(12)高笑いが怖いんです

隠し事。

俺が女だって事を、鬼兵隊全員知らない。

これはバレたら斬られるんだろうか。

いや、答えなかったらどの道斬られる。

俺を見下す高杉さんの目が少し厳しく冷たくなっている。

ありません、と言うべきか?

いや嘘ついたら斬られるんだ……!

えええええっと……

どうしようどうしようどうしよう!?

微かに、喉元の刀が揺れた。




──斬られる。



でもここで殺されたとしても、昔高杉さんが俺を生かして、今高杉さんが俺を殺すとしたらあんまりかわんないか。

あーもう頭がごちゃごちゃして気持ち悪くなってたっ………!!

俺の困惑の色を読み取ったのか、

「その隠し事は、鬼兵隊に影響があるか?」

高杉さんが優しい質問をした。

「ありませんっ!!ほんっとに、これっぽっちもありませんっ!!」

全力で俺はそれにすがりついた。


少し驚いたように高杉さんは俺を眺める目を見開く。

しばしの間を置いて。

「……そうかい…」

そう呟き、俺の喉元につきつけた刀をすっと退いて、チンと音をたて鞘におさめた。

「疑って悪かったな」

……うそ。

あの高杉さんが謝ってきた。

そして再び俺の横に腰を下ろして、懐から取り出した煙管を吸いはじめた。

「まぁ、その隠し事が何なのかはいつか教えてもらうとしようや……」

俺は、一息ついた。
生きた心地がしなかったが、なんとか助かった。


高杉晋助、怖い。

なんでこの人俺の事助けてくれたんだろうか。

そんなことをつらつら考えていると。

「隊士どもが絶賛してたぜ?あのガキは強ェ、ってな。」

…俺が、強いわけない。

「いえ、そんなことないです!!」

俺の声が耳に届いているのかいないのか、

「おめェ、どこで剣術習ったんだ?」

彼は訊いてきた。

こうやって高杉さんと二人話すことがあるなんて夢にも思わなかったな……

「父が道場やってたんで、そこでちっさい頃から教わってました。父が死んでからは兄に…」

高杉さんは、何を思ったのか。

「その親父の名前は?」

俺はそんなことを訊ねられるとは思わず、少し驚いた。

「多分…というかきっと知らないと思いますよ?小さな田舎の道場ですから。…雨霧晴也っていいます」

俺のその言葉を聞いた瞬間。

高杉さんは暗い緑の目を大きく見開いて唖然とした。

直後、



「っ……クククッ……ヒヒヒヒッ…クハハハッハハハハッ」


狂ったように笑いだした。

「…?どうしたんですか!?」

思わず起き上がり声をかけたが、うつむいて笑い続けている。

「ッハハハハ……何てこった……偶然ってのはあるんだなァ…ククク……」

偶然?

