(15)またいつかお会いしましょう

先日鬼兵隊の船を停めていた辺りまでいくと、赤い大きな船が見えてきた。

「おぉぅ、おったおった、わしの快臨丸じゃあ!!」

隣でたつ兄が笑いながら叫んでいるのを見ると、やはり彼の船らしい。

たつ兄がどこに船を停めたのか忘れてしまい、仕方なく俺の知っている場所に来たところビンゴだったようだ。

船では、何人かが荷物の積み込みで出入りしている。

その中で一人、船の近くの納屋に腕をくんでもたれかかっている人がいた。

遠くからでは笠を被っていて男か女か見分けがつかないが、濃い紫色のマントのような布を纏った小柄な人。

「陸奥ー待たせたのう!」

たつ兄が、その人にむかって手をふって呼びかけた。

この人がさっきたつ兄と電話していた女の人か。

「………遅い……」

陸奥さんは右手で、少し笠を持ち上げながらこちらをちらりと見た。

笠の影で隠れ気味の目には、怒りの色がういている。

「いやぁすまんのう!!道を忘れてもーたきに、こいつに教えてもらったぜよ!アッハッハッハッハッ」

『こいつ』と言うときに俺は肩を叩かれた。

それを聞いて陸奥さんは俺に、

「ん、うちのアホが迷惑かけてすまんかったの、恩にきるぜよ」

笠を外して軽く頭をさげてきた。
明るい茶色の、軽く結わいてある長髪がこぼれる。

「いやいやいいんです!迷惑なんかじゃありません」

俺が慌てて言うと、すっと彼女は頭を上げた。

髪と同じ色の瞳が俺を見る。

男のような格好をしているが、よく見ると美人だ。

「そうか……坂本、そろそろ行くぜよ、早く船に」

陸奥さんは俺からたつ兄に視線をそらして言った。

もう宇宙に行くのか……

「じゃ、これでお別れじゃき」

たつ兄は腰をかがめて俺の顔を覗きこんできた。

「……うん……」

赤茶色のサングラスの奥で、たつ兄の群青色の瞳が寂しげな色をうかべている。

「おまんに会えて、まっこと楽しかったぜよ!また一緒に飯食おうの!!」

そう言って、その目をきゅっと細めて笑いかけてきた。

「時々地球に戻ってくるきに、そんときゃ連絡するぜよ!」

「たつ兄、俺も少し宇宙にいるだろうからその連絡はうけられないや」

たつ兄は少し目を丸くてから

「そうかそうか、おまんも…鬼兵隊も宇宙に!高杉も宇宙の良さがわかったんじゃのう!!」

一人で頷いているが、多分そうじゃないだろうと言っていいのかいけないのか。

そしてふと思い立ったように、

「何かの役にたつかもしれん、柚希にこれをやるぜよ」

俺に、赤い上着の内ポケットから取り出した名刺を差し出してきた。

俺の手におさまった小さな名刺を見ると

【快援隊隊長坂本辰馬】

と書かれていて、裏には電話番号が書いてある。

「暇じゃったら電話してもかまわんきに」

少し温かさの残る名刺を、俺はありがたく頂くことにした。

「ありがとう…色々と」

俺が頭をさげて礼を言うと、
たつ兄は俺の頭を少し撫でてくれた。

そしてすぐに切り替えたように

「快援隊、出航じゃ!!皆船に乗るぜよ!」

凛々しく指示を出した。

荷物を積み込んでいた船員も仕事を終えたのか、赤い船に入っていく。

たつ兄の斜め後ろで控えていた陸奥さんも、船の階段の方へ歩いていく。

「元気でやるぜよ。高杉にもよろしく言うちょいてくれ!」

俺に言い残してゆっくりと歩いていくたつ兄の背中を見たら、ふと寂しさが込み上げてきた。

俺もたつ兄も宇宙にいるんだし、俺なんて戦いに出ることもあるんだから、
もう会えないかもしれないんだよな、この人と…。

小さい頃、たつ兄が退院して戦場に戻るときもこんな気分だった。
…あのときは大泣きして兄貴になだめられてたけど…。

「俺も、すげぇ楽しかった、嬉しかった!たつ兄こそ気をつけて!!」

俺は声をはりあげた。

船のエンジンのような音が大きくて、遠ざかるその背中にはっきりと声が届いたのかはわからないが。

大きな赤い背中が、風に煽られながら遠ざかっていく。

その姿は同じ色の船にすいこまれ、船は青い空に舞い上がって消えた。

空が少し霞んだような、ぼやけたような…そんな風に見えて、一人で目をこすった。

風で目にゴミでも入ったのか、目をこすった手の甲が少しぬれていた。



ーーーーー



「いつまで窓ば見ちょるつもりかや?」

小さな窓から、下を覗く上司に彼女はため息混じりで問いかける。

「…お、ああすぐに戻るぜよ…」

遠くなる海と、海辺にぽつんと立っている少女に目線をやりながら、上司は半ば上の空で答えた。


──なぁ梅、おまんの妹はおまんによう似ちょるのう…
柚希が男物の服着ちょらんと、わしでも気づかなかったかも知れんぜよ…──


考え事をしているような、そんな相手をちらりと横目で見て彼女はまた口を開く。

「…おんしにもあんな年下の友人がおったんじゃな、戦の仲間ではないじゃろ?」

「いつになく饒舌じゃのう陸奥?あやつはこれからが戦じゃき。大変だろうの……」

窓枠に頬杖をつき、男も答えを返す。

「……連れてこなくてよかったのか…?」

