(13)懐かしい人に会いました

紅桜を巡っての騒動が起きてから、一週間後。

天人達の特殊技術の怪我治療法で、俺の足は歩けるほどには治った。

白くて固いベッドに寝かされ、天人と変な機械に囲まれるって、高杉さんに刀を向けられるほどではないが相当怖い。

だけどこの治療法、俺の故郷の人達にしてやって欲しかった、なんてな。




そして今日。

少し荷物をまとめ部屋を出て、小さな船が積まれた倉庫へ行くと。

遠くからでも目立つ群青色の服に身を包んだ万斉さんと、その他四人鬼兵隊員がいた。

小走りで近づいてくる俺を見て、万斉さんは俺と隊員に声をかけた。

「準備は良いでござるな?」

皆、首肯する。


小さな船に乗っていざ江戸へ。

ちょうど一日ほどかかって、江戸に到着した。中々遠い。

宇宙にはたった一週間しかいなかったのに、江戸が随分懐かしい気がする。

宇宙船の中で今回の事について詳しく聞いた。

地球には五日間留まり、どうやら万斉さんと行動するのは皆一日ずつらしい。
俺は三日目というなんとも微妙な日。

というか、それならなんで五人も連れてきたんだ、
二人連れてくれば十分だろう。

なんて俺の心の声は、誰にも届くことなく消える。



船を港の外れにとめて、外に出ると万斉さんは。

「では、解散でござる!」

修学旅行の引率教師のように晴れやかに言った。

ホテルの場所もちゃんと教えてもらっていたので、俺は治りかけの傷の事を考え着いた初日はホテルで休むことにした。

明日は、お世話になった本屋や甘味処にでも挨拶しに行こう。




───そして翌日。

晴れていい天気だ。

まず、こっちに来てから最初に働かせてもらった本屋に行くことにする。

柔らかい物腰のおばあさんが営む、小さな古びた本屋。

店の引き戸は開いていた。

中から、お客さんと何か話をしているおばあさんの声がする。

「いやぁ、地球の本や漫画は天人にうけるきに、いくら仕入れても足りなくなるんじゃ、お願いします!」

若い男の声が耳に届いた。

このお客さん土佐弁だ。懐かしい。
たつ兄が土佐出身で、この口調だった。

「だからってこんなに小さい店の本、棚ごと買い取るなんて困りますよお客さん。」

おばあさんの困った声がする。

棚ごと…?

