【13】
(55)中学校
「初めまして、高杉晋助です。特技は剣道と算盤です。最近越してきたばかりでこの辺りの事はよくわかりませんがよろしく」
中学生になり、晋助は新しく住み始めた屋敷の近くの学校に通い始めた。
中学校なんて言わば地元の小学校がそのままあがってきたようなもので、晋助の同級生達は皆仲が良さそうだ。
「あの高杉君ってちょっとかっこよくない?」
「わかるー、しかも剣道とかかっこいー」
「あの人あの高杉家の息子なんだって?」
「すごっ!俺の父ちゃん高杉グループの会社だぜ!?」
「あたしのパパも!」
といった具合で、クラスでも少し浮いていた。
だが、浮いていたのは一人ではなかった。
「じゃあ次、河上くん」
「……承知」
ガタリと立ち上がったその生徒。
入学式中はどうだったのか知らないが、藍色の短髪に青っぽいヘッドフォンとサングラスをかけていた。
「河上万斉。趣味は音楽の鑑賞と時代劇の鑑賞でござる。よろしく頼むでござるな」
笑わず表情もわからず、しかもござる口調。
((…何だこいつ……))
晋助は眉をひそめてしまった。
だが、今まで小学校が一緒だった人達は何ともない顔をしている。
「河上は中学になってもアレなんだね」
「面白いしいい奴なんだけどなー、万斉…」
河上万斉…か。
どんな奴なんだろう、と微かに好奇心がわいた。
〜〜〜〜〜
(56)帰り道
その帰り道の事だった。
晋助の家の人達はベンツで晋助の送り迎えをする、と言ったのだがそれは止めてくれと晋助が断った。
たくさんの高杉グループのビルが立ち並ぶ道を歩く。
少し裏道のようなところに出なければ屋敷に辿り着けないのでそこを一人歩いていると。
「君、ちょっといいかな?」
あからさまに怪しげな声のかけ方。
晋助はしぶしぶ振り返る。
そこにいたのは、見るからにガラの悪い若い男の四人組。
((…誘拐犯ももうちっと考えろよ…バレバレじゃねーか))
そういったことに慣れてる晋助は、心の中でそんなことを考えながら、
「すいません、俺急いでるんで」
無視しようと走った。
が。
「つれないねー、高杉晋助クン?」
「……っ!!」
腕を捕まれ、逃げられない。
「っ離せっ……」
「言うこと聞いて大人しく来てくれれば痛いことも悪いこともしないからさー」
ぎ、と腕に力がこもる。
「痛っ……」
「ね?」
「金、目的か?それなら残念、俺じゃお父様は動かねーぞ」
「実の息子に動かねーわけねーだろー…が!」
「っう゛っ!」
男の膝が晋助の腹に入り、思わず晋助は息をつめる。
地に倒れ込みそうになり、捕まれたままの男の腕に引かれる。
誘拐犯に会ったことは何度かあるが、蹴られたことはなかった。
((…ヤバいな…こいつら今まで会ってきた奴等より目がマジだ…))
「おにーさんたちに着いてくる?」
「………るせぇ…」
晋助は、剣道の竹刀を右肩にかけていたことを思い出す。
これから剣道の稽古に寄ろうとしていたからだ。
「っ、このっ」
晋助は、竹刀をケースごと振り回した。
「!!!」
「あぶねっ…」
男達は慌てて一歩退いたが、ケースを一人に掴まれてしまう。
「ちゃんと持ってろよ!」
晋助はそう軽く笑って剣を中から引き抜いた。
「っっ!!」
そしてその腕前をもって、男全員に的確に剣を叩き込む。
意識はあるものの、痛みでその場に倒れ込む男達。
「っじゃあな!」
慌てて晋助はその場から走り去った。
怖かった。
怖かった。
「っ、………ぎんぱち」
晋助は、銀八を無意識のうちに呼んでいた。
〜〜〜〜〜
(57)初訪問
銀八は家庭教師の仕事を始めた。
人員不足だったためか、新人なのに二人も生徒を与えられた。
二人とも晋助と同じ中学一年生で、一人は男子で一人は女子。
