【15】
(64)不思議な同級生
「っ、はぁ…はぁ……」
「ここまで来れば、追ってくることもないでござろう…大丈夫でござるか?」
万斉に腕を引かれ走り、着いたのは広い大通り。
「…河上、なんで…?」
「ちょうど買い物をしていたところで、あそこを通ったでござる」
万斉が出したのはCD屋の袋。
「ああ……さっきはありがとうな、礼を言うぜ」
晋助は万斉に礼を言った。
晋助一人でもどうにかなっていたであろうが、助けてもらったのだから。
「高杉はいつもあんな不毛な連中に絡まれているでござるか?」
「まぁな、こっちに来てからは…。俺は高杉家の跡取り候補だから」
「!やはりあの高杉家の子息とは本当の話でござったか…」
「一応、な。ろくな事ねぇけど」
晋助は家での自分の扱いを思い出し、自嘲気味に笑った。
「ふむ……」
万斉は物言いたげに手を顎に当てた。
そんな万斉に反し、晋助は軽く手を上げその場を去ろうとした。
「じゃ、ありがとな。俺はこれで」
「ぬしの音はやはり面白い」
「………は…?」
だが、万斉の謎な一言に固まり足が止まってしまった。
「拙者は魂のリズムを読むことができるのでござるよ。ぬしの音をずっと聞いていたでござる」
す、と万斉の指が晋助の左胸を指差す。
晋助は首を傾けた。
「?心臓の鼓動が聞き取れるとかそういうことか?」
万斉は小さく横に首を振り、
「音楽でござる。その者の心境、性格、体調、その他諸々が音楽となって拙者の耳に届くでござるよ」
にやりと笑った。
「今のぬしは拙者の言動に困惑している。性格は…少々人見知りだが寂しがりの気質があるでござろう?体調は良好。」
晋助は見透かされていることに更に驚き目を丸くした。
同時に微かな恐怖を覚える。
「拙者が一番気になっていたのはそこよりも、ぬしの過去に大きな悲劇が深く根付いていることでござる」
晋助は肩を震わせた。
脳裏によみがえるのは、憎しみのこもった母の顔と、病院で眠り続ける師の顔。
「……!」
晋助が顔を歪ませるのを見て、万斉は弁解する。
「いや、トラウマでござったらえぐってしまい申し訳ないでござる…」
「別に、構わない」
普通なら嘘だと思うであろう、魂の歌を聞く特技。
だが万斉が言うことは見事的中していたので、信じざるを得ない。
「お前、何でもわかるんだなぁ」
「何でもはわからんでござるよ。歌が語ることのみでござる」
「ふぅん……」
晋助は相づちをうちながら万斉の話に聞き入った。
「───と、もうこんな時間でござる。」
「あ、俺もそろばん塾…」
「ではこれにて解散、でござる」
万斉はふ、と子供とは思えないように口元を弛めてそのまま歩き去っていった。
「……河上万斉、か…」
大きなギターケースを背負い、青いサングラスとヘッドフォンを身につけるという異様な格好。
その上人の魂が読めるなんて謎がつきない少年だ。
晋助は彼にまた少し興味を持った。
〜〜〜〜〜
(65)名字
「あ!この間のおにーさんじゃん」
銀八が神楽の家に行くと、兄の神威が笑顔で出迎えてくれた。
前回は長い朱色の髪を軽く一つにくくっていただけだったが、今日は三つ編みにされていた。
頭の頂点からぴょこりとアンテナのように毛がたっていて、銀八はそれが無性に気になった。
そしてその頬には絆創膏と湿布が貼ってある。
「いらっしゃい。神楽呼んでくるからちょっと待ってて」
「あ、ああ……頼むわ」
絆創膏に目をとられていた銀八は神威の言葉にあやふやに頷いた。
神威は銀八を家に入れ、自分はそのまま階段を上がった。
彼らの家は普通のどこにでもありそうな一軒家。
が、家具などの所々からどことなく中国っぽさが滲み出ている。
「神楽着替え中だって。もうちょっと待っててね、おにーさん。」
「おう。……つーかよ、ちょっと聞いていいか?」
「ん?なーに?」
神威は冷蔵庫を開けて茶を取り出しながら聞き返す。
銀八は神楽の書類をじっと見つめた。
前から気になっていたが、前回は訊ねる機会を逃した事。
「お前ら名字は?」
そう、その書類の氏名の欄には『神楽』としか書かれていないのだ。
「名字……ああ、あれか。ないよ」
「……は…?」
神威の言葉に銀八は固まった。
名字がない……?