一体どんな金持ちなんだこの客は。

静かに中を覗いてみると、棚で隠れた客と藤色の着物のおばあさんが話をしている。

「江戸中の本屋から一棚ずつ買っちゅうきに、お願いしますて!!金ならいくらでも払うぜよ!」

俺はふと何かひっかかった。
この声、なんか聞き覚えがある気がする。

……気のせいか。

「あら?」

おばあさんが、俺に気づいて声をあげた。

「あら、もしかしてあんた柚ちゃんじゃないの!?まぁ大きくなったわねぇ!」

孫にでも会ったかのように、嬉しそうにとてとて近づいてきた。

「お久しぶりです」

俺も笑って答えると、
ひょこりと本棚からそのお客さんが顔を出した。

そして、

「……柚…希…?」

俺の名前を呼んだ。

…………え。

お客さんの姿を、俺はじっと見た。


七分丈のズボン、素足に下駄を履き、丈の長い赤い羽織のような物を羽織って、赤茶けたサングラスをかけている。
何より印象的なくるくるとした茶髪。

そしてひょろりと高い身長に、土佐弁に、この声は…。



「………たつ兄…?」



彼は、表情をぱぁっと明るくしてこちらに寄ってきた。

「やっぱりおんしか!アッハッハッハ、こんな江戸の街で会えるなんて、今日はまっことええ日じゃ!!」

にこにこして、俺の頭をひたすら撫でてくる。

人を安心させるこの笑みは、間違いないたつ兄のものだ。

おばあさんは俺とたつ兄を見比べ、

「柚ちゃん、知り合いかい?」

訊ねてくるが、それどころじゃない。


………嘘…。

これは夢か?
傷を負った左足を小さく叩くと、相当痛い。

………夢じゃない……。

「たつ兄っ……!」

思わず俺は、大声で叫んで彼の手を握りしめてしまった。

「柚希大きくなったのー、前はわしの腰くらいしかなかったんにこんなになって」

おばあさんと同じようなことを言われた気がするが、とにかく嬉しすぎて何も考えられなかった。

「お客さん、柚ちゃんの知り合いなら売ってやるよ」

おばあさんが機嫌良くそう言い、

「おぉ!そりゃあ助かるぜよ!じゃ、こんなもんでどうじゃ?」

たつ兄も、ぽんとポケットから取り出した茶封筒をおばあさんに渡す。

おばあさんは途中までは普通の顔で中の札を数えていたが、段々しわだらけの顔が強張っていく。

「お、お客さんこんなに……」

「ええちゃええちゃ、無理言って買わせてもらったんじゃ、そんくらい渡さんと気がすまんぜよ」

たつ兄、そういえばお坊っちゃまだったっけ……。

「柚希、おんしもう昼飯食ったか?」

満足げなたつ兄は、赤い服を翻しながらくるりと俺を振りかえって聞いてきた。

「いや……まだだけど…」

俺が答えると、

「じゃ一緒に食おう!飯代はわしが持つきに、たんと食えたんと!おばちゃん、今日中にわしの部下が棚引き取りに来るからのー」

たつ兄はそう言い残し、俺はそのまま連れられるように店を出た。

「そうじゃのー、鍋なんかどうじゃ?」

にこにこしながら、たつ兄は俺を覗きこんで聞いてくる。

「たつ兄の食いたい物でいいよ」

俺が見上げて言うと、相変わらず笑顔を絶やさずにまた聞き返される。

「わしゃ鍋が食いたいろー、ええか?」

頷くと何故かまた撫でられた。




江戸の街を少し歩いて、たつ兄は言葉を紡ぐ。

「…おんしの…梅の故郷、天人にやられたらしいの…」

「………え?」

何故知ってるんだろう。

梅とは、俺の兄の名前。

雨霧梅暁(うめあき)の、アダ名。

「なんで知ってるの?」

この人のペースに乗せられ、小さい頃の普通の女の子の口調に戻ってしまいそうになる。

「なんでって……わしも、その戦参加しちょったきに。」

「うそっ…」

思わず言葉がもれた。

「嘘じゃなか。」

キリッとたつ兄に言い返された。

たつ兄が攘夷志士だったから、怪我して隣に入院していたのは知っている。

あの戦に参加していたのか…?

「あの村に天人が襲撃仕掛けた聞いて、わしゃ慌てて出たぜよ。
先に出てた隊の後に続いてじゃったけどの…。
…梅の、亡骸はこの目で見たきに。
じゃが、どこ探しても柚希の姿は見当たらなくての?
建物の下敷きになったんじゃろうて仲間にも言われて諦めちょったんじゃ…。」

