(14)茶屋は闘技場じゃありません

またしても、たつ兄に連れられて俺は一件の茶屋へ行った。

普通の茶屋。
だが。

「………げ…」

俺は思わず声をあげた。

奥の方に座ってコーヒーをすすっている男。

黒と黄色の刺繍の入った隊服。

栗色の髪に、赤茶色の眼を持った童顔。

こいつは、確かこの間万斉さんにパシられたときに道で会った真選組、一番隊隊長沖田総悟。

何でこんなところにいるんだよ……!?

俺は、サッと背の高いたつ兄の後ろに隠れる。

「?柚希?どうしたんじゃ?」

不思議そうにしているたつ兄の後ろに隠れたまま、席へ。

副長や山崎というあの男には顔を覚えられていたとしても、後から来たこの男には多分覚えられてはいないだろう。

なら、出来るだけこの男と接点を持たない方がいいんだが…。

俺達も注文を入れて、一息ついたとき。

沖田は、辺りをキョロキョロと見回す。

そして、その後ろに座っていた三人組のガラの悪い男達の席へ歩いていく。

……何するんだ、あいつ…。

突然、沖田は三人のいるテーブルに手をついて回し蹴りを決め込んだ。

「とうっ!!」

と声をあげているが、そんな可愛らしい蹴りじゃない。

ドシャンガシャンと、皿や料理、男達の床に叩きつけられる音が耳に痛い。

「キャァァアアァァァ」

悲鳴もあがっている。


蹴りをくらわせた三人を見下ろして、沖田は言い放つ。

「清河七郎。金黙星大使館襲撃、幕吏殺害、コーヒー溢した容疑で逮捕するぜィ」

「コーヒーはお前が溢したんだろーが!!」

蹴られた中の一人がツッコミを入れ、

「お客様、コーヒーはおかわり自由なのでどうか外で!!」

慌てた女の店員が悲鳴に近い声で言う。

何故誰も【そんな容疑ねーよ!】と言わないんだろうか。
もしかしてコーヒー溢しただけの人間を捕まえるんだろうかこの国は。
今の今までこの国で生きてきたが初めて知った。

「チッ、逃げんぞ!」

三人が、バタバタと逃げ出そうと出入口へ走っていく。

すると追いうちをかけるように、沖田がどこからか持ち出したバズーカを撃った。

ドォォォォンとでかい音をあげて、店が半壊する。


「最近の真選組は過激じゃのう…店ば壊してもうたぜよ」

爆風に煽られながらも届いた餡蜜を食べるたつ兄が、感心したように呟く。

「たつ兄…感心しないでくれ、アレ俺達の敵だから…。」

俺も爆風に煽られながらクリームソーダを飲み、言う。

「そういやぁ、なして柚希、おまんは自分の事【俺】て言うんじゃ?女っ子じゃろう?」

たつ兄の思い立ったような質問と、クリームソーダの炭酸で俺は軽くむせた。

「げほっごほっごほぅえっ……と、突然…?」

「いやぁちくと前からきになっちょったんじゃが、聞こうか聞くまいか迷っちょったぜよ」

俺は口元をぬぐって答えた。

「…女じゃ、ろくな仕事ももらえないからな…。こんなちっちゃい女の田舎者じゃ、普通に働く手口なんてありゃしない。男のガキならまだ働かせてもらえる。だからいつも【俺】って言うし、男言葉も使うし、一応男装もしてる。これで誤魔化しきれてたしな。」

たつ兄は、呆けたように俺の返事を聞き、

「なら、快援隊ば入らんね?わしらと一緒に商いやらんかの??男っぽすぎるが、一応女も一人おるぜよ?…いやあれを女と呼んでいいのか……」

笑って訊いてくる。
(後半は笑顔に冷や汗がういていたが。どんな部下だ)

「…いや、だからたつ兄話聞いてた…?俺はもう鬼へ…──」

「あり?あんた、この間土方さんとザキと一緒にいたガキじゃないですかィ?」

ギクリ。

ゆっくりと声の聞こえた斜め上を見上げると。

ボロボロになって気絶している男の胸ぐらをつかみ、バズーカを肩に担いでいる真選組一番隊隊長が、赤茶色の瞳で俺を見下ろしていた。

あっぶねぇぇ!!