そんなことがありえるのか。
「あははっ、豆鉄砲食らった鳩みたいな顔してるよ?」
「お前何でそんな日本語知ってんだよ」
「すごいでしょー」
「でもそれあんま日本人は使わな…じゃなくて!」
神威のペースに流されて本題を見失いかけていた銀八。
「俺らは中国の中でもすげー山奥に住んでる一族で…他人と基本的に接点ないんだよね。だから二つも名前使う必要ないんだ。だから、ない。」
飄々と笑う神威を見て、銀八は苦笑いする。
((今までどんな生活送ってきてたのこいつら……))
銀八は今後を心配した。
その時、
「ぎんぱちせんせー来たアルか!」
ドタドタと騒がしく音をたて階段を降りてくる神楽が銀八を呼んだ。
「……マジかよ…」
その神楽の格好を見て、銀八は衝撃を受けた。
半袖の少し色褪せた赤いチャイナ服。
その下に黒い七分のふんわりしたズボンをはいていて、なんとも馴染んでいる。
髪型は両耳の上で二つお団子を作っていて、チャイナ服に似合う。
「こら神楽、お客さんが来るときはそれじゃダメだって言ったろ」
神威がそれを見て神楽をとがめると、神楽は口を尖らせた。
「何でアルか。これが私の一番慣れ親しんだ部屋着アルネ。せんせーが嫌なら違うの着るけど……」
「あー、別に俺はそれでも構わねーよ」
色の褪せ方を見て、よほど気に入った服だったんだろうと銀八は推測した。
許可すると神楽は銀八に嬉しそうに笑い、神威にはべーと舌を出した。
「じゃ、ぎんぱちせんせー行くアル!」
神楽は銀八の袖をつかんでくいと引っ張り階段の方へ引っ張る。
「妹を頼んだよー、おにーさん」
神威は頭のアンテナを揺らしながら手も振った。
((アレ、自由に動かせんのか…!?))
〜〜〜〜〜
(66)野生児疑惑
「とりあえずこれやってみろ」
「オッス、先生!」
「……もっと女の子らしい返事をしろ。」
国語のプリントを渡すと、神楽は少し眺めてから解き始めた。
「…難しいアル…」
神楽からすれば外国語を解くのと同じようなものだ。
それが例え小学生で習ったことの復習プリントだとしても、変わらない。
だが漢字は何となく意味がわかっていたようだ。
少し時間をかけて、やっと解いたので銀八は易しく指導してやった。
「審判、って意味わかる?」
「シンパン…チャーハンの仲間アルか?」
「審判っつーのは、スポーツとかの──…」
やっと終わって、次は数学。
これはひどかった。
「せんせー、約分って何アルか?」
「えっ!?」
基本となる単語を知らないおかげで銀八が付きっきりだ。
「わかったか…?」
「わかったアル!ここは8アルな!」
「違ェェェェ!!!!!!」
両者とも相当な体力を削ったハズなのだが、神楽はそこまで疲れていなかった。
銀八は両手を地について項垂れていた。
「お前さ…どんだけ体力あんの……?」
「?体力?」
「あー、なんつーの、ちょっと辞書引いてみろ」
国語教師になりたいハズの彼は面倒くさくなって生徒に辞書を引かせる。
辞書をパラパラと捲り目を通し、納得したように頷くと神楽は笑った。
「それなら多分ずっと兄貴と格闘したり魚捕ったり熊狩ったりしてたせいアル!」
「…………うん、そう」
(苦)笑いを必死に取り繕う。
((これが野生児、って奴なのか?…違うか))
この兄妹の過去は気になるがあまり触れると更に怖くなる気がした銀八であった。
が、この後結局知ることになってしまうのは、なんの宿命か。
〜〜〜〜〜
(67)失恋
「ごめん、銀八。あたし他に好きな人出来ちゃったから…その…さ、
別れよう?」
高校の卒業の頃から付き合っていた彼女。
大学は一緒だが学科もサークルも違い、一緒なのはバイクの免許をとるために通っている教習所とたまに学校で会って話すくらいのものだった。
晋助と鉢合わせしてしまった前の彼女は、肉体関係までいったものの彼女の飽き性と銀八の本命が晋助であることであっさり終わり、今は何の後腐れもなくただの女友達。
そして今の彼女が、昼休みに突然『一緒に食事しよう』と誘ってきて、
一緒に学食を食べていたのだが。
「別れる、か…」
「ごめんね、突然…」
「べつに、構いやしねェさ。俺ら一緒にいた時間も少なかったしな」
「…………」
「そいつと上手くいけるよう頑張れよ?応援してやっから」
「……ありがとう、銀八は優しいね…」
泣きそうな笑顔を見せて彼女は去っていった。
前回同様、さらりと別れた。
そこそこにしか好きじゃなかった女が、自分以上に気に入った奴ができた。
それだけ。
言葉通り応援してやるつもりだ。
が、やっぱりフラれるのは気分が良いものではなく、どこか寂しさを感じていた。
「……はぁ……」
その2日程後。
『久しぶりじゃの〜、おまんフラれたんじゃってのぅ?』
「…お前その情報どこ経由でいつ知った…」
『茨木君が言うちょったきに〜あはははは』
「………茨木…」
『いばらぎ、って誰じゃぁ?いばらき、ぜよ金時』
「いや金時って誰だァァア!!!!」
情報通の坂本から一通の電話がかかってきた。
『お、思ったよりへこんでおらんかったきに』
「まぁな。大本命ってわけでもなかったし」
『ちっ、面白くない』
「てめっ今何つった!?えぇ!?」
『あっはっはぁ!というわけで合コンでも行かんかや?』
「……ん、え?」
坂本の話を聞いたところ、明後日坂本のサークル仲間とやる合コンで、男の人数が足りてないそうだ。
銀八は今まで何度か誘われたことがあるが、彼女がいた時期の方が長かったので結果的には数えるほどしか行ったことがない。
「つかお前合コンって…あのお前が惚れ込んでた土佐弁の女も来んのか?」
『陸奥かや?陸奥はおらんぜよ』
「どーしたの、諦めたのか?」
『それはそれ、これはこれじゃ』
「まーいいや…明後日なら行ってやるよ。可愛い子用意しとけよ」
明後日は予定も特に入っていない。
「晋助とは会えそうにないか…」
携帯を閉じて、ぽつりと溢れた呟きに言葉を返す者などはいなかった。
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