【19】

(83)やきもち?

「あ、晋助出た?」

風呂から上がってきた晋助に銀八は微笑みかけた。

「今日はどれがどれだかわかった?」

「……ふん」

頷く代わりに小さくそう返す晋助。

そんな晋助に銀八は手招きした。

「ちょっと来て」

「?何だ?」

その時銀八が手にしていたのは、新八や神楽のためのプリント。

「ちょっと解いてみてくんない?」

「……俺がか?」

「うん」


晋助はそれが生徒のための教材であることにすぐ気づいた。

そしていとも簡単にそれを解いてみせる。

「どう?」

「チョロいな」

「どっからどこが学校で習った?」

「?えと……」

生徒のために真面目な顔をして自分の話を聞く銀八を見て、何となく悲しくなった。

((銀八は俺の他にも勉強教えて可愛がってるガキがいるんだよな…))

最近銀八の話には二人のことがよく出る。

「ここは?」

「それは中学入ってから。」

「ふーん…新八は出来るだろうけど神楽は無理だろうな…ハハッ」

優しく思い出し笑いする銀八からは、どこか父親らしささえ滲んでいて。

「……ッ!」

胸がぎゅっとしまる。

「新八のレベルならもうちょいいけっかな。なぁ、どう思う?」

銀八の目は晋助を見ているものの、心の眼は晋助を見ていない。

悔しくて、寂しくなった。

「…知るかよ…」

「だよなぁ。新八のこと知らねぇもんな」

じ、といつくかの教材を眺め唸っている銀八。

晋助はふいと目をそらした。

「……知らね…」

「うん、そりゃあな」

「お前なんか知らねぇよ!」

語調を荒げた晋助に驚いて銀八は顔をあげた。

「…晋助…?」

晋助は銀八に背を向けて、立っている。

銀八は仕事なんだからしょうがない。

わがままを言えば銀八の夢を拒むことになる。

銀八の食費も生活費も何もかもなくなることになる。
言えない、言えない。

「晋助?どうしたの?」

優しく甘い声をかけ、晋助を後ろからぎゅっと抱きしめた。
甘い匂い。

晋助の目からは涙がぼろぼろとあふれている。

「っ、う、っ…」

生徒を大切にしているのに妬いた、なんて。

((言えるわけないだろ…!!!))

晋助は肩の辺りに回っている銀八の腕をぎゅうと掴んだ。

「晋助…」

「ぎんっ、ぱ…ちっ…うぅ…」

震える晋助を一度離し、くるりとその身体を回して正面から抱きしめた。

Tシャツの胸の辺りが涙で濡れていくのを感じながら、優しく晋助の髪を撫でる。

「なぁ、どうしたのよ?」

優しい声で、優しい手で、優しい温もりで包み込まれ問われると答えざるをえなくなり、晋助は困る。

「…言っても、…おこ、らない…?」

「おこんねーよ!」

銀八はからりと笑う。

「…銀八が、…そのガキ共の事ばっかりだから…」

銀八は驚いて目を見開いた。
まさか、

「やきもち?」

晋助はこくりと恥ずかしそうに頷いた。

「……」

「…銀八?」

無言な銀八に不安を覚え、晋助は涙でぐしゃぐしゃの顔で銀八を見上げた。

「…何で笑ってんだ?」

銀八はどこか嬉しそうに頬を緩ませていた。

晋助が俺のために妬いてくれたから。

「……嬉しいんだよ」

「!?」

晋助は何故、と言わんばかりに首を傾げた。

すると銀八は晋助の額にチュ、と軽くキスした。

「妬いてくれてありがとう」

真っ赤な晋助に言うと、さっきまでとはうってかわって嬉しそうに頷いた。


((大丈夫だよ、一番大切なのはお前だけだから。))


〜〜〜〜〜


(84)今さら

「ごちそうさま」

「おぅ。」

夕飯はオムライス。
器用な銀八の料理は基本的にどれも美味しいので晋助は機嫌をなおしたようだ。

歌マネなんかがやっていたので晋助はテレビを見る。

その間に銀八は洗い物をすまし、シャワーを浴びた。

8時半をまわったころには落ち着いて二人は棒アイスを片手にテレビを見ていた。

そんな風に二人ゆるい時間を過ごしていると、あっという間に11時。

育ちがいい晋助は基本この時間はベッドに行く時間だ。

「眠い?」

「……へいき」

背中合わせで本を読んでいると晋助がこくり、と少しうたた寝してしまったので訊ねたのだが。

「寝る?」

「ヤダ」

「え」

「寝たらすぐに明日になっちまう」

晋助は寂しそうにそう言った。
そんな晋助の頭を撫でて銀八は言葉を返した。

「そっか。眠くなった言えよ」

「ん。…デス○ートおもしれぇ…」

「ガキのくせにエグいの読むよなお前」

そんな会話をして、数分後。

「なぁ晋助?」

「…………」

「晋助?」

ず、と晋助の体が右に傾いた。

「……言ったそばから寝てんじゃねぇか…」

小さな寝息をたてて銀八の背中で眠る晋助。

なんとなく離れがたくて、銀八はそれをそっと抱きしめてみた。

「…あぅ…」

小さく声をもらしたが、どうやら起きていないようだ。

熱と呼吸と鼓動とが伝わって、抱きしめなれているはずなのになぜか銀八の心臓はドクンドクンと大きな音をたてる。

「あー……」

((やっぱり俺。))

