【16】
(68)とある中学とある廊下
「おーい、そこのメガネー」
少年を呼ぶ、少女の声。
「…それ、僕の事?」
「おう!これ、落としたアルよ」
少年─志村新八に、差し出されたのは彼のボールペン。
「あ、ありがとうございます」
少女─神楽は、それを渡すと満足げに笑う。
「どういたしましてアル」
新八と神楽は同じ1年2組の同級生。
ここは、彼らの教室の前の廊下。
ペンを受け取ってそのまま教室に入ろうとした新八。
「あ、ちょっと待つネ。」
「え?何?」
「他の教室に入るときには失礼しますって言わなきゃいけないアルよ。」
新八はドアノブにかけていた手を止めた。
「……え…」
「だから、ここのクラスじゃない人は失礼しますって言わなきゃダメアル」
「…僕、2組だけど……」
「……え」
新八と神楽は同時に固まる。
「…2組…アルか…?」
「うん。1年2組8番、志村新八」
神楽は青ざめた。
「そんなっ…地味すぎて気づかなかったアル!!!」
新八は黒く程よい長さの髪、
これといって特徴のない顔、
至って普通のシンプルな眼鏡に黒い学ランを着崩す事なくしっかりと着ている、
つまりとてつもなく地味なルックスの持ち主だ。
「ひっどぃ……」
一方神楽といえば、
パッと目立つ朱色の髪にくりんと大きな青い瞳、
それらが白い肌に映えて可愛らしい。
しかも運動神経抜群で大食らい、
中国から来たせいか不思議な言葉遣いという少女で、
学校で知らない人はあまりいない。
「そうアルか…悪かったヨ。私も二組アル!仲良くしてほしいネ」
「うん、よろしくね。えっと…」
「神楽、って呼んでほしいアル」
「神楽ちゃん。」
その二人の家庭教師が銀髪紅眼の同一人物だとは、その時はお互いに知らないことだった。
〜〜〜〜〜
(69)隠す
「…なァ、お前…」
「む?何でござるか?」
「いや、だから…」
晋助の学校の帰り道。
彼の二歩ほど退いたところには万斉がいて、一緒に歩いている。
「だからなんで着いてくるんだよ」
「いや、この間のようにぬしが絡まれたら助けてやらんと」
「俺は女じゃねーんだ。護られなくても平気だし、一人でも対処できる」
万斉が晋助を助けた日、彼らは少し会話していくらか打ち解けた。
そのせいか、晋助が帰ろうとすると万斉は彼に着いてくるようになった。
「拙者も家がそちらの方面なのでごさる」
「じゃあもうちっと距離おけ」
万斉は晋助を助けるつもりだが、晋助は逆に他人を巻き込んでしまうのが嫌だった。
拒むのだが、近頃三回も大人に絡まれて毎回万斉に手助けされている。
万斉はそう言うだけあってなかなか強い。
晋助は振り返り訊ねた。
「お前は柔道か合気道でもやってたのか?」
「やっておらんでござるよ。学びたいとは思うたが、その系統の事は全くもって」
晋助は万斉の返事に目を丸くする。
「じゃあ何で……」
晋助が言葉を続けようとすると、万斉はふ、とどこか悲しそうに笑った。
「家が家だったのでな…」
「?」
「拙者の父は家庭内暴力が激しい父でござった。故に、母と我が身を護るためにはそれに対応できる程度に強くなければならなかったでござる。」
万斉は、初めて晋助に自分の事を話した。
「他人の意を音として聞けるのは生まれつきでござった。母の音はひどく悲しい旋律、父の音はまがまがしい不協和音でござる。…他人の音を和らげるため、拙者はこのヘッドフォンで耳をおおっているのでござる。」
万斉は陰陽の印の入った青基調のヘッドフォンに触れた。
そのまま青いレンズがはまったサングラスの赤縁を指でなぞる。
「ちなみに、母の血の赤を見ないように青のサングラスをかけているのでござるよ」
万斉は微笑んだ。
晋助には万斉の目元が見えないので表情がよくわからなかったが、
それはとても悲しい顔をしているように見えた。
〜〜〜〜〜
(70)同族
晋助はベッドに横たわり、考えていた。
((家庭内暴力……))
そういえば万斉は衣替えのときもギリギリまで冬服を着ていた。
夏服になるといくつもリストバンドをつけていた。
あの時はチャラついてるなとも思ったがそれらも、もしかするとその痣や怪我を隠すためだったのかもしれない。
冷たい態度をとられることはさんざんあるが暴力は一回しかない晋助。
そんな親から生まれた彼を非難する気も、怪我を労り可哀想にと同情する気も起きなかった。
どこか仲間意識を覚えてしまったのだ。
そのため、万斉にもかける言葉が見当たらずに
『だからあんなに強いのか、』
と同情さえせずそう返してしまった。
「……なんだろうなぁ…」
晋助は寝返りを打ち、ぽつりと呟いた。
