【17】
(73)予定
夏休みに入ると、晋助は外に出なくなった。
友達という友達がいなかったので用もなく、引き込もって勉強したりそろばんをいじったり、剣道には気がむいたときに通う。
用がないのに外に出ると金目的の大人にちょっかいを出されるから下手に外に出れないのだ。
そんな晋助を見ていた銀八は一言。
「晋助さ、俺ん家泊まりに来ねーか?」
晋助は驚いて言葉を失った。
「い、いのか……?」
「むしろ何でダメなんだよ。いいぜ、今までだってずっと泊まってたじゃねーか」
晋助は嬉しそうに瞳を輝かせるが、ふと不安にかられる。
「お父様が、ダメって言うかもしれねー…」
誘拐されかけた、と一言言えば彼は仕事をしながらも長い説教を晋助に食らわせた。
つまりはたいした世話もしないくせに過保護なのだ。
晋助は銀八の家に泊まりに行く許可を数時間かけてとった。
引き延ばしに引き延ばして二泊三日。
「銀八っ、三日間居られるって!!!」
「おぉ、晋助頑張ったじゃねーか」
晋助は花が咲いたような笑顔を見せる。
銀八はその頭を優しく撫で、カレンダーの前に行く。
「じゃあここ三日でどうだ?」
「おう、わかった!」
晋助はパタパタと準備をし始める。
「宿題やっとけよ」
「もう終わったわ」
「……早っ…」
〜〜〜〜〜
(74)乙女チック
銀八と晋助は駅に集合することにした。
晋助はキャリーケースの持ち手をギュッと握りしめ、久々に行く銀八の家を思い期待に胸をふくらませていた。
それは恋人を待つ乙女のよう。
一方銀八は家の掃除におわれ、慌てて電車に飛び乗っていた。
小走りで電車を降り改札を抜けると、晋助の姿が見えた。
「晋助!」
名を呼ぶと、晋助はすぐに振り返って銀八に向かい走ってきた。
暑い中待っていた晋助は、走る途中でバランスを崩しかける。
「っあ!」
「晋助!?」
銀八は晋助の腰を掴み、抱えるように支えてやる。
「大丈夫か?熱中症気味…?」
「あ、お、おう…」
銀八が顔を寄せているのに晋助は微かに頬を赤くする。
「?顔赤い…やっぱ暑かったみてぇだな」
「平気だ!離せ銀八っ」
晋助は銀八の手を振り払いそっぽをむく。
((どうしたんだ俺!?女じゃないんだから…))
晋助はそんなことを思い、赤くなってしまった頬をぱちんと叩く。
銀八は首を傾けた。
が、まぁいいかというように首を軽くふってから晋助の荷物を持ってやった。
「あ、さんきゅ…」
「おう。じゃ、行くぜ」
晋助の手をひき切符を買い、改札をくぐる。
乗り慣れない晋助は落ち着かないようだったがおとなしくはしていた。
〜〜〜〜〜
(75)他愛ない
電車に揺られること20分、銀八の家の最寄り駅に。
『次は歌舞伎町──』
「晋助降りっぞ」
「ん。」
騒がしく熱気のある商店街を通り抜け、蝉の鳴き声が反響する並木通りを歩く。
「なんかこの街落ち着くんだよなー…」
「そうなのか?前世の銀八がここに住んでたとか?」
「かもしれねェな」
そんなことを言いながら進んでいるうちに、アパートに着いた。
久々に来るそのアパートを、晋助はどこか懐かしく感じた。
銀八の部屋は二階なので、銀八が晋助のケースを持って階段を上がり、晋助もその後をついていく。
銀八の部屋の鍵についた鈴を見て、晋助は嬉しそうに目を細めた。
かつて二人を繋いでいた糸電話の鈴。
部屋に入ると、真夏特有の呼吸がつまりそうな湿気と暑さが押し寄せてきた。
「「…あっちぃ…」」
二人のため息混じりの声が重なり、思わず笑った。
いつもなら節約のために扇風機とうちわで戦おうとする(が結局負ける)銀八も、今日は迷わずクーラーのリモコンを手にとる。
「何度だ?」
「26」
「25にしろ」
「あんま変わんなくね?」
「じゃ23」
「待て、なぜ24を避けた」
「4は縁起が悪ィ」
「…恐がりだねぇ。」
「恐がってねーし!!」
「つか、んな事したら俺の財布が泣くわ」
「……っチッ…」
家に籠り話す相手がいなかった晋助にとっては、そんな他愛ない話さえも嬉しかった。
「何か飲む?っつっても茶といちご牛乳とポカリしかねーけど」
「ポカリ。お前いちご牛乳なんてまだ飲んでんのか?」
「いちご牛乳ナメんな、俺は生涯いちご牛乳さんと共に生きることを誓ったんだよ」
「わーったわーった。」
銀八はグラスに冷えた飲料を注いで晋助に渡す。
「おら、熱中症気味なんだからちゃんと飲め」
「ああ。」
そんな会話で始まった、久々のお泊まり。
晋助はグラスに口をつけ、くすりと微笑んだ。
〜〜〜〜〜
(76)祭りの始まり
「今夜すぐそこの公園で祭りあんの。晋助祭り好きだろ?」
夕方、銀八が思い立ったようにそう言った。
「祭りか!」
晋助は祭り好きだ。
祭りの空気がたまらなく好きなのだ。
銀八は人混みが嫌いなのでその感性がよくわからないのだが、甘いもの目的と晋助を連れていくために前から祭りにはよく行っていた。
「夕飯食いがてら行くか。」
「行きたい!」
いい返事をする晋助の頭を撫でると、猫のように気持ち良さそうに目を細める。
