【18】

(78)風呂にて


「くそっ、銀八の奴バカにしやがって…!1人だって洗えるんだバカヤロー…」

ぶつくさ呟きながら晋助は風呂場に入る。

「…せまっ…」

そこは普通の一軒家にある風呂よりも小さい。
晋助の場合大浴場のような風呂が取りつけられているため、より狭く感じる。

(晋助にとって)狭い浴槽で3分ほどお湯に浸かってからいざ戦、とばかりに腰掛けに座る。

「……!?」

晋助は絶句した。

鏡の前には石鹸やシャンプーが入るボトルが、三本置いてあった。

それらのラベルがはがされているのである。

「……普通ラベルってはがさないんモンじゃねーのかよ!?」

どれに何が入っているのかわからないが、この場合シャンプーとトリートメント、ボディソープの三択だろう。

シャンプーには印が入っていることも知らない晋助は、当てずっぽうで一番右のボトルを掴んだ。

そしてシャンプーに触れないため感触で分けられない晋助はそのまま髪を洗う。

実際にそれはシャンプーだったのだが、不安なまま洗った。

途中目に入って痛かったのでそこで確信したが。

ちなみに次のトリートメントも勘で当てた。

ボディソープは残り一択なので言わずもがな。

「銀八ぃぃい!」

晋助は怒り半分で風呂から上がってきた。

「おー晋助出た
「どれがどれだちゃんと説明しろォォォ!!!!」

銀八は目を丸くした。

「あ、え……え?」

「だから、ラベルついてないからわかんねぇだろーが!!」

銀八はああ、と納得したように頷いてから晋助の手を引く。

「ちょっとおいで」

「……な、なんだよ」

突然手を繋がれ晋助は怒りと風呂の熱で赤かった顔を更に赤くする。

「これ、見てみ」

右のボトルの一番上─つまり押すところを指差す。
そこには銀八の字で『シ』と書いてあった。

「………」

「シャンプーのシ」

「っ、銀八てめぇぇぇ!!!」

晋助の怒りの声が響いた。

銀八は楽しそうに笑った。


〜〜〜〜〜


(79)美形

「じゃあ俺も風呂入ってくるわ…ってこらこら、何悪戯してんの」

晋助に修正液をかけられネームペンで新たなカタカナを書かれそうになっていたボディソープのボトルを晋助の手から取り上げ、
銀八は着替えの用意をしだす。

「ちっ」

「テレビ見ててもいいしパソコンいじってもいいからおとなしくしてろよ」

銀八がいなくなると、晋助はドライヤーの代わりに扇風機とタオルで少し髪を乾かした。

そしてスマホを片手にまたベッドに倒れ込む。

枕に顔を埋めると銀八の匂いがする。

銀八に抱きしめられたときに気づく、甘い匂い。

「ぎんぱち…」

その落ち着く匂いと人混みの疲れが晋助の体にまわり、晋助はとろとろと眠りに落ちた。



*



「出たぞー…って晋助!?」

ベッドに倒れ込み微動だにしない晋助。
銀八は体調不良で倒れたのかと思い慌てて駆け寄った。

「……んぅ…」

静かな寝息と寝返りを打つ度もれる小さな声から、寝ているんだとわかる。

「…寝てんのか…」

ホッとしながら薄い布団を腹の辺りにかけてやり、床に座ってベッドに肘をついて晋助を観察してみた。

相変わらず白い肌は、夏だというのに焼けていない。

すっと通った鼻筋や薄い唇、長いまつげなどは女のよう。
柔らかい頬などはまだ子供らしさを残している。

紫の髪はまだ湿っていて、クーラーの風で冷えていた。

「…やっぱ美人だよなー…」

晋助の母をふと思いだし、将来ああなるのかと考えたり。

晋助を満足するまで眺めたら、満たされた思いで客用布団を敷きそこで眠った。


〜〜〜〜〜


(80)慣れない朝

「………ん…?」

晋助はうっすらと目を覚ました。
いつもとは違う布団、風景。
それで泊まりに来ていたんだと思い出す。

銀八の姿を探すと、自分が寝ていたベッドの隣に布団を敷いて寝ていた。

枕元の目覚まし時計を見ると、もう11時過ぎ。

「銀八」

ベッドから降りて銀八を呼ぶ。

「……んぁ…?」

寝起きの銀八は眠そうで、普段もやる気がない赤い瞳は死んだようになっている。

「晋助…おはよ…」

「おはよ。」

「んー…今何時だ…?」

「11時6分」

「ふぁぁあ…もーそんな時間かよ……」

大きなあくびをしながら銀八は起き上がり、気だるく頭を掻いたり目を擦ったりしている。

「腹へったぁ?」

「へった」

「何食いたい?銀さん特製宇治銀と
「あんな趣味が悪いモン食べたくない」

晋助にざっくり言われ、銀八は苦笑した。

「朝って最近晋助はどんなモン食うの?」

「和食とかパンとかもたまにあるけど、サンドイッチとかスコーンとか。紅茶ならアールグレイが好きだ」

「中世のお坊ちゃんですか!?」

晋助が薔薇庭園の中で高そうな服を着て紅茶を飲む姿が浮かんだがすぐに頭から追い払い、とりあえず台所へ。
食パンを見つけると、次は冷蔵庫を漁った。

「ジャムにマーガリンにチーズ…意外に揃ってたわ」

「ジャムとマーガリンつけたい」

「ん。」

焼いた食パンを朝食にして、またダラダラと会話をした。

「昼飯さ、ケーキのバイキング行かね?美味い店があんだ」