とりあえず今日はその男子の方の家に行く日なので、銀八は一応スーツを着てその家へ向かった。
【志村】と書かれた表札がかかった和風な造りの家。
そこのインターホンを押すと。
「だからァァ金ならねぇって言ってんだろーがァァァ!!!!」
「ごふぁぁ!!」
一瞬何が起こったのか理解できなかった。
扉から少女が出てきて、いきなり銀八の腹に跳び蹴りを食らわせたのだ。
銀八はそのまま後ろへ倒れ込む。
「姉上ェェ!そのくるくる髪の人、多分今日から来る家庭教師の人ですよ!」
すると少女の後ろから少年の絶叫が聞こえて、
「あら…まぁ、ごめんなさい!」
少女が銀八に駆け寄った。
「…いたたた…何、君ら…くるくる髪に恨みでもあるんですか…」
銀八は気にしている天パのことを言われ少し落ち込んだが、起き上がった。
そこに立っていたのは、
茶が混ざった黒髪のおかっぱ頭の可愛らしい少女と、
黒い髪に眼鏡をかけた地味で幼げな少年。
その少年が苦笑いで弁解する。
「いや、そういう訳じゃないんですって!ちょっとこの家に来る人、悪い人が多いんで……とりあえず、中に入ってください。坂田先生ですよね?」
「あ、ああ……」
少年といくらか話をしたあと、銀八は中へ連れて行かれた。
〜〜〜〜〜
(58)一人目
志村家は中も和風で、畳の部屋に銀八が座らされると、少女は救急箱を持ってきた。
銀八が倒れ込んだときにできた小さなかすり傷に消毒液をかけ手当てしていく。
「ごめんなさい。いつもこの時間に取り立て屋が来るから…今日こそは死の鉄槌をと思って」
少女は手際よく手当てしながら恐ろしいことを言った。
「姉上がやったら冗談抜きで死の鉄槌ですから。つかなんでよりによって今日を選んだんですか」
そこに先ほどの少年の声が聞こえる。
少年は茶と茶菓子を持って隣の部屋から出てきた。
「はい、どうぞ」
「あ、どうも」
「終わりましたよ」
「どうも」
銀八は彼らのペースにのまれながらも、なんとか落ち着きを取り戻した。
「えーと、保護者の方は…?」
二人に訊ねると、
「ああ、いません」
当然のようにそう返ってきた。
「……え?」
「両親とも病死してます。だから今は親戚の仕送りでなんとか」
「でもお父さんが借金まみれのまま死んだから取り立てがうるさくて…」
あくまで二人とも悲しい顔はしなかった。
「……そっか…若いうちに大変だなぁお前ら」
「いえ、もう慣れましたから」
「先生こそそんな若いうちから白髪に生え変わって……」
「生まれつきだコノヤロー!あ、俺の自己紹介させてもらうわ。」
ちらりとカンニングした書類で少年の名前を確かめる。
「志村新八くんの家庭教師をさせてもらいます大学二年の坂田銀八でっす。えー好きなものは甘いものとジャンプ。国語教師になりたいんで国語が得意だけど、まぁそこそこ何でもいけます、よろしく。」
「僕志村新八です、よろしくお願いします先生!」
少年の方が丁寧に頭を下げてくる。
「新ちゃんの姉の妙です。よろしくお願いします」
少女の方がそう笑う。
しんちゃん、という響きを聞いて銀八の脳裏にはこの間キスを交わしたばかりの幼なじみがうかんだ。
「えっと…新一くんは中一なんだよね?」
「新八です先生」
「ああ、うん。中一で学校は公立だよね?」
「はい。高校受験の対策をもうしたいと思って」
「偉いなー、俺がそんな頃は遊んで部活で考えてなかったぞ」
ありきたりな会話をしてから、ふと気づく。
「妙ちゃん?は何年生だ?」
新八よりは身長が高いがあまり差がない妙を見て、銀八は訊ねる。
「ああ、私は本当は新ちゃんより歳上だけど中一なのよ」
「…ふーん…ってえっ!?」
「私達のお父さんが戸籍の登録とかのときにミスしちゃったみたいで。それで一歳年下として過ごしてるの。」
((そんな簡単に捏造できて良いものなのか…?))