今にも喉を鳴らしそうだ、なんて考える銀八。
夕方になり、盆踊りの音楽が拡声器で反響し始めた。
「銀八っ、始まったみてーだぞ」
「おうおう今行くよ」
気だるそうにサンダルに足を通し、もう玄関にいる晋助に返事を返した。
アパートを出ると、大きな公園に浴衣を着た少女や手を繋ぎ話す親子、友達同士で奢らせあいする少年などが集まっていた。
晋助は目を輝かせながら、
「俺射的やる!」
なんて叫び走り出した。
「ちょっ、おいこら迷子に─」
晋助を引き止めようとする銀八に、誰かがぶつかってきた。
「あっ、さーせん」
銀八よりも背丈が低い相手に銀八は軽く謝る。
「あ、あぁ…すいません」
相手も謝ってきた。
晋助くらいの黒髪の子供。
群青色の瞳は子供だというのに切れ長で、目付きが悪かった。
「トシー!?早くこっち来いよー!」
「三秒以内に来ないと土方さんの奢りってことでー」
「総ちゃん意地悪しちゃダメよ。ほら十四郎くん、いらっしゃい」
その少年を呼ぶ三人の子供の声。
二人の少年と一人の少女。
「ああ、悪い!行く!」
目付きの悪いその子供は、友達の元へ走っていった。
((とうしろう、って…どこの十番隊長だよコノヤロー))
「銀八ィー!!早くっ!」
遠くで晋助の呼ぶ声がした。
「行くから行くから!」
銀八も晋助の方へ走る。
今会った少年達は、今後銀八が手を焼かされる相手達だということを知るものなどいるはずもなかった。
「…今の奴、銀八って…どこの3年B組だコラ…」
「土方さん何にキレてるんですかィ?」
「トシは金八先生ファンだからな!」
そんな会話達は花火の上がる空に吸い込まれた。
〜〜〜〜〜
(77)まだまだ
「楽しかったなっ」
晋助の満面の笑み。
その手には数匹の金魚や水風船、飲み残したラムネ、射的で当てた小さな菓子等が溢れていて、祭りを満喫したようだ。
銀八も機嫌よくりんご飴や綿菓子やかき氷なんかを抱えている。
「銀八は甘いのしか食わないのか?」
「俺の身体の80%糖分だから」
「だとしたら今頃メタボだろ。あ、実際糖尿か」
「俺の糖分好きはそんなので衰えないもんね!障害があるほど燃え上がるもんね!糖分のロミオですから!」
「シェークスピアが泣くぞ。ところでそのわたあめ銀八にそっくりだな」
「もう黙れコノヤロー!!」
晋助はクク、と笑って銀八に射的で当てたキャラメルの小箱を差し出した。
「ほら、これ甘そうだからやるよ」
「いいの!?やった、さんきゅ晋助」
銀八はさっそく封を開け、キャラメルを口に放り込む。
「んー、うめぇ」
「銀八も好きだなぁ」
アパートに戻ると、晋助は銀八のベッドを占領しごろりと横になった。
「………だるぃ」
銀八が風呂の準備から戻ると、我が物顔で寝返りをうつ晋助が見える。
「あっちょっ、ずりぃ晋助」
「銀八風呂入りたい」
「何様!?ってこいつお坊っちゃまだった。今沸かしてるぜ」
晋助の高飛車な言動さえも可愛らしく感じる銀八。
((俺も末期かなぁ…))
なんて思い頭を抱えるが、とうの晋助はクーラーの風を身に受け気持ち良さそうにしている。
それが悔しくて銀八は晋助の邪魔になるようにベッドに深く腰かけた。
その手にはいちご牛乳があるが、すぐに空になってしまう。
「銀八」
「次は何ですか」
「久々に風呂一緒に入ろーぜ」
「……は?」
晋助の軽い言葉に銀八は空のパックを落とし固まった。
確かに前、隣同士でしょっちゅう泊まったりしていた頃は一緒に風呂に入ることもあった。
その時は晋助の頭を洗ってやったり背中を流し合ったりしたのだが、晋助を好いている銀八にとっては鼻血が出ないように気を付ける戦いだった。
正直入りたいような入りたくないような。
「いやいやお前もう年頃じゃ
「俺もお前も男だろ」
「つか狭いから無理だっつーの!」
「髪洗って」
「おまっ、自分で洗えよ!出来んだろ!?」
「…メイドにやってもらってる」
銀八と晋助の間にしばし沈黙が。
小さい頃は確かに銀八と入れば銀八が洗っていたものの。
「…え…」
その赤い目は『まだ1人で髪も洗えないのか』と言っているように見え、晋助は気まずそう目をそらす。
「………悪ィか!?」
「いや、流石にまずくない?」
「目にシャンプー入ったら嫌だろが!」
「慣れればそんなミスしないから!つか今まで女の子に洗ってもらってたのかよ羨ましいなコノヤロー」
銀八の論点が若干ずれているが、晋助は銀八に『まずい』と言われ焦ってそれどころじゃない。
「とりあえず何事も挑戦だ。晋助今日は自分で洗ってみろ」
「えっ…」
「晋助くんはお子ちゃまでちゅねー」
銀八に散々言われ、あげくカチンときた晋助。
「うっせぇ!!俺はガキじゃねぇ!!風呂くらい1人で入ってやる!」
銀八にそう怒鳴ってずかずかと用意しに行ってしまった。
銀八はといえば、
「まだまだガキだねぇ。風呂くらい一人で、って何よ」
相変わらず子供らしい晋助に思わずにやけてしまった。
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