「ああ、そうする」

そして昼過ぎ、二人はケーキ屋へ向かった。


〜〜〜〜〜


(81)トラウマ

店に入ると晋助は目を見開き、気合い満々の銀八の裾にすがり付いた。

「銀八っ、やっぱ俺帰る……」

「え?何で?体調でも悪ィ?」

「違くて、ここ………

女ばっかじゃねーか!」

そう、ケーキバイキングといえば甘い物好きな女性のイベントともいえる。
すなわち店内は女性だらけだったのだ。

「え、そうだけど。つか洒落たケーキ屋とかスイーツ店なんて皆こんなもんだよ」

菓子屋巡りに関しては一流の経験者は語る。

「特にここの通りは女物の服のブランド店とか香水の店とかあって、女が集まりやすいんだよ」

「乙女ロードってやつか」

「違うから。池袋だから。つか晋ちゃんそんな単語どこで知ったの」

とりあえず晋助を引きずって、大皿とトングを手にした。

「うしっ、食うぜ晋助!」

「………。」

晋助は中一、思春期の男子。
使用人がいるとはいえ、人見知りで恥ずかしがりなので可愛い服を着た見知らぬ女性などに免疫がない。

男もちらほらいるがそれもカップルばかり。

「何晋助恥ずかしーの?」

「べっ、別にそういうわけじゃ…」

晋助は顔を赤くして否定する。
そんな晋助を可愛いと思う反面、女達が憎くなる。

「なら入ろーよ」

「う…」

銀八は晋助が好きそうなケーキをいくつか選んだ。

「ほら、美味そうだろ?」

「!」

そう言い見せると、晋助は少し嬉しそうな顔をした。

テーブルに着き、晋助の前にそれらを並べる。

「じゃ銀さんは全種制覇すっから取ってくるわ。晋助は食ってて」

よく死んだ魚ような目だと言われる銀八の赤い瞳は、今は狩人のように気合いが入り輝いていた。

銀八が去ってから、晋助はタルトをフォークでつついた。サクリ、と生地が音をたてる。
口にいれると甘すぎない生地とラズベリーの甘酸っぱさが広がった。

「……うまい」

タルトを食べ、ガトーショコラも残り半分になった頃、銀八が大きなプレートを両手に戻ってきた。

「うめぇか?」

「ああ」

晋助は嬉しそうに顔をほころばせた。

銀八はその笑顔に一瞬にして胸をつかれる。

((やべぇ何こいつぅ!!!))

銀八の心の叫びなど届かず、晋助は美味しそうにショコラを頬張る。

「晋助、これもやるよ」

「ん?ありがと」

銀八は晋助にどんどん食べさせた。

「あ、晋助これも美味いよ。やる」

「えっ、いや…もう俺」

「あとこれも!甘すぎないし」

「…だから、」

「遠慮すんなって!」


……結果。

「……あのぅ…」

「…………」

「……晋ちゃん?ごごごめんね?」

「…あれほど断ったのに…」

真昼の照りつける太陽の下、銀八が晋助をおぶっている状況。
銀八が甘い物を無理に食べさせ過ぎたせいで、晋助が吐き気を催したのだ。

女の多い通りで、少年を背負う白髪の青年はいやに目立っていた。

乙女ロードと言うわけではないが二次元好きの女性のための店なんかもあって、その前を通ったときはタチだネコだと危ないことを言われた気がするが、それも聞かないフリをして歩いた。

「大丈夫?」

「…もう甘いモンなんざ嫌ェだ…!」

トラウマを作ってしまった、と銀八(が悪いんだが)も軽く落ち込んだ。


〜〜〜〜〜


(82)ツンデレ

アパートに戻り晋助を寝かせ、銀八は二人の生徒のための教材を準備していた。

((新八はこれやらせても平気かな…先にこっちやらせてからにすっか。神楽は基礎からだから…))

一、二時間ほどそんなことをしているうちに晋助は目を覚ました。

「……んぁ…」

「あ、晋助起きた?」

「…水、くれ」

目を擦る晋助に、ペットボトルの水を渡す。

「腹大丈夫?」

「もう気持ち悪くはない」

そう言いながら銀八をギロリと睨み付けた。
中学生とは思えないその表情に銀八は冷や汗が出るのを感じた。

「悪かったって!ごめんなさい晋助」

「甘いモンなんかもう食わねぇ!」

まだ晋助はご立腹の様子。

「えぇぇー、またケーキ屋一緒に行こうと思ったのにぃ」

「絶対食わねぇし行かねぇ。」

「じゃあもう俺が作った菓子の味見もしてもらえねぇのか…」

銀八は残念そうに肩を落とし項垂れた。

すると晋助は表情を緩め、ぽつりと呟いた。

「…銀八が作ったのなら食ってやらなくもねぇけど…」

「………!」

うつむいた首を、銀八は勢いよく晋助にむけた。

顔を背けた晋助の頬は微かに赤く染まっている。

「銀八の菓子は嫌いじゃねぇからな、でも食わせ過ぎたら締め上げるっ…!」

「〜〜っ!!!」

((ツ、ツンデレだとォォォォォ!!!!!!))

晋助にキュンキュンしっぱなしの銀八。

「晋助ェェェェ!」

そんな晋助を銀八は力一杯抱きしめた。
銀八の甘い匂いが気に食わず、晋助は銀八に声をかける。

「銀八、」

「ん?なぁに?」

「(糖分)臭ェから離せ」

「…………っ…」

心に傷を負った銀八はすごすご晋助から離れたとさ。


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