〜〜〜〜〜
(71)合コン
「おぉー、遅いがよ銀八ぃー!」
坂本と集合場所にしていたとあるカラオケの前には、もう彼の知り合いらしき男女が集まっていた。
「え、あれがもっさんの知り合い?」
「おう!高校のときの悪友じゃき」
「悪友ってお前なぁ」
「銀髪だぁ、かっこいー!」
「ども、そこの毛玉の悪友坂田銀八でっす」
「おまんも毛玉じゃろぅが〜」
ノリがいい銀八はすぐにその場に馴染む。
「辰馬クンの友達なんでしょ?高校生のときってどんな子だったの?」
「相変わらずバカで毛玉で理解不可能な奴だったぜ」
カラオケに入ってもそのノリは変わらず。
「じゃあ自己紹介、女の子の番じゃき!」
「はーい、一番いきまぁす」
何人か紹介して、一番最後に。
「えぇっと、結野クリステルです。本名ですからね?好きなことは占いと空を眺めること!気象予報士が夢です」
銀八が一番可愛いなと思っていた女が自己紹介した。
謙虚で誠実そうで、真面目かつ賢そうな自己紹介。
茶色で癖がない髪を揺らしながら上品に笑うのは綺麗で、銀八は思わず見とれた。
するとにやりとした坂本に肘でつつかれ、小さな声で聞かれた。
「なんじゃぁ?あの娘が気になるかや?」
「べっ、別に…ちょっと美人だなと思っただけだからね?そんな風に思ってないからね?」
言い訳をするが、気になるのは事実。
だが。
((晋助が大人になった方が美人だろうな…))
残念ながら、何年も前から本命は一人だけ。
「ほら、坂田君も歌えよ」
「えっ、いや、俺はその…」
「坂田クン声かっこいいんだし歌いなよぉ〜」
「いやいや、俺は盛り上げ担当だから…」
銀八はマイクを受け取るまいと必死で断る。
低くどこか甘い声をしている銀八は歌え歌えとよく言われるのだが、実は彼は歌が得意ではないのだ。
それを知っている坂本は笑いながら言う。
「銀八ィ〜ノリが悪いぜよぉ?のぅ、結野さん」
「歌ってくださいよ坂田さん!」
彼女に言葉を促し、彼女が同意したところで坂本の笑みが黒くなった。
((辰馬ァァぶっ殺すぞてめェェェ!!!!))
真っ青な顔をした銀八は坂本に目でそう伝えると、覚悟を決めてマイクを握る。
「坂田銀八、オンチと言われ続け19年!歌うぜ千の風になってェェ!!」
「なぜにおまんそこでその選曲かや」
そう宣言して歌ったはいいが、
その後『歌わせちゃってごめん』的な空気が流れたことと、
坂本が血祭りにあげられたのは言わなくてもわかるであろう。
〜〜〜〜〜
(72)失敗談
「でよぉ…その結野さんにあのバカが話ふりやがって…」
幼馴染みの部屋のベッドに横たわりながら銀八は喋っていた。
土曜日でお互いに用事がなく、銀八は昨日の夜の合コンの話をしていた。
「銀八は昔っから歌下手くそだからなぁ」
晋助は宿題だと言って軽く手を動かしながら銀八の話を聞く。
机に向かっているので表情がよく見えないのだが。
「つか千の風になってってなんつー選曲だよ…」
「アレはテレビつけるとちょいちょい流れてっから少し覚えたんだよ」
「その程度かよ…」
晋助は額に左手を当てて面白そうにクククと小さく笑いをもらす。
「何が悲しいって歌い終わった後の間!皆の視線!結野さんのひきつった笑み!いや、そんな笑い方してても可愛いんだけどね?」
晋助の手が不意に止まる。
「その美人とはメアドの交換のひとつでもしたのか?」
「……いや、もう恥ずかしくてそれどころじゃねーよ…」
銀八は起き上がり、持参のペットボトルに口をつける。
「だから銀八は女にフラれんだよ」
「んだとお前女にフラれたことあんのかぁ?」
「フラれたこたぁねーな。逆なら何度か」
「この色男候補が!」
晋助はどこか不機嫌そうにペンを回す。…正確には、回そうとして落とした。
「…そんなにその女がいいかよ…」
「あ?」
そのペンを拾って晋助に歩み寄る銀八を、晋助は静かに見つめた。
「んだよ、何かついてるか?」
気の抜けた銀八は、晋助が妬いていることに気づきもしない。
「…頭になんかついてるぞ」
「え、なんかって何」
「髪」
「…………」
「あでっ」
誤魔化すのに馬鹿なことを言う晋助の頭をぽかりと一度叩いてからペンを渡した。
「つかお前ペン落としたとき何か言ってなかった?」
「別に何も言ってねーぜ。スタンドでもついたか銀八?」
ビクリとして銀八は左右を見た。
「び、ビビらせるんじゃねぇ!」
妬かせた仕返しだ、と言わんばかりに晋助はちろりと舌を出した。
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