俺は首を傾げた。

「た…高杉さん…?」

ひとしきり笑って、

「ククッ…この刀は父親の形見か?」

俺の刀を目で示して、そう言った。

「そうですよ。父の二本の愛刀のうちの、一本です」

俺の返答を聞き、口元に笑みをたたえたまましばらく刀を見据えていた。

「じゃ、俺ァこれで失礼するぜ」

立ち上がって、ドアの方へ歩いていく高杉さん。

俺は襲撃をかけられた気分で、閉じられるドアを眺めていた。






ーーーーーー







「あいつがねぇ、…まさか会うとは思わなかったよ……こいつは仕組まれてんだか何なんだか……なぁ、」




「…………先生………?」



煙管を燻らして、そう一人呟いていた。


彼は、思い出していた。


大好きな人が、縁側でもう一人男の人と茶を飲んでいる。

よく一緒に悪さする銀髪頭の友達と、その姿を後ろから眺めていた。

障子の裏に隠れていたのに、友達がカタン、と音をたてた。

振りかえる二人。

『銀時、晋助、そんな所でかくれんぼですか?』

大好きな人が、長い髪を揺らして笑ってきいてきた。

『……松陽先生…。』

友達と俺とで、小さく呼んだ。

『私の教え子ですよ』

隣で茶を飲んでいる相手に、そう言った。

『へぇ……俺にもこのくらいの息子がいるよ、こんにちは』

にっこりと笑って、その人は言った。

『二人とも挨拶しなさい、この方は私の友人の雨霧晴也さんです、私なんぞよりも剣術がお上手なんですよ』

そして先生も笑って俺達にその人を紹介した。

『何言ってるんですか、ご謙遜を。吉田さんには敵いませんよ』

『…こんにちは…』

『……ちわ……』

適当に挨拶をする友達の頭をぽかんと叩いて、
先生に俺は言った。

『先生、ヅラが体調悪いんだってっ』

先生は茶を飲んでいた相手に会釈して、中に入っていった。

そのとき、

『雨霧さん、悪いんですがその子達の相手をしてやってくれませんか?』

先生はそう言い、

『おう、剣の稽古でもつけとくよ』

相手も快く引き受けた。

剣の腕もよく、楽しい人で、時々来る度に剣の稽古をつけてもらった。

塾が、燃えるまでは。











主がいない部屋に、鬼兵隊幹部はそろって待っていた。

帰ってきた部屋の主の着物を見て、三人は
この船に密偵はいなかったのだ、
とわかる。

紫色の着物に、返り血が一滴もとんでいないから。



「面白いぜ……あいつ、血が血なだけあって、強いだろうからなァ……」

煙管の煙と共に、そう吐いたがその意味を理解するのは、彼一人だけだろう。










ーーーーーー








その日の夜。

俺は起き上がって窓からぼんやりと星を眺めていた。

宇宙から見る地球は、話に聞く通り丸くて綺麗だ。

透明感のある瑠璃色の玉が、まっ暗い宇宙にぽかんと浮いていて、心が洗われる様な気分になる。

兄貴やたつ兄が見たら喜ぶだろうなぁ……


コンコン、とドアがノックされた。

また高杉さんかな……

「はい。」

顔の見えない相手に呼び掛けると、今度は。

「失礼するでござる」

……万斉さん…。

万斉さんが、ひょっこりと入ってきた。

思わず彼の腰のベルトを確認したが、刀はささっていない。

「いやはや、桂の手下に攻撃されるわ、晋助に疑われるわで大変でござったな」

畳に腰を下ろして、万斉さんは俺に労いの言葉をかけてくれた。

高杉さんに疑われたの知ってるのかよ。

「そ、それはどうも…万斉さんこそ、春雨との交渉お疲れ様でした。」

俺の切り返しに満足そうに頷いて、万斉さんは言葉を続けた。

「ところで拙者、江戸に再び戻ろうと思うのでござるよ」

……少し嫌な予感がしたが、無言で話を聞く。

「いつも連れていっている側近達も、今回の交渉で疲れていてな。他に江戸に連れていこうと思う者は、春雨との話し合いや荷物の積み出し、あちら側の仕事で忙しい者が多いのでござる……なので、人数が足りないのでござる」

俺は目をそむけ、話を聞く。

「なので、雨霧ど……雨霧。共に江戸へ一旦帰ろう」

はい来ました嫌な予感的中!

万斉さん。
俺の足見て足。
足です、真っ白いギブス!

「ぬしが足を怪我しているのは、見ればわかるのでござるが、頼む!」

心を読んだかのように万斉さんが手を合わせてくる。


いやぁ…………

でも、鬼兵隊幹部の命令(?)を、入って一週間ばかりの雑用が断れるはずがない。

それに、最初に高杉さんに会えたのもこの人のお陰だ。

「……行きます…。」

万斉さんはにこっと笑って、

「そうこなくては」

と俺の頭をぽんぽんと撫でる。

貴方が無意識の間に、【立場】という名の権力で脅されてるんですよ俺は。

腰の低い恐喝ですよ。


「では、一週間後に出るでござる、準備を整えておくでござるよ」

万斉さんはさらっと言うが、んな無茶苦茶な……。

一週間で傷が治るんだろうか…。

「あ、あとぬしにこれをやるでござる」

万斉さんがさしだしたのは、透明な小袋に入った、白い粉。

この船は、薬物売買で利益を得る春雨の船。

これは危ない匂いしかしない。

「万斉さん…これは…。」

「傷が早く癒える薬だそうでござる。天人に試しにどうぞと渡されたが拙者は怪我をしていないのでな」

いやいやいや、万斉さんそれ確実に騙されてますよ。

「あ…ありがとうございます……」

俺は苦笑いで一応受け取ったが、ゴミ箱行きだな。

「では、傷を癒すでござるよ」

と万斉さんは立ち上がって、部屋を出ていった。



数分後。



「はぁ!?あの薬柚希に渡したんっスかぁ!?」

外から聞き覚えのある大声が。

「天人が傷を早く治す効果があると言っていたのでござ
「何言ってんスか!!この船は春雨の船っスよ!?危ない薬物かなんかに決まってるじゃないっスか!あんたアホなんスか!?」

いやこの船は春雨の船なんだから、こんな大声でそんなこと言っていいんですか。

バン、と俺の部屋のドアが乱暴にあいた。

「柚希!」

また子さんがあけたドアから顔を出す。

言いたいことはわかったので、もらったばかりの薬入り小袋をピッと差し出した。

「はい。」

袋に開封した跡がないのを確認すると、また子さんは
「よし。」

と頷いて小袋を取り上げた。

そして、

「じゃ柚希、元気になるっスよ!あ、夕飯に行くの辛そうだったら持ってきてやるから言うっスよ。」

ありがたいことを言って、部屋から出ていった。


…また子さん、いい人だ………。

奥で万斉さんがしょぼんとした表情でこちらを見ていた気がしたが、気にしない。


俺は、星を眺めるのを続けることにした。



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