【11】

(49)留守電

「あ゛ーつかれたー銀さんが帰ったよーっと」

無駄に声の大きな独り言を口にしながら、銀八は一ヶ月ぶりに帰った自宅の玄関に腰を下ろした。

一人暮らしのアパートなので、返事を返す人などなし。

「母ちゃんも心配してっだろーしな、電話すっか」

銀八はそう思い立ち、固定電話の前まで身体を引きずっていく。

すると留守電のライトが光っているのに気づいた。

「……二件?」

ボタンを押すと、再生が始まった。

『銀八?お母さんだけど。言い忘れてたことがあってね、家に帰ったらちゃんと電話寄越しなさいよ。』

((…しようと思ってたとこなんだけど…))

『あんたがいないうちに晋ちゃんが色々大変だったんだからっ!!まったくあんたはどうして肝心なときにいないのよもうっ!というわけでよろしくね』

ピー、と音がして一件目が終わる。

「…晋助が、大変…?」

どうしたんだろう、第一志望に受からなかったのだろうか。

そんなことを考えながら、二件目が流れるのを待つ。


『…もしもし、…銀八…?』


そこから流れたのは、弱りきった晋助の声。

銀八は固まった。

『これ聞くってことは、帰ってきたんだな…お帰り、銀八。…と、ごめんなさい…』

銀八は息をするのも忘れて、晋助の声に耳を傾ける。

『松陽先生が、俺も銀八も大好きな松陽先生がっ、…俺のせいで…事故にあっちゃって、意識が…っっ、戻んないんだ…っっうっ、…ごめ、なさっ……』

すすり泣く晋助の言葉に、銀八は体が冷えるのを感じた。

松陽先生が?

『あと、俺は…訳あって、…受験…は…しません、でした…ごめん…
それで、えっと…引っ越す…ことになりました…東京、の…前にいた屋敷…今まで、ありがと…銀八』

ピーと無機質な音が再び部屋に響き、電話は黙り込んだ。

「……晋助…?」

松陽先生が事故に遭ったのも心配だが、晋助の様子があまりにもおかしいのも銀八は気になった。


銀八は家を飛び出した。

向かう先は、昔自分が住んでいた家。

隣の屋敷がどうなっているのかも気になるし、母に直接色々聞いた方が便利だろう。

正直疲れていたから今日は休みたかった。

が、疲れなど忘れて銀八は走った。


〜〜〜〜〜


(50)側に

冬なのに汗だくになって、着いた先は昔の自分の家。

その隣の屋敷を見ると、『高杉』と書かれた表札がなくなっていた。

「…っっくそっ、…」

何があったんだ。

『坂田』と書かれた表札の隣のインターホンを押すと、銀八の母が出てくる。

「あら、銀八帰ってきたのかい?お帰───

「この一ヶ月でっ、晋助に何があったんだ!?」

母の言葉も遮って、銀八は叫ぶようにたずねた。


「…メイドさんが私には話してくれたんだけどね?」

晋助の母が離婚したこと。

原因は父の浮気だったこと。

晋助は気に病んで、体調を崩したこと。

そのせいで受験できなかったこと。

晋助の見舞いに行く最中、松陽先生が事故に遭い植物人間の状態であること。

晋助は家の都合で前の屋敷に戻ったこと。

メイド長は、銀八の母にはそれらを話していたのだ。

「っ、そんな……」

「晋ちゃんね、引っ越す前私に挨拶に来てくれたのよ」

晋助は退院直後、世話になった銀八の母には挨拶をと思いここに寄ったのだ。

『銀八は俺のお父さんみたいでお兄ちゃんみたいで、おばさんは俺の母親なんかよりも俺にいっぱい優しくしてくれた。ホントにありがとうございました。お元気で。』

「顔色が悪くてフラフラしててねぇ…心配だわ…場所も教えてくれなかったし…、って銀八?」

ガクン、銀八はとその場にしゃがみこんだ。

「ちょっと、あんたまで体調悪いの?」

「……違ェよ……」

俺が側にいてやれたら。

俺が側で晋助を慰めてやれたら。

電話の声は、初めて聞くほど弱っていた。

大好きな松陽先生を失って、どんなに辛かったか。

晋助はもしかすると自分のせいだと思い込んでいるかもしれない。

あの冷たい母親のことだ、きっと最後まで晋助を冷たく突き放したに違いない。

元の屋敷に行ったって、晋助は幸せになれるだろうか。

晋助、晋助。

「俺の馬鹿ヤロー…」

目に涙を浮かべ、血が出るほど唇を噛みしめた。

「母ちゃん、ありがとよ。俺ちょっと疲れたから帰るわ。」

「疲れたならうちで休んで行きなさいよ。お昼作ってあげるから」

「いや平気。飯はもう食ったし…じゃ!!」

言うが早いか、銀八は駅に走り出す。

晋助に電話をかけながら。


〜〜〜〜〜


(51)待ち望んだ

晋助は、人前で表情を見せなくなった。

今まで世話をしてくれていた使用人達のほとんどは、この屋敷では新人扱いされて使用人の使いにされ、晋助と会うことがほとんどなくなった。

食事もあまり食べず、また体調不良が続くようになった。

もとからこの屋敷にいた使用人達─つまり晋助と顔をよくあわせる使用人達は、子供のわりに大人しくて騒がしくないのは良いが、せっかく作った食事を食べずに身体を壊してばかりの晋助をいささか面倒に感じていた。