危うく、「俺はもう鬼兵隊の隊員だから」って言うところだった。

というか何でこの人、一瞬会っただけなのに俺の顔覚えてんだよ!?
記憶力半端ないな。

「え、えーと貴方は…?」

俺はとぼけてみる。

たつ兄は、何か察したのか何も言わずに餡蜜を食べ続けている。
それとも元名高い攘夷志士だったから都合が悪いのだろうか。

「あー、覚えてないんならいいんでィ。俺らみたいな物騒なのとはあんま関わんない方が身のためだろーしな」

栗色の頭を掻きながら沖田は言葉を紡ぐ。

心底そう思っているなら声をかけないでくれ。

俺達にとっちゃ真選組ほど物騒な輩はいない。

「真選組一番隊隊長沖田さんですね!!」

「今日も店を半壊しましたが感想は!」

「これで店を破壊しての攘夷浪士捕獲は23件目ですがどうですか!!」

「これはもう大義名分の域を越えていると思うのですが!!」

割れた窓ガラスのむこうから、いつの間にかに駆けつけた取材陣が沖田さんに声をかけている。

23件店を破壊、って攘夷志士でもそうはやらないだろう。

「おっと呼ばれちってィ、んじゃ、怪しい奴を見かけたら真選組に、ってことであばよ!」

沖田はそう言って、軽く手をふり去っていった。

怪しい奴……。
周りに多すぎてよくわかりません、ってことでさよなら。

「攘夷志士なんに、真選組と知り合いかや?」

口にクリームをつけたたつ兄が訊いてきた。

「いや、刀ぶら下げて歩いてたら声かけられちっただけだよ……たつ兄、クリームついてる」

俺はため息をついて答えた。

たつ兄は口のまわりをなめて笑った。

「アッハッハ、そいつぁいかんぜよ!この辺りじゃ刀持っちゅうだけで色んな奴に目ェつけられるからのー」

「へぇ……」

まるでこの辺に住んでいるかの様な口ぶりだが、この人宇宙にいるんじゃ…

たつ兄が、ふと店の時計に群青色の目をやった。
この時計は幸い、どっかの隊長の被害にはあっておらず、13時24分を示している。

「もうこんな時間か…待ち合わせの時間じゃのう」

ふぅ、とたつ兄が呟いた。

「待ち合わせ!?」

「一時半に部下と港で待ち合わせの約束ばしちゅうきに、アッハッハッハッハ間に合わんきに!」

…俺のせいじゃ…

「たつ兄やばいって、早く行かないと!部下さん待たせたら悪ィだろ!」

俺が立ち上がって言うと、

「せっかく会えたんじゃ、わしゃもうちっくと、おんしと話したい思うちょるんじゃがのう……」

口をすぼめてだだっ子のように言うたつ兄。

そう言われるとなんだか胸が痛いが、そうはいかないだろう。

「たつ兄、約束は守らないと。もしかしたら急げば間に合うかもしれないし、な!」

手を引っ張って言うと、渋々たつ兄は立ち上がった。

「(おんしは梅によう似ちょる…)」

「?」

たつ兄が今何か言ったみたいだが、聞き取れなかった。

「何でもなか、会計ば済ましてくるぜよ」

にこりと笑顔を取り戻し、たつ兄は下駄をカランコロンとならしてレジへ歩いていく。

「たつ兄、さすがにここは俺が払うから!」

慌てて言うと、

「安心するぜよ、ええ男は男女で食事に行ったときゃ女に財布を出させんもんじゃ」

財布を出しかけた俺の手を押し戻した。

その台詞は何回かテレビ等で聞いたことがある。

確かに俺も金が足りないので再びお言葉に甘えさせてもらおうかな。

その会話を聞いていた店員さんが、笑いながらも小首を傾げているのは俺が男に見えたからだろう。

店の裏口を使わせてもらい、(表口は半壊されている上、沖田隊長への取材陣で使える状況でない。)外に出ると途端にたつ兄の携帯が鳴り出した。

たつ兄は赤い上着から取り出した携帯を開いて耳にあてる。

「なんじゃあ陸奥、何か用──」
『なんじゃあ陸奥じゃないわぁぁ!一時間も待たせおって、おんし今どこにおるんじゃこの毛玉ぁぁぁぁ!!!!』

たつ兄の携帯から、たつ兄を遮って大きな怒声がもれた。

電話してきた部下は、どうやら低い声だが女の人のようだ。

たつ兄は笑いながら、携帯を耳元から離している。

「一時間??おんしゃ何を言うちゅう、一時半に集合て─」
『一時半?誰がそんなことを言うちゅうがか!?十二時半じゃ十二時半!!皆もうずっと前に集まっておるぞ!!女遊びにかまけて髪の毛どころが時間感覚までひん曲がったか!』

とてもじゃないが上司に対しての言葉とは思えない……。

というかそれやっぱり俺のせいじゃ…?

「アッハッハッハッ、陸奥てめぇその真っ直ぐな髪バズーカでパーマかけてやろうか」

!?

たつ兄の口から突然もれた標準語の毒舌に俺はギョッとした。

…聞かなかったことにしてもいいんだろうか…。

「久々に友達と会うての、ついつい話が弾んで……え?…ああ、わかっちゅうわかっちゅうきに、今そっちにむかっちょる……ん、じゃあの…」

たつ兄はプツリ、と携帯のボタンを押す。

その間際にも携帯から声が聞こえていたのだが…。

「ごめんたつ兄、俺とのんきに食事なんてしなけりゃ……」

「何を謝ることがあるんじゃ?わしゃおまんに会えてまっこと嬉しかや、それに比べりゃ部下に説教くうくらい何ともなか!」

俺の頭をポンポンと撫でて笑ってくれた。

昔から、俺が何か失敗してもこの人は笑って許してくれた。

この人と商いをするのも、それはそれで楽しかったかもしれない。

だけど、俺は今鬼兵隊の方が大切だから…。

「ところで、柚希。」

「ん?」

俺が返事をすると、
たつ兄は笑顔のまま、くるくるした頭を掻く。

「アッハッハッ、港っちゅうんは、どこじゃったかのう??」

「……は…?」


彼は相変わらず変わらなかった。

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