで、そのまま転校してしまったであろう?その直後にあったら随分とやつれていたのでな…実は心配していたのだ」

晋助は友達には特に何も話していないらしく、ただ風邪をこじらせて寝たきりになってしまった、と知らせたらしい。

「あいつもあいつで事情があってな……今は新しい学校で友達もできて楽しそうだ」

「そうか。正直俺は昔も今もあいつが嫌いだが、それは良かった」

((…いや、ぜってー嘘だろ…))

「あ、だが仲間だとは思っているぞ!」

「へーへーわかったって」

銀八はもう特に用はないので、そのまま去ろうとした。

「ヅラ、傘サンキューな。神楽って奴か志村新八って奴にこれ渡しとくから、そっから受け取ってくれ」

「待て銀八!」

そういえばこいつも呼び捨てだったな、と思いながら振り替える。

「……高杉に、よろしく伝えてくれ。あと面倒事に巻き込まれんよう気をつけろ、と」

白い息を吐きながら、桂はふっと微笑んだ。

「おー伝えとく。嫌いな奴にしては優しいなー」

「仲間だからな!」

「じゃーな、お前こそ気ィつけろよ」

「ああ。貴様もな」

「んじゃ、ヅラ」

「ヅラじゃない桂だァァア!!!!」

雨音に邪魔されながらもそんな会話を繰り広げた、午後8時だった。


〜〜〜〜〜


(108)非リア充の地獄祭

『もしもし坂田ー?今お前フリーだよな?24日一緒に飲みに行かねぇ?』

『坂田?あぁ久しぶり…あのさ、24日あいてるだろ?ちょっと合コンやるんだけど人数足りなくてさ…』

『銀八っ俺彼女が24日一緒に居たいっていうんだけどバイトが…かわってくんない?』

『銀八ぃー』

「あああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

街は鮮やかにネオンで彩られ、恋人たちの聖なる夜クリスマスも近づいてきたある日。

当然のように銀八は非リア充と思い込んだ彼の友人達がこんな電話をかけてくる。

「何でキリスト教信者でもねー奴等がキリストの誕生日祝ってんだよ!
つか何で俺はハナから24日あいてること確定なんだよ!!
何で誰一人俺に恋人がいると考えないんだよ!!
何が悲しくてむさい男集めて聖なる夜に飲みに行かなきゃなんねーんだ!
24日にコンパやってる時点で遅すぎだろ、負け組だろ!
挙げ句の果てにはリア充からノロケと来た!
爆発しろよジャスタウェイぶつけられて爆発しろよ頼むからァァァ!!」