と思いながらも無理矢理に頷く銀八。
「じゃ、今日は挨拶だけって聞いてっからこれで。来週もこの時間に来るから。」
「はい、よろしくお願いしますっ!」
「よろしくお願いしますね」
奇妙な姉弟に見送られ、銀八は志村家を去った。
〜〜〜〜〜
(59)紫陽花
晋助の家は銀八の大学と同じ方面にあるので、銀八は最近よく晋助を訪れるようになった。
まぁ晋助が心配なのもあるのだが。
夏に向かうじめじめとした梅雨のある日。
「晋助様、また坂田様が…」
「ああ、わかった!」
晋助は嬉しそうに銀八を迎え入れ、銀八と他愛ない話をする。
「学校の紫陽花が綺麗なんだぜ」
「ふーん?前の晋助の家にも咲いてたよな」
「ああ。俺が紫陽花好きだったんだ」
「晋ちゃんってば女々しいー」
「てめぇっ!!」
他愛ない、平和な話。
「この屋敷には慣れてきた?」
「まぁな。相変わらず使用人もお父様も冷たいけどな」
「新しいお母さんはどうなんだ?」
「あの人は妊娠してるからって部屋にこもってるから会わねぇ。」
「ふーん…」
晋助の家においての扱いは相当適当なもので、食事や掃除や片付けの時間しか使用人は現れず、家の中でほとんど誰とも口をきかなかった。
「大変だな晋助も」
「別にもう慣れた」
銀八は労るように晋助の頭を撫でる。
「……そろそろ帰んねぇとな…」
銀八が左腕の時計をちらりと見て呟く。
それを聞く晋助は、いつも寂しそうな顔をする。
「……もう帰んのか?」
「んな顔すんなって。」
晋助は銀八をひき止めようと頑張る。
「大学近いんだし雨降ってるし泊まっていったらどうだ?」
「こんな金持ちの屋敷にしょっちゅう来てるってだけでも珍しいのに、泊まっていけねーよ」
「大丈夫だよ。風呂も貸すし」
「つか着替えとかないし」
必死にひき止めてくる晋助をなだめ、 抱きしめる。
「…そっか」
「じゃ、明日は用事あるから…明後日また来る。」
「!ほんとか!?」
週に一回くらいしか会えなかったのに。
晋助はパッと目を輝かせる。
「来なかったら二度と口聞いてやんないからな!」
「ああ。絶対来るさ」
寂しがりやの晋助を安心させるように笑った。
「……あ」
銀八は自分のバッグを漁り思い出す。
「これ、晋助に渡そうと思ってたんだっけ」
「ん?」
晋助に差し出したのは、
手のひらに乗る小さな紫陽花。
「……?」
「金平糖」
それは、紫や青や白の金平糖を紫陽花のように固めたお菓子。
「…俺に?」
「おう」
昨日新八の家からの帰り道にあった駄菓子屋に寄り、そこで見つけた小さな紫陽花。
晋助がその花を好きだったと思い、買ったのだ。
「じゃ、俺はこれで。またな晋助」
「まっ、待て!」
別れを告げ立ち去ろうとした銀八の裾を、ぎゅっと晋助は掴んだ。
「……あ、…」
「?」
「ありがと、銀八……」
頬を赤らめ、うつむいて礼を言う晋助。
たまに出るこの行動に銀八は弱く、思わず胸をうたれた。
「お、ぉう……」
「ん、じゃあな!」
晋助は金平糖を握りしめて笑った。
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