男の後ろ姿を見つめて、彼女は訊ねた。

少し肩を揺らして反応してふらりと振り向いた。

「そんなにわしゃ寂しそうかや?心配いらん。あやつにはもう場所があるきに、むしろ安心したくらいじゃ。」

窓から離れ、部下の横をふいと通り、船を運転している他の部下と明るく話を始める。

「……何を言うちゅうがか………いつもと違うのは、おんしの方じゃろう…」

明るい笑みをうかべた上司を茶色い目を細めて眺め、女は小さく呟いた。



ーーーーー



しょんぼりとした気分でホテルに戻ると、万斉さんと連れの隊士が立ち話していた。

「おや、おかえりでござる」

相も変わらず飄々とした万斉さんに少し心がほぐれた。

「ただいま戻りました…」

軽く会釈して俺は部屋に入った。

洋式の部屋の、やわらかいベッドに俺は身を預ける。
いつも布団で寝ている俺にはちょっと珍しいやわらかさ。

そのまま俺は一時間ばかり寝た。

すると寂しさも和らいだので、俺は甘味処などの昔働かせてもらったところへ挨拶しにいった。

何人もの懐かしい人が、俺を笑って歓迎してくれた。

その皆に、
「今はどこで何をしているのか」
と聞かれたが、
「宇宙でちょっとテロを」
と言うわけにもいかず、
「荷物の積み出しなどの雑用を…」
と笑って誤魔化した。

幸い、それからは真選組とすれ違うことはなかった。

万事屋の白夜叉や夜兎少女とも会うこともなかった。





日が暮れて、橙と青紫を紅色が中和しているような色の空。

薄い雲にその色がうつっている。

冬の夕方は、日が暮れるのが早くて寒い。

「…寒いな…」

そういえば高杉さんやまた子さんはあんなに薄着だけど寒くないんだろうか。

ホテルで食事をとり、シャワーを浴びた。

シャワールームから出て、のんびりさらしを巻いていたところ。

トントン、とドアがノックされた。

……え、

誰だかは知らないが、今は出れない。

俺は急いでさらしを巻いて着流しを羽織った。

返事のない俺の部屋のドアが再びノックされる。

「雨霧?いるでござるか?」

万斉さんの低めの声とござる口調。

「は、はいっ、います!ちょっと待ってくださいっ」

ささっと帯を締め、鏡でさらしが見えていないのを確認、そして部屋を出た。

「すいません、どうしましたか?」

俺が笑顔をとりつくろって聞くと、万斉さんは群青の髪をかすかに揺らして首を傾けた。

「…いやに女々しいような気がしたが…気のせいのようでこざるな。」

そして自己完結した。

髪から落ちる水と共に、この俺の頬を伝う冷や汗が彼に見えていないといいのだが。

「明日は宜しく頼むと言いに来たのでござるよ、拙者の我が儘のようなものでござったからな。」

万斉さんは、口元を少し緩めて言葉をつむいだ。

じゃあ最初から連れてくるなよ、と当初なら思っただろうが。
色んな人に挨拶する事ができたし、何よりたつ兄に会えたからむしろ感謝だ。

この人は何も考えていないだろうが、なんやかんやで俺の助けになってくれる。

「いえ、こちらこそ宜しくお願いします。ご迷惑おかけするでしょうが…。」

俺の髪についた水飛沫が万斉さんに散らないよう、そう言いながらゆっくりと頭を下げた。

「そんなに頭を下げることはないでござるよ、頭を上げるでござる」

俺の肩を少し押し上げて万斉さんが言う。

「あと明日はでござるな、お通殿が真選組一日局長の仕事を受けたとの事で、拙者はそれと真選組の動向を遠巻きから拝見していようかと思っているのでござるよ。もし心配ならぬしは変装などするとよいのでは、というのもやや思ったのでござる」

……ちょっと待て。

真選組一日局長ってなんだ。
拝見って貴方は保護者か、とか、真選組とお通ちゃん追っかけまわすってそれはストーカーではないのか、とか、真選組って敵なのに幹部の貴方が見ているのは危ないんじゃないのか、とか、俺の心配をするのはありがたいがまず自分の心配をしてくれとか、
色々思うことが多すぎて何も言えなかった。

「えーと…変装といいますと…?」

とりあえず自分に直接関係のある部分を聞いてみた。

「真選組に顔を覚えられないように、ということでござる。ああ、拙者の事は心配ご無用、元々奴等には顔を覚えられているでござろうからな。その方がやり合い甲斐があるでござる。」

いや、覚えられているなら心配有用だろう。
俺なんてこのままでも構わな……いや、土方や沖田に顔われてるんだっけ…。

俺はしばし考えてから口を開いた。

「お気遣いありがとうございます万斉さん。でも大丈夫ですよ、このままで。」

「そうでござるか。じゃ、明日は頼むでござるよ」

俺の言葉を聞き、そう言い残して群青色の服を翻し去っていった。

俺はといえば、髪もたいして乾かさずに薄着で部屋を出たので冷えてしまった。

暖かくして寝ることにしよう。

明日、もし真選組に捕まりそうになっても逃げられるように、足の痛み止めの薬も飲んでおこう。

そんなことを考えて俺は部屋に戻った。

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