一番最後に電話してきた坂本にぶちまける。

晋助の家に遊びに来ているので、それを晋助も聞いている。

「…銀八、うるせぇよ」

『銀八ィうるさいきに』

「…う゛……」

「実際彼女いねーんだししょうがねぇだろ。」

『実際彼女おらんじゃろ、しょうがなか。』

「…なんかさっきから晋助と辰馬の声がかぶるんですけど。聞きにくいんですけど。つか第一に読みにくいだろーが」

『そういうことを言うんじゃなか。ところで、24日に合コンやるんじゃが─』

「てめェもかァァァァい!!!!!!」

銀八は勢いで格好よく携帯を床に叩きつける。
はずが、晋助の座る柔らかいベッドにぽすんと音をたて落ちた。

「……銀八、携帯…」

「…………いや、これアレだから壊れないようにわざとだから」

晋助の可哀想なものを見る視線をかわしてまた携帯を手に取る。

「いや行かないから。俺今年は晋ちゃんちでメリークリスマスするわ。」

『結野さんも呼ぼうかと思うたんじゃがのう…』

銀八はぴくりとした。

彼女の笑い顔を思いだし、どもってしまう。

「銀八?」

突然固まった銀八を不思議に思った晋助が名前を呼ぶ。

銀八は頭の中のその人と、目の前の可愛い幼なじみを比べ、即答した。

「……行かねェ。」

『なんじゃつれんのう…』

しぶしぶといったようにひき下がった。

「お前もそろそろ陸奥って女にアタックしろよ。」

『そういうおまんもずっと前から好きな子がおるじゃろ?アタックせい』

銀八は再び固まる。
と思うと顔が真っ赤になる。

「は、え、おい、てめっ……え?」

『高校ん時につきあっちょる子もいたけど、おまんらお互いに遊びみたいな空気が流れちょったき。別に好きな子がおるんじゃろ?』

見透かされた気分になって、銀八はそのままボタンを押して電話を切った。

「…銀八、坂本何だって?」

「あーああー晋ちゃんは気にしないでいいこと!」

真っ赤な顔を見られないようにそっぽを向きながら銀八は答えた。


〜〜〜〜〜


(109)プレゼント交換

「メリークリスマス晋助ー」

「ああ……」

晋助の終業式が終わった日がクリスマスイブ。

そして夜、銀八が現れた。

「お前もう夜の9時だぞ?何やってたんだよ」

「んー、サンタさんに会ってきた」

「意味わかんねぇ」

軽い冗談を言う銀八に晋助は優しく笑ってから、部屋に入れた。

「これプレゼントな」

その言葉と一緒に白い包みを照れ臭そうに差し出す銀八。

「?何だ?」

晋助は受け取って中身を覗いてみる。
始終銀八はそわそわしていたがそれはあえて流す。

中にあったのは、銀色の、蝶の形のチャームストラップ。
羽根に紫色のストーンがついていて、間違いなく女物。

「…銀八、俺男なんだけど」

「ああ、知ってる。でも晋助に似合うよ」

それは晋助によく似合うと思って銀八が衝動買いした物。
あげたところでつけてくれないだろうけれど自分が持っていても意味がない。

「…ふぅん…」

晋助は銀八にくるりと背中を向けて、それをもう一度よく眺める。
綺麗で思いの外細かい。

それが自分に似合うと言われ嬉しかった。

というより銀八が買ってくれたものなら彼は何でも喜ぶだろうが。

「……」

晋助は無言のままそれを自分の携帯(もといスマホ)につけた。

「えっ!?」

「えっ、俺へのプレゼントだろ…?ダメか?」

驚きの声をあげた銀八に、逆に驚く晋助。

「いや……女物だからつけてくれねーと思ってた…」

「学校じゃ携帯いらねーし出さねーもん、別に女物つけたっていいだろ」

チャラ、と音をたてたそれを満足げに見つめる晋助。
最近うまく笑えていなかった晋助のその笑顔が、自分への何よりのプレゼントと銀八は思った。


〜〜〜〜〜


(110)一年前

クリスマスも正月も銀八の成人式も終わり、一月も中旬のとある日曜日。

晋助の母がいなくなった日、
松陽先生が病院に入った日、
銀八が晋助を慰めた日。

去年の今頃はそんなことがあった、と晋助は一人思い返す。

あの頃は本当にどうなるかと思った。

((もしあそこで銀八がいなかったら俺は廃人だな…))

そんな洒落にならないことも考え、それでも思い出すのは一年間あって一度も目を覚まさない師の顔。

今日は先生のところに行ってみよう、とベッドから起き上がった。


*


一人電車に揺られ昔いた街まで戻ってきた晋助。

近くの花屋で淡い色の花を数本買い、(まるではじめてのおつかいの如く緊張しすぎて小銭を落としてしまい拾う時間店員を待たせるのもアレだったので万札で払った)懐かしい病院へ行った。

「あら、高杉くんじゃない…」

知り合いの看護師が何人も晋助に気づいて声をかけてくる。

「久しぶり。一年前は世話になった」

その度に晋助は軽く微笑んで、そう返してやる。

一年前はまるで魂の支えを失って壊れそうな状態で退院していったので、その復活を見て看護師達は安心した。

松陽先生の病室をゆっくり開けた。
一人だけ隔離されている。

「…先生、久しぶり…俺だよ…」

目を覚まさないその体にはいくつも機械のチューブが繋がれていた。

その腕や首は、頼りないほどに細い。

目元を覆うほど長い前髪に、そっと触ってみた。

『こら晋助、小太郎。そんなに人の髪で遊ぶんじゃありませんよ』

前も、桂と一緒によく先生の髪の毛を触ったりしていた。

『銀八もよく私の髪で遊んでましたね』

『銀八は自分が天パだからうらやましいんだろ。おれもよくいじられる』

「……先生っ…」

思い出せば思い出すほど、苦しくなる。
自分が“来てくれ”などと言ったから。

「ごめんなさい…先生…」
松陽先生が意識をなくして入院してから、周りの人達はどこか元気をなくしていた。
桂も、また銀八も。

「先生がいなきゃ、皆寂しいんだよ…早く起きて…」

大切な人を思っての、透明な雫が頬を滑り落ちた。

病室の白い壁は、晋助の小さな泣き声を飲み込んでいった。



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