兄貴の死体を…。

たつ兄は表情を明るくして続ける。

「だから、おんしに会えてわしゃ嬉しくて嬉しくてたまらんきに!!おんしはわしの妹みたいなもんじゃからのう!」

そう言われると、嬉しいような恥ずかしいような気分になる。
久々に女扱いされただろうか。

俺はハッとした。
先に出ていた隊。まさか。

「先に出てた隊って、鬼兵隊!?」

たつ兄は逆に驚いたように俺を見た。

「そうじゃ、高杉の率いちょる義勇軍の鬼兵隊…おんしこそよう知っちょうの…」

俺は、これを言おうか言うまいか少し迷った。

何故迷ったのかわからないが、少し口ごもってから口を開いた。

「…俺、…鬼兵隊の仲間だから…。」

俺は何故か、たつ兄の顔が直視できずに斜め下に視線を落とす。

罪悪感?
でも、たつ兄は高杉さんの仲間だったんだから問題ないはずだ。

俺は、遠慮がちにたつ兄の顔を見た。

たつ兄は、口と目を丸くしてぽかんと俺を見下ろしていた。

が、

「アッハッハッハハッハ、そうかそうか、高杉のトコに!あやつもあやつの部下も強いじゃろう?」

笑って、たつ兄は言った。

想像しなかったリアクションだ。

良かった、何とも思ってないみたいだ。

たつ兄に怒られるか退かれるかしたら、ちょっと立ち直れない気がしてた。

ふと俺は気づく。

高杉さんのこと、呼び捨てにしてる…。

「高杉さんと、仲良かった?」

俺が訊ねると、たつ兄は懐かしそうにサングラスの奥の目を細めた。

「そりゃあ仲良かったぜよ?わしと銀時とヅラと高杉とで、よく盃かわしたもんじゃき…」

俺は、固まった。

銀時……とは、白夜叉。
ヅラ……桂は、狂乱の貴公子桂。
高杉……さんは、鬼兵隊総督。

……この三人に並ぶ攘夷志士はたった一人、剣豪の。

恐る恐る俺は聞く。



「たつ兄の本名って…」

「辰馬。坂本辰馬じゃ!」

にこにこしながら衝撃的な事を吐く大剣豪。

俺は、こんなに凄い人の知り合いだったのか。
こんなに凄い人に剣の相手をされてたのか。

少し気が遠くなりそうになっていると、

「ここじゃ!ここの鍋は上手いぜよ!店員さんもべっぴんさんが多いしのう!」

たつ兄の声で引き戻される。
目の前にあったのは、ごく普通の料亭。

中に入り、二人で鍋をつつきながら話を続けた。

「たつ兄は、今も攘夷活動を?」

一番気になっていたことを聞いた。

「はひゃ、はんはへろはらはへ……」

「飲み込んでから喋って」

変わらないなぁ、と思いたつ兄を見ていた。

しょっちゅう、『飲み込んでから喋れ』って兄貴がたつ兄に言っていた。

「わしゃ考えを改めての?」

器用に鍋の具をかき集めながらたつ兄は話を始める。

「攘夷戦争中に、仲間が、友達が、どんどんと死んでゆくんじゃ。わしゃ耐えられなくなってのう。」

うつむいて言葉を並べるたつ兄の顔は、天然パーマの髪とサングラスで隠れて見えない。

彼は豆腐を冷ましながら話を続けた。

「色々思案した結果、商いがわしにあっちょると思うての?
今は宇宙船使うて、快援隊ちゅう組織作って宇宙ば相手に商いやっちゅう。」

宇宙相手に商い……。

だからさっき『地球の本や漫画は天人にうける』って言ってたのか。

突然、ひょろりとしたこの人が大きく見えた。

「この星も、頑なに異星を拒否するんはええが、仲良く商いやらやるんもええと思うきに!
そうして発見して、進歩して。
この星も、相手の星にもええ影響与えられるんじゃ、こいつぁうまい話じゃき。」

そこまで言って、豆腐をほおばるたつ兄。

元攘夷志士とは思いにくい発言だ。

「まぁ見方を変えりゃあ逃げたことになるんじゃろうが…わしゃ後悔はしとらんろ」

しっかり豆腐を飲み込んでから、小さく一言もらした。

色んな人がいるんだな…。

その後、たつ兄に高杉さんや白夜叉の話や、宇宙、天人の話を聞かされた。


白夜叉と最近会ったばかりだと言う。
宇宙船の操縦を失敗して謎の星に落ちて、巨大な天人の砂蟲に食われそうになったところを助けられたそうだ。

何をどう間違えたら、いつも宇宙船使って宇宙相手に商いにしている人が操縦を失敗するんだろう。

蓮蓬という白いペンギンのような生物を輸入して、桂に渡したとも言っていた。

白いペンギンって、この間桂が変装(仮装?)していたアレのことか…。

そんな話をして、両者とも食事を終えた頃。

「旨かったのー、次は茶屋にでも行かんね?」

一息ついてたつ兄が言った。

茶屋か。

「たつ兄が行くならついてくけど…」

たつ兄は俺の言葉を聞いて、にこりとした。

「会計済ませてくるきに、ちっくと待つぜよ」


結局鍋は奢ってもらい、
俺達は茶屋にむかった。

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