晋助と接する人間は、皆晋助を特別好いておらずどこか冷たかった。


今日も晋助は、ベッドで頭痛と戦っていた。

そんなとき。

枕元の携帯、もといスマホが鳴った。

手にとり画面を見ると

『坂田銀八』

待ち望んでいた字が、そこにあった。

晋助は慌てて起き上がり、電話に出た。

「……もしも─

『もしもし、晋助!?』

晋助を遮って、不安げな声が聞こえた。

「…銀八……」

安心する、ずっと聞きたかった声。

『大丈夫か?』

「……っっ、…うん…!」

久しぶりに受けた優しさ。
心から心配してくれる、暖かい声。

『訳は全部聞いた。ごめんな、俺がいてやればっ……』

「銀八は、わる、く…ないっ…ぅ、えぇ…」

思わず、涙が溢れた。

「銀八っ、銀八……」

晋助が泣いているのに気づいた銀八は、問いかけた。

『晋助、どこにいるんだ?』

「…ほぇ…?」

『ほぇってお前っ…じゃなくって、元の家、どこにあるんだ?』

「いえ…」

今いる、この屋敷の事を言っているのだろう。

「あいに、来て…くれんの、か…?」

『ったりめーだろ?ほら、住所教えろ』

呆れたような銀八。

嬉しくて、慌てて住所を調べようとしたが晋助はハッとする。

「…ダメだ……」

『は?』

「俺に会いに来ちゃ、ダメだ銀八…来るなっ…」

そう言う晋助の脳裏にフラッシュバックするのは、血まみれで運ばれた先生。

「俺に会いに来たら、お前もきっと事故に遭う!」

『……はぁ?』

「先生、みたいにっ……嫌な、ことが…っう、」

銀八は電話口で

((思った通り自分を責めてんな…))

と悔しそうに顔を歪ませた。

『お前は馬鹿ですかコノヤロー。俺が事故なんかに遭うかよ』

「でもっっ……」

『俺を轢きそうな車に遭遇したら、俺の竹刀をもって制裁をくだしてやらぁ。』

冗談だったが、その強い言葉が晋助を不思議と落ち着かせた。

『な?教えてくれ』

「……ああ…」

使用人に聞き、銀八に住所を伝えた。

『わかった。』

「怪我に、気をつけろよ?」

『心配すんなって。じゃあな』

プツリと電話が切れる。

晋助は嬉しさと不安が混ざった感情を抱えていた。


〜〜〜〜〜


(52)お互いに

「すいません…」

「はい?」

豪華で大きすぎる、銀八は見ただけで立ち入るのに気兼ねした屋敷。

その屋敷の門にいた使用人の一人に、銀八は声をかける。

「ここに、高杉晋助…って子いますよね…?」

「晋助坊っちゃんの知り合いの方ですか?」

「はい。坂田銀八、って彼に言えばわかると思うんですけど…」

すると応接間のような部屋に連れて行かれ、座らされる。

一方晋助の方は、

「晋助様、坂田銀八と名乗られる男性がいらしています」

使用人が晋助の部屋までそれを伝えに来ていた。

「!!っこの部屋に連れてきてくれ!」

「えっ……応接間にお通ししてあります、晋助様もそちらへ…」

「ここに、連れてこい!」

「はぁ……」

驚いた顔をした使用人だったが、やれやれと言うように出ていった。

「坂田様、こちらへどうぞ」

その使用人が銀八を晋助の部屋に案内する。

銀八は落ち着かないようにきょろきょろしながらその後についていった。

「晋助様。お客様をこちらまでご案内致しました」

使用人がドアをノックしてそう言うと、

「わかった、入ってくれ」

ドア越しに晋助が返事を返した。

使用人がドアを開く。

「…っっ、晋助……?」

「銀八!!」

大きな部屋の大きなベッドにちょこんと座った晋助。

銀八が中に入るとドアを閉められる。

「お帰り、銀八ぃ…」

晋助は泣きそうな顔で笑った。

顔色が悪く、いささか痩せたように見える。

その晋助を、銀八はぎゅうと抱きしめた。

抱きしめるとやはり痩せたと気づく。

晋助も銀八の大きな背中に手を回し、しがみつく。

「っ、ぎん、ひぐっっ…ぐすっ、…ぅ、あああああっ…」

晋助は糸が切れたように泣いた。

会いたかった。
辛かった、寂しかった、怖かった。

「晋助、晋助っ……」

銀八はひたすらに強く抱きしめ、頭を撫でてやった。

側にいてやれなくてごめんな。
大変だったな、辛かったな。

震える晋助の涙は銀八の服にしみていって、お互いがお互いを強く引き合った。

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