「こいつのことすげぇ好きかも…」

言葉にすると気恥ずかしくなって、誤魔化すようにさらに強く抱きしめた。


〜〜〜〜〜


(85)小さな告白

銀八に姫だっこでベッドに連れていかれた晋助。

寝たフリをしたものの、抱きしめられたときに目が覚めていたのだ。

そこで言われた一言が、
『こいつのことすげぇ好きかも』なんて。

銀八の匂いがする布団にくるまった晋助の頬は真っ赤で鼓動ははやい。

((どうしよ……))

その言葉を噛みしめ、嬉しさと眠気に身を委ねながら銀八の姿を浮かべていた。


〜〜〜〜〜

(86)帰りの時間

「晋助」

「………」

「晋助そろそろ出ねぇと12時に間に合わねーぞ?」

「…………」

「……晋助ぇー…」

だんまりを決め込む中学生と、それに困らされる大学生。

父に12時に帰ってこいと言いつけられていて、晋助もそれを承諾していたのだが。

12時にむこうに着くためにはもう電車に乗らないといけない時間だというのに、晋助は荷物を膝に抱えて和室の隅に体育座りを決め込んでいる。

「約束したんだろ?ほら」

晋助の腕をやや強引にひっぱり立たせた。

「…家に帰ったら嫌味言われる」

「…………」

「お義母様がそろそろ出産だから、お父様だってどうでもいいに決まってる」

「……晋助」

「銀八、」

また一人ぼっちになる。

その事への恐怖が目にうつっている。

銀八は晋助を包み込むようにまた優しく抱きしめた。

「……でも、今のお前の家はあそこだろ?今帰らねーと、もう外に出してもらえなくなる…なんてこともあの親父さんだとありそうだし…」

晋助は言葉を返さず、銀八の服を握りしめた。

「また遊びに来いよ。俺も行くし…」

晋助だってもう中学生で、しかも大人びている方なのでここでさらに駄々をこねるようなマネはしない。

銀八もある程度困っているようだし。

「…行くよ」

銀八から離れ、晋助は荷物を持った。

晋助の家までの道は言葉も少なく、なんとなく寂しい空気が漂っていた。

途中ガラの悪そうな男が晋助を横目で見てきたときは、晋助に気づかれないように睨み付けて銀八は払った。

「じゃ、またな」

「ん。ごちそうさま。……楽しかったぜ」

相変わらず恥ずかしがり屋で寂しがり屋の晋助。

泣きそうな顔をしたまま家に入るのを見届けてから、銀八も来た道を戻った。


〜〜〜〜〜


(87)生徒達の。

「あ、新八アル!新八ぃー!」

スーパーで兄と共に買い物をしていた妹、神楽は突然大声をあげた。

最近仲が良い友達、新八を見かけたからだ。

「ん?あ、神楽ちゃん!」

新八の方も気づき、買い物かごに魚の切り身を入れてから近寄ってきた。

「夕飯の買い出し中だったんだ。元気そうだね神楽ちゃん」

「私はいつだって元気アルよ。つか夕飯の買い出しってのび太ママかい、ぱっつぁんよー」

「いや…僕似てんのかなのび太ママに…」

「神楽のお友達?」

そこで神威がはじめて口を開いた。

「あ、はい!神楽さんと仲良くさせてもらってる志村新八です!」

「神楽に話は聞いてるよ。ツッコミだけは上手いけどうるさくて地味で世話焼きなんだってね?」

「…神楽ちゃん僕のことそんな風に思ってたの…」

神威の笑顔のままの毒舌が心に刺さる新八。

まぁ新八の方も神威に関して『喧嘩好きで毒舌でどうしようもないバカな暴力男』と聞いていたが。

「神威、早くしないとセンセーが来る時間になっちゃうアル。」

「センセー?神楽ちゃんも家庭教師いるの?」

「おう!銀髪天パの甘いものとジャンプが好きな大学生アル。」

「…………ぇ」

神楽の説明で頭に浮かんだのは、新八自身の家庭教師。

「…その人、坂田銀八って名前じゃない…?」

「!そうアルよ?知り合いアルか?」

「知り合いも何も…僕も銀八先生を家庭教師に雇ってる…」

はじめて二人が会話したときのように、神楽は笑顔のまま固まった。

「……マジアルか……」

「僕の台詞だよ……」

「銀八センセー確かにもう一人男子も教えてるって言ってたアル」

「僕の方でも、女子教えてるって言ってた」

「神楽ー、会計終わったから行くよー」

二人が固まってる真ん中に入り、神楽を引きずり帰ろうとする神威。

新八の耳元で、

「神楽に手出さないでね」

青い目をうっすら開き、脅すように囁いてから。

「じゃーねー新八ー」

「う、う、うん、まままたね」

「兄貴、今新八に何か言ったアルか?」

「んー?神楽をよろしくねって」

((か…神威さん…超怖ぇぇぇぇ!!!))

新八は神威は怒らせないと